Friday, May 20, 2022

マージェリー・ローレンス「クイア街七番地」

この本はずっと前から読みたかったので、手に入ったときは小躍りした。アルジャーノン・ブラックウッドのジョン・サイレンスものが好きな人なら、きっと興味を抱くであろう作品集である。十九世紀末から二十世紀初頭にかけて欧米ではスピリチュアリズムが大流行し、大勢の作家がその影響を受けた。わたしも降霊術とかが大好きで、イギリスに行くときは必ず心霊協会を訪ねることにしている。だからこの手の作品には目がないのだ。

「クイア街七番地」はこの作品集の主人公マイルズ・ペノウヤの住所である。彼は西洋のみならず東洋の心霊術も学び、霊界と交信ができる特殊な能力を身につけたらしい。その彼がさまざまな霊的事件を解決していく七編の物語が収められている。

第一話は「真鍮の扉」。中国で購入した真鍮の扉には古代中国の王妃の魂が宿っていて、それが扉を購入したイギリス人に取り憑き、妻との仲を裂こうとする。マイルズ・ペノウヤは王妃を扉の中から誘い出し、直接対決をする。この対決場面には異様な迫力があり、作者のこの作品集への力のいれ具合がよくわかる。

第二話は「幽霊と大聖堂」。建てられたばかりの大聖堂に、それを建てた建築家の亡霊と子供の亡霊があらわれ、信者が近づかなくなってしまった。そこでサイキック探偵マイルズ・ペノウヤに依頼が来るというわけである。これまた亡霊二人との対決場面は映画でも見ているようなスペクタクルシーンになっていて、マリー・コレーリを彷彿とさせる。そういえばマリー・コレーリもスピリチュアリズムに入れ込んでいた。

第三話は「エラ・マクラウド」。これは輪廻転生を扱ったもので、俗物貴族の女中をしているエラ・マクラウドと、彼女が怪我の手当をして助けてやった犬が、じつは古代ギリシャ時代の姉弟であったという物語。過去の自由で溌剌とした生と、現代の卑小なあり方が対比され、悲劇的な結末は読む人をしてしんみりさせる。

第四話は「白い蛇」。孤児院で子供たちが夜寝ていると、窓辺に白い蛇があらわれるようになった。院長に呼ばれて調査をはじめたマイルズ・ペノウヤはそれが蛇ではなく、孤児院の隣の家から庭を通り、壁をよじのぼる巨大な白い化け物であることに気づく。いったいこの異次元の化け物の正体はなんなのか。事件の背景には意外なメロドラマが隠されていた。

第五話は「ムーンチャイルド」。小さな私立学校に娘を通わせる、ある父親がマイルズに助けを求める。父親は学校の奇妙な授業と、そこに通い始めてからの娘の変化に心配をおぼえたのだ。マイルズはたちどころにそこが月を崇める悪の教団であることを突き止め、壊滅のための計画を練る。

第六話は「傷跡のある若者」。結婚を考えているある若者がマイルズのもとを訪ねてくる。彼は子供の頃から自分の腕にあらわれたり消えたりする不思議な傷跡のことで相談に来たのだ。それはまるで蛇のような形をしている。詳しく話を聞くと、若者にはいくつか不思議なところがあった。普段は都会の生活が大好きで、田舎の自然に囲まれた生活は嫌でたまらないのだが、しかし実際田舎にに行くと釣りや泳ぎやらじつに巧みにやってのけるのだ。そして彼は夢遊病者で、夜中にどこかへ出かけて行き、泥にまみれて帰って来る癖があった。そこでマイルズは、まず彼が夜中にどこへ行くのか、それを突き止めることにした。そこでわかったのはこれまたメロドラマじみた「過去」だった。

第七話は「妖精の男の子」。本篇ではパトリックというアイルランドからイギリスにやってきた男の子が主人公である。彼は音楽や絵画にすぐれているが、奇妙にませた口をきく少年だ。しかも底知れぬ悪意に満ちた物言いをする。そのため母親も、母親の姉も彼の振るまい方に不安と怖れを抱き、マイルズに相談に来るのである。マイルズは家庭教師として男の子の家に住み込み、彼を観察するのだが、彼が魔術をつかい、自分にいじわるをした相手にには大人であれ子供であれ報復をすることに気がついた。いったい彼は何者なのか……という筋である。話としてはいちばん面白く読めたけれど、ニューエイジ的な環境主義が露骨なところはいただけない。


物語はすべて奇怪な現象が提示され、それが起きるようになった背景的な物語が語られ、最後に異常が解消するというパターンを踏む。奇怪な現象はある物語(問題)の徴候であり、物語(問題)に決着をつけることによって、徴候は消え去るというわけだ。これは昔の精神分析の考え方である。つまり患者が示す不可解な症状は、内に秘められた精神的な問題の徴候であり、精神分析は問題を突き止め、それを患者に理解させることで徴候を解消するという考え方である。しかし実際はこうはいかない。いつまでたっても徴候は消えない場合が結構ある。それどころか患者自身が問題の在処を知悉しており、その解決法もわかっているという場合でも徴候は継続するのである。そういうことを知っている人間からするとこの casebook は少々単純な物語の寄せ集めのように見えてしまう。

しかしマージェリー・ローレンスの本を読むのはこれが二冊目だが、とにかく読みやすい英文を書く人だと思う。ほかにも作品が手に入れば間違いなく読むだろう。

英語読解のヒント(145)

145. 付帯状況の with 基本表現と解説 He was sitting, book in hand, at an open window. 「彼は本を手にして開いた窓際に座っていた」 book in hand は with a book in his hand の...