ガイ・エンドアは「パリの狼男」やデュマの伝記「パリの王様」で有名な作家。娯楽的な作品を書いているのかと思ったら、案外深みがあって、思わず頁をめくるのをやめ、考え込むことが幾度かあった。本作「思うに女は……」は殺人事件にフロイト的な精神分析をからめた興味深い物語になっている。
本書は二部構成になっていて、第一部は結婚しているある若い女が(名前は明示されていない)高価なピンを万引きし、殺人を犯し、逮捕されるまでの経過を記した手記。彼女は精神分析医を夫にもち、彼の所持する文献などを読み、精神分析に興味を持っている。そして自分の奇怪な窃盗癖や妄想について分析をしはじめるのだ。しかし話が展開するうちにどこまでが現実で、どこからが幻想なのか、だんだん判然としなくなってくる。
第二部では第一部の手記が殺人事件の裁判に提出された資料の一つであることがわかる。まず三人の医者が第一部の手記をもとにその語り手を分析する。そのあとにはふたたび第一部の語り手による二つ目の手記がはさまれる。これは裁判の様子を記したものなのだが、ここが本作の白眉だ。そこでは彼女の夫が第一部の手記を手掛かりに真犯人を指摘しているのである。その結果、彼女は無罪となる。
まさかこんな話の展開になるとはわたしも思っていなかった。あれだけ現実と妄想が交錯した手記をもとに推理を展開するとは! 推理に納得がいくかと聞かれれば、ちょっとどうかと思うところが、正直、あるけれど。しかしガイ・エンドアは確かに面白い物語を作る人だ。
精神分析は分析者と被分析者のあいだに転移が生じ、両者の無意識がつながるという奇怪な地点からはじまる。そのため他者の分析は自己の分析という事態が生じるのだが、本作はそれを小説の形で表現してみせたわけである。二十世紀の中頃はアメリカで精神分析がはやり、フロイト的な考え方を取り込んだ文学作品もだいぶ書かれたのだが、本作もその一つといっていいだろう。