精神分析医マイケル・グレイが活躍する第三作。このシリーズの出だしはいつも劇的だ。部屋の中でじっとしている女が登場したかと思うと、じつは彼女が刺殺されていたことが判明する。そしてすぐさま背後で火の手が上がる。誰かが彼女を殺し、火を放ったのだ。途端にどんどんと激しくドアを叩く音。これまた若い女アイリーン・ヘリックが、中でなにが起きているのかを知らずにドアを開けさせようとしている。その騒音に人が集まってくる。そして誰かが気づく。「火事だ!」男がドアを蹴破ると、もうもうたる煙と熱気がアイリーンを襲う。そして顔を火に包まれた女の姿が見える……。
読者を一気に物語に引き込むという点では上々の出だしである。
そしてこのアイリーンがじつはマイケル・グレイの患者なのだ。彼女は真夜中マイケルに電話をし、マイケルは患者を助けようと事件現場へ、そしてアイリーンの実家へと赴く。
話は結構複雑で、登場人物も多い。
シリーズの第一作「エレノア・ポウプ殺し」で、作者は精神分析を推理の中に取り込もうとしてあまりうまくいかなかった。そのせいか第二作と第三作(本書)では精神分析はメインディッシュに対する添え物のような役割にまで引き下げられている。しかしそれで物語的にはちょうどよい。いくら精神分析をやったところで、現実の犯罪捜査においては物的証拠がなければどうにもならないのだ。もしも精神分析をメインディッシュに据えるとなれば、今までにない新しい物語形式を創造しなければならないだろう。精神分析に対する関心をあくまで副次的なものにとどめることで、本作は非常にバランスの取れた面白い作品に仕上がっている。おしむらくは誤植が多いこと。おそらくわたしが買った電子書籍は、OCRを使って本文を読み取っただけで、ろくに校正もしていないのだろう。