これは戦時中のやくざの生態を描いた小説だ。平林がこんな作品を書いているとは知らなかった。唐突な終わり方をしていて、もしかしたら執筆上のさまざまな条件から作者としては不本意な終わりかたをせざるをえなかったのかもしれないが、わたしは興味深く読んだ。
鉄火場におけるいかさま博打、組同士の争い、獄中生活、任侠小説に出て来るトピックはだいたい扱われている。しかしいちばん面白いのは女学校の生徒三名の変化である。小説の最初では世間知らずの純情な乙女だった彼らが、やくざと関わりを持つようになり、どんどんその生活にのめり込んでいく。とりわけ山田花子(何て名前だろう)は、コケティッシュな自分の魅力を利用してやくざのみならず、警察までも自分の掌の上で踊らせようとするのだが、ちんけなやくざの計略に引っかかり、料亭に売られてしまう。しかし政治家のたまごとなるやくざ者と結婚し、元気にのしあがっていくのである。平林本人並みのあきれたヴァイタリティーだ。
終戦はやくざ社会にも激変をもたらした。闇市ができ、国粋主義から民主主義に、ほぼ百八十度舵を切った日本では、もう古い任侠道は通用せず、新しいタイプのしのぎができる、目端の利く連中が活躍する時代になってしまったのだ。古いタイプのヤクザ者鶴田は、刑務所から出て来ていきなり変化した日本のありように直面し、茫然とする。自分の信条を通し、時代にあらがって苦しい生き方をするのか、それとも時代にしたがってカメレオンのように自分を変え、(山田花子のように)たくましく生きていくのか、戦中から戦後への転換は人間の生き様が如実に問われる時代の変化だったのだと、あらためて思う。