ヒュー・コンウエイ(1847-1885)はブリストル生まれの小説家である。本作は発売されてから四年間で三十五万部を売り、エミリー・ディキンソンはこの小説を読んで友人への手紙に「忘れがたく、とてもすばらしい」作品であったと報告している。
物語は非常に裕福なギルバート・ヴォーガンという若者によって語られる。彼は白内障のせいで若いときに一時失明し、完全にものが見えなくなったのだが、その後手術により視力を回復した。物語は彼が失明していた時期に起きた奇怪な事件からはじまる。
彼はある晩、独りで自宅近辺を歩き廻る。玄関を出てから歩数を数えながら歩き、歩道の端までいく。そしてまた歩数を数えながら家まで戻るのだ。ところがその最中、酔っ払いにぶつかってしまい、彼は自分の居る場所がわからなくなってしまう。ふらふらさまよううちに、自分の家ではない、べつの家に入り込んでしまい、そこで女の悲鳴を聞きつける。目が見えないにもかかわらず紳士であるギルバートは、声の聞こえた部屋に飛び込んだ。そして血に濡れた死体の上に倒れ込み、さらには数名の悪党どもにつかまえられてしまったのである。
目が見えないということで彼は殺されずに追い返されたのだが、この事件が視力を取り戻してからの彼の人生に大きな影響を与える。
はじめてコンウエイの小説を読んだが、文章が驚くほど平明で、端正で、モダンな感じがした。文体だけをとるなら、とてもヴィクトリア朝の作品とは思えない。物語は信じられないような偶然を多用したメロドラマなのだが、文章には三十年ほど時代を先取りしたような簡潔さがある。
しかし物語のスピードはゆっくりしている。時間をかけて謎が提示され、それが解かれ、そして最期にロマンチックな展開を迎える。しかしいらいらするような遅さではない。悠々と丁寧に筋を運んでいるという感じだ。
ハーレクインのシリーズでロマンチック・サスペンスを読んだ人も多いと思うが、あの手の作品の元祖みたいな仕上がりで、十九世紀の世紀末にこんなものが書かれていたのかと、わたしはちょっと勉強になった。