Friday, August 27, 2021

ジョン・ラッセル・ファーン「死は問いかける」

これは短編集である。本のタイトルにもなり本書に収められた作品の中で一番長い「死は問いかける」を紹介しておく。


フィラデルフィアの郊外にアブナー・ヒルトンという男が住んでいた。尾羽うち枯らした貧乏人の悪党である。家も最近のホラーゲームに出て来そうな、暗鬱で汚れきり、朽ちかけたしろものである。しかしこのアブナーは金儲けの計略を立てていた。父親は大金持ちなのだが、遺書に寄ればそれはアブナーの姪に渡ることになっている。しかし姪が死ねば……そう、彼が巨万の富を得るのである。彼は姪を自分の家に呼び出し、殺す算段を立てていた。

しかしただ殺しただけでは彼が疑われてしまう。そこで姪を殺したら、姪の恋人をおびきよせ、拷問に掛けて気を狂わせてしまおうと考えていた。そして彼が狂気にかられて姪を殺したことにしてしまおうというのである。

この二段構えの犯罪計画を彼は実行していく。彼を訪ねてきた姪を殺害し、そのあとすぐ姪のあとを追ってきた恋人を拘束し、拷問にかける。(ちなみにこの拷問は恋人を床に固定し、天井から水滴を一滴一滴額にたらすという手口である。このやり方はどこかで読んだ覚えがあるが、きくのだろうか?)

ところがこの拷問の最中に家の中で妙な物音が聞こえるようになる。誰かのささやくような声だ。次第に明瞭になっていくその声はこう言っていた。「聞こえる、アブナー・ヒルトン。わたしは生きている! なぜわたしを殺したのか、理由を聞くために墓から戻ってきたのよ。わたしが埋められた場所を見てごらん! どんなに深く掘ってもわたしはいない! 掘ってみなさい! 掘ってみなさい!」

アブナーはじっとしていられなくなり、狂ったように姪を埋めた庭を掘り返すが、死体はたしかになくなっている。いったいこれはどうしたことか! 姪は本当に幽霊になったのか?

ファーンの小説はどんなに怪奇を描いていようと、必ず説明が与えられる。ミステリでも謎には必ず(擬似)科学的説明がほどこされるのだ。怪奇を怪奇として描いたヴィクトリア朝後期から1920年代、あるいは30年代と比較すると時代が変わったと思わざるを得ない。ファーンは技術進歩を目の当たりにして育った世代なのである。本篇に於いてもその説明を読むと「なんだ、そんなことか」となるけれど、しかしそれまでの物語の雰囲気は血なまぐさく、ホラーの味わいたっぷりである。

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