読みはじめて最初のうちは何が起きているのかピンと来なかった。バーニー・ペイジという三十二歳の元俳優が浮浪者みたいな生活を送っている。彼は妻に自殺され、その後情婦を殺しているらしい。なんとなくそんなことがわかる。あるとき彼は警察に追われ、発砲されるのだが、それからしばらくして自分が一年前に時間を逆戻りしていることに気がつく。ここまで来てタイトルの「リピート・パフォーマンス」の意味がわかってくる。この男は悲劇が起きた一年間をもう一度生き直すのだ。彼はその一年間にどんな悲劇が起きたかを知っている。それ故、その悲劇に陥らないように手を打つことができるのだ。しかし本当に悲劇は避けられるのだろうか?
これは面白い設定である。運命とは決定論的に決まっているものであり、個人がどうあがこうとも同じ結論へと向かうものなのか、それとも小さな変化が大きな変化を生み、まったく別の運命が(或いは、ともかくも違う運命が)開けていくものなのか。物語の最後までこの相異なる視点が読者のなかでせめぎ合い、奇妙なサスペンスを生み出すことになる。しかももしも悲劇が避け得ないのだとしたら、なぜ悲劇は反覆されなければならなかったのか、読者はたんに物語の表層的な筋を追うだけでなく、悲劇の深い原因を探らされることになる。SF的な発想はしばしば物語を薄っぺらなものにすることがあるけれど、この作品では見事に深みを与えることに成功している。奇想が成功している作品としては、フランク・ベイカーの「ミス・ハーグリーブズ」と並ぶ名作ではないだろうか。いや、ワイルドの「ドリアン・グレイ」と比較したっていいくらいの出来だ。
また1940年頃のニューヨークの演劇界の様子が活写されている点もすばらしい。楽屋裏をよく知っている人でなければ醸し出せないリアルさがある。そしてウィリアム・アンド・メアリという不思議な人物。彼はボヘミアン的な詩人なのだが、金持ちのパトロンの庇護を受けたかと思うと、あっという間に精神病院に入れられてしまう。彼の型にはまらない魅力がこの作品をいっそう謎めいたものに、深みのあるものにしている。