バルチンは1908年生まれの作家で今でもかなり評判の高い小説家。このたび彼の作品の中でもとりわけ有名な「小さな秘密研究室」を手に入れたので読んでみた。この人は文章がうまく、無駄のない的確な書き方をする。相当な手練れだというのが第一印象で、ファンが多いのもよくわかった。
さて内容のほうだが……。
戦時中の武器開発者サミーという男が語り手である。彼は事故か何かで片足を失い義足をはめている。彼は武器を開発して、彼の上司がそれを軍部に売り込むという商売に携わっている。そして上司の秘書をしている美しいスーザンと密かに同棲生活を送っている。結婚すればいいじゃないか、という人もいるのだが、サミーにはコンプレックスがあって、スーザンが自分と一緒になるのはよいことではないと結婚を拒否している。スーザンは結婚してもいいと考えているようなのだが。
あるときサミーはスチュアートという大尉から質問を受ける。ドイツの戦闘機が通過したあとに小さな爆弾が発見され、それを見つけた人が吹き飛ばされ死んでしまうという事件が連続して起きたのだ。この爆弾がどういう仕掛けでできているのか、意見を聞きたいというのである。この当時の爆弾処理がどう行われていたのかよくは知らないが(今もどう行われているのか知らないのだが)、どうやら人間が生命の危険を冒して分解・解体をやっていたようだ。スチュアート大尉はこの新型爆弾の解体途中で吹き飛んで死んだ。そしてとうとうサミーがこのやっかいな仕掛けの爆弾を解体することになる……。
武器開発研究の話など、わたしははじめて小説の形で読んだ。科学とビジネスの矛盾、科学者・軍人・政治家といった利害の異なる人々の確執、政治の世界の酷薄な力関係、ビジネスマン同士の敵対と野合、そこで展開される権謀術数はそれだけで充分に興味深かった。コンプレックスの塊でありながらも、じつに人間的なサミーが、研究組織の大激変に直面して見せる怒りや苦悩には深く共鳴した。おそらく日本のサラリーマンが読んでも心動かされると思う。サミーは自分の価値に疑問を持ちながら、かつまた組織や政府といったもののポリティックスに翻弄されながら生きている人々の典型だからだ。最後にサミーは複雑な構造の爆弾を解体するが、その過程はさまざまな力の交錯する実生活を生き抜くことの比喩になっている。読み終わってなんともいえない感慨がじわりと身体に広がった。