Monday, March 20, 2023

地平線の問題

Quanta というネット・マガジンに「ブラックホールは終局的にはすべての量子状態を破壊する、と研究者は主張」(Black Holes Will Eventually Destroy All Quantum States, Researchers Argue)という記事が出ていて、これが圧倒的に面白かった。わたしは門外漢として量子力学に興味を持っているだけなので、内容の説明はできないが、理解した範囲でまとめると、情報の流れが一方通行になり、因果性パラドックスが発生するある領域の地平線、たとえば宇宙の端とかブラックホールとかリンドラー・ホライゾンとかキリング・ホライゾンといったものは、量子力学の確率論的な存在のありようを輪郭のはっきりした現実に変化させるということらしい。


わたしも文学における地平線、限界線の問題をこのところ考え続けていたので、この記事は非常に参考になった。文学が量子力学とどうつながるのかと疑問に思われるむきもあるだろうが、小説の語りにも、その語りを構成する地平線が存在しており、その地平線から物語を見返すと内容が奇怪な変容を遂げるのである。量子力学のアイデアと文学のアイデアのあいだには意外なことにある種の類似性が見出されるのだ。

科学も文学も情報が問題とされる。いずれもシンボルや記号によって構成されるからである。そしてシンボルや記号で構成される限り、シンボルや記号がもつある種の条件にしばられているはずだ。地平線・限界線はこの条件がいかなるものかということに迫る格好のスタート地点を提供している。


エドワード・アタイヤ「残酷な火」

  エドワード・アタイヤ(1903-1964)はレバノンに生まれ、オクスフォード大学に学び、スコットランド人の女性と結婚した作家である。自伝や「アラブ人」という評論が有名だが、ミステリも何冊か書いている。ウィキペディアの書誌を見る限り「残酷な火」(61)は彼が書いた最後のミステリ...