ジョン・チャールズ・デントは1841年カナダ生まれの作家、ジャーナリスト、歴史家である。まったく読んだことがない人なので、短編小説に目を通してみた。これは幽霊譚である。
ウィリアム・ファーロングという若い男が語り手で、両親のいない彼は叔父に育てられ、従妹のアリスと婚約しているのだが、あるときオーストラリアへ行ってビジネスをしようと思い立つ。この当時、カナダにかぎらずイギリスでも、オーストラリアやアフリカへ行って一儲けするということはよくあることだった。そして数年後、そこそこの成功を収めたあと、本国のカナダへと帰る。港から叔父の家へ戻るまでのあいだに不思議な事件がおきる。
彼はたまたま郵便局に立ち寄り、冗談に局員に自分宛の手紙があるかと尋ねた。すると驚くべきことに、彼の叔父からの手紙がそこにあったのだ。叔父は彼がいつ帰国するか知らなかった。まして彼がその郵便局に立ち寄ることも知らない。ところが、叔父はすべてを予期していたかの如く、彼宛の手紙を出していたのだ。
ファーロングが故郷の駅に到着すると、そこには叔父が彼を待っていた。彼らは話をしながら歩いて家へ帰るのだが、途中でファーロングの友人と出会う。ファーロングはそこで立ち止まり短く会話を交わすのだが、気が付くといつの間にか叔父がいない。あちこちを捜したがどこにも見つからない。それどころではない。あとで友人に話を聞くと、友人は叔父の姿など見なかったと言うではないか。
いったい何が起きているのか。じつに魅力的な謎を提示している。とりわけ不可解なのは、郵便局で手に入れた手紙で、これはそのときファーロングと一緒にいた友人が中身を読んでいて、後になってファーロングが確認したところ、友人もその奇妙な内容をほぼ正確に記憶していたのである。この手紙は、ファーロングが駅で叔父に出会ったときに渡してしまい、叔父の消失とともにこの世から消えてなくなった。しかしそれが「実在」したことは友人の証言によっても確認されるのだ。奇怪な現象がファーロングの幻覚、彼一人の問題であるなら、容易にこの物語には説明がつくが、他者をまきこむとなるとそうもいかない。わたしはこの存在しえないはずの「レター(手紙・文字)」の「存在」が気になってならない。存在しないけれど、世界に対する知識を秘めた letter。いわばレアルのかけらだ。
この問題を徹底的に追求する内容になっていたらうれしかったけれど、物語の後半は、まあ、だいたい読者の予想通りの展開になる。そのつっこみ不足、ひねりのなさがちょっと欠点ではあるけれど、まずまず楽しめる出来だった。