文法を習っただけでは英語は読みこなせない。わたしはかねがね文法書には修辞学の解説も加えるべきだと思っている。修辞学を加えれば読みこなせるようになるかといえば、そうではないけれど、初学者が文学の原文に取り組んでとまどうことは減るだろうと思う。日本語における言い廻しの癖と、英語における言い廻しの癖は異なっていて、それに慣れておくだけで英語の本はかなり読みやすくなるはずだ。
しかし英語学習者の役に立つ修辞学の本というのはなかなかない。ちょっと分厚くて、学問的に書かれた本だが、ジョン・フランクリン・ジェナングの「実用修辞学の原則」(The Working Principles of Rhetoric by John Rranklin Genung)は例文が多くて勉強になる。今回読んだマーク・フォーサイスの「雄弁のための要素」はごくごく一般向けに書かれた、ざっくばらんな本で、アーサー・クインの「文彩」(Figures of Speech: 60 ways to turn a phrase)とよく似た感じの一作だ。ざっくばらんだが、大いに役に立つ。英語を味わいながら本を読みたいという人には一読をおすすめする。
修辞学のどういうところが英語学習者の役に立つのか。たとえば hendiadys (二詞一意)を扱った部分にはこんな例文があがっている。
I walked through the rain and the morning.
I'm going to the noise and the city.
構文も簡単だし、単語もすべて知っている。しかしこれらをどう訳すか。hendiadys の用い方を知っていれば「朝の雨のなかを歩いた」「喧噪の都会へ行く」とちゃんと訳せるのである。レナード・コーエンの「ハレルヤ」という曲のなかにはこんな一節がある。
You saw her bathing on the roof.
Her beauty and the moonlight overthrew you.
これも hendiadys を知らないと her beauty and the moonlight がちゃんと理解できない。「あなたは屋根の上から彼女が沐浴する姿を見た。月の光を受けた彼女の美しさはあなたを圧倒した」という意味である。hendiadys は bread and butter などと形で英語の初学者も習うのだが、もっとさまざまな形で用いられることを知らないと実際の英語にぶつかったときにその知識は有用なものとならない。
もう一つ transferred epithet (転移修飾語)という修辞法の例もあげよう。たとえば次の文をどう訳すか。
The man smoked a nervous cigarette.
これも構文は簡単で、単語はすべて知っている。しかし transferred epithet を知らないと「神経質なたばこ」とはなんだろうと悩むことになる。イギリスの代表的なユーモア作家P・G・ウッドハウスを読みたいと思うならこの修辞法は充分知っておかなければならない。さもないと
His eyes widened and astonished piece of toast fell from his grasp.
などという彼特有の文章が理解できず、そのユーモアにも触れることができなくなってしまう。transferred epithet についても初学者は sleepless night のような形で学ぶことはあるのだが、広くその応用形に接しなければ実戦では用をなさないのだ。
マーク・フォーサイスの本は古典から現代のポップソングまでさまざまな文例をあげて修辞法の説明をしている。シェイクスピアの修辞法に感嘆したかと思ったら、それを上回る見事な修辞法の例をポップソングから拾ってきたりなど、遊び心にもあふれたいい本である。