バーナーズ卿は作曲もすれば、絵も描き、小説も書くという才人であり、かつまたエクセントリック(奇人)としても知られていた人だ。本作はファンタジーといえばいいのだろうか、寓話と呼べばいいのだろうか、それとも大人の童話とでも名づけるべきなのだろうか、分類がむずかしい奇妙な作品である。
とある田舎の教区の牧師さんの家にある日、らくだがやってくる。このらくだは人語を解し、相当な知性を備えているのだが、そのことは牧師さんにもその奥さんにもわからない。サーカスから逃げてきたのであろうと、一応自分の家で飼うことにする。
奥さんのアントニアは最近ペットの犬を亡くし、その代理の愛玩物としてこのらくだに強い愛情を抱く。そして困ったことや問題が起きると、らくだにぼそりとそのことをしゃべえってしまう。すると人語を解するこのらくだは、その希望を彼女に気づかれないようかなえてくれるのだ。このパターンが繰り返されながら物語は進んでいく。
アントニアの願いをかなえるためにらくだは、最初、金持ちの家から毛皮のコートを盗んで来たり、狐狩りの邪魔をしたりといったことをするのだが、じきにそれはもっと不吉で、グロテスクで、暴力的な振る舞いに変わっていく。そして最後にはこの村にあった秩序が完全に破壊されてしまうのである。
神さまに望みを実現してもらったら、かえってひどい目にあったという話があるけれど、このファンタジーもまったく同様である。牧師の妻のナイーブな希望が実現化されることで、村の風習やヒエラルキーが崩壊し、夫婦間の齟齬が露呈されていく。われわれの生活はらくだが示す暴力性を抑圧するところに成立しているのだ、とでもこの作品は教えているかのようだ。
イギリスのファンタジー小説のなかでもかなり出来の良い作品だと思う。掘り出し物である。