Sunday, January 29, 2023

オクタヴス・ロイ・コーエン「失われた女」

これはコーエンの作品の中でもかなり上等の部類に属するだろう。力のこもったいい作品である。


ダニー・ハリディという三十代後半の警官が夜のパトロールを終え、警察署で仲間とたむろしていると、二人の市民が行衛不明届けを出しにやってくる。一人はハンサムで、りゅうとした身なりの男、もう一人は二十くらいの美少女である。男の話によると彼の妻が昨日の晩から行衛不明になっているらしい。一緒に連れている美少女は歳の離れた妻の妹だった。彼らはハリウッドの豪華な屋敷に一緒に暮らしているのだ。

この美少女アイリスが物珍しそうに警察署内をきょろきょろと見ているので、行衛不明届けが受理されるあいだ、ダニーが彼女に署内の案内をしてやる。ところがとある部屋に入った途端、アイリスはダニーにこっそりと打ち明けるのだ。「わたしの姉は殺されたのよ。彼女の夫に」

なんと次の日の晩、行衛不明になっていた女はモーテルの一室で殺害されて発見された。車の中で銃で撃たれ、その後モーテルの部屋に引きずり込まれたようだ。

なぜアイリスは姉の殺害を知っていたのか。殺したのは本当に夫なのか。さらに事件は連続殺人へと発展していく。

コーエンは日本では無名だけれども圧倒的に面白い作家である。黒人社会を描いた作品のあるものはステレオタイプにあふれすぎていて評判がよくないが、ミステリはどれを読んでも夢中になる。しかも彼のミステリはどこか変なのだ。本作も変なところがあり、そこが圧倒的にわたしの興味を惹いた。

ミステリは物語を批判する物語だ。名探偵にはたいてい彼を引き立てるやや愚鈍な相方がいる。事件を調査して愚鈍な相方はある物語(A)を考え出すが、名探偵は最後にその物語をくつがえす物語(B)を提示する。この物語の位相転換がミステリの醍醐味である。

位相転換を行うには探偵は物語(A)の外部に立っていなければならない。物語内部に呑み込まれている存在には、その物語を位相転換することはできない。1920年代のミステリを読んでいてよくあるのは、事件が起きて探偵がその解決に乗り出すのだが、探偵が事件の渦中の男や女と恋に陥ってしまうと言う設定である。探偵が事件と距離を置けなくなった途端に、物語はミステリからメロドラマに変わってしまう。探偵が物語の内部に足を踏み入れると、位相転換の能力は失われるのだ。

探偵が事件に積極的にかかわっていくミステリもあるではないか、と反論される人もいるだろう。その通り、ハードボイルドというのはそういう物語だ。これは物語の中核にあるもの、多くの場合ファムファタールにあらわされる死の欲動に探偵が直面する話になるが、これは論理性によって推理を展開する、いわゆる本格的なミステリとは異なるジャンルを形成する。

コーエンのミステリが変なのは、批判の対象である物語の内部に探偵役がのめり込むにも拘わらず、最後にはその探偵役が位相転換を成功させる点である。本作ではダニー警官が事件の渦中にあるアイリスとある種の恋愛関係に陥る。にもかかわらず、ダニーは物語の最後で探偵としての役割を果たしている。ダニーは容疑者でもあるアイリスとの交友関係を上司に報告し、いわばスパイのようにアイリスたちを観察する。その意味では彼は物語の外部にとどまっているのだが、同時に彼はアイリスに惹かれ肉体関係も持つ。こういう不可解な探偵が登場するのがコーエンの特徴である。

彼のミステリのおかしさは理論的に興味深い。ここには考えなければならない問題がいくつもある。作品自体が面白いだけに余計にわたしには興味深い。


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