アメリカ中西部のどこかの都市(おそらくカンサスあたり)で、郡検事捜査官をしているバーニー・モファットが活躍する長編小説。著者のハリントンは残念ながらこの小説書いた翌年(1952年)に、四十代の若さで死亡している。書き残したのは短編が一編、長編が本作だけだ。しかし「わが棺」はエドガー賞の候補になっているのだから、実力のある人だった。
本作は police procedural (警察もの)といっていい。ただしモファットは警官といっても、検事の下で働く捜査官である。アメリカの警察の仕組みがどうなっているのかよくわからないが、ペリー・メイソンものやハメットの「ガラスの鍵」などにもこんな捜査官が登場している。とにかく彼は有能で、あまり有能ではない検事を盛り立てているらしい。モファットは交通事故課で働いているパッツィという恋人やキンチェロという刑事の力を借りて事件を解決する。
どういう事件か。結構政治的な広がりがあるのだが、そこを省略して説明する。ポートマンという若者が強盗に入るのだが、彼はまともな生活がしたいと思っている男で、強盗を犯してから間もなく警察に盗品を返したい、都合があるからある時期まで自由の身でいさせてくれないかと電話でモファットに連絡してくる。そこでモファットは彼と会おうとするのだが、その間にポートマンは何者かに乱暴される。彼はブラックジャックでぼこぼこにされた顔のままモファットに会う。モファットはこのまま彼を放っておくとさらなる暴行に遭うのではないかと、無理やり警察署に連れて行こうとする。そんなモファットに対し、ポートマンは拳銃をつきつける。それを見た刑事のキンチェロが一瞬早く銃を抜き、ポートマンを殺害するのである。これが事件の出だしである。
その後、警察の他の部署がポートマンを見張っていたことがわかる。さらに事件の背景には市の合併問題がからんでいたことも徐々に明白になる。つまり、警察内部での争い、かつまた政治的な陰謀という側面がつけ加わり、事件は一気に面白さを増す。ポートマンはなぜ強盗に入ったのか。彼を暴行した二人の男は誰なのか。合併問題をめぐる政界、財界の思惑、検事自身のスキャンダル、警察の腐敗。処女作にしてはけっこうスケールが大きく、複雑な内容になっている。
一言でこの作品の印象を言うと、好い意味でも悪い意味でも「手堅い」。警察ものに欠かせないある種のリアリズム、生活感がちゃんと醸し出されていて、会話も都会風の気が利いた、しかし凄みを秘めたものとなっている。筋の構成も工夫が見られる。最後のモファットの推理も、断片的にあらわれていた手掛かりを見事にまとめあげているし、とりわけある一つの出来事の位相が転換され、別の意味を帯びるというくだりは読者をはっとさせる。これは緻密にプロットを考え抜いて書かれた作品だ。しかし緻密すぎて少々かたくるしい感じがなくもない。モファットの台詞回しはハードボイルド風で格好いいのだが、ユーモアがないという点もそのかたくるしい印象を与える一因かもしれない。
が、若い作者が第一作をここまでまとめあげたのはすごい。それどころか、この人が長生きし、モファットを主人公にした作品を書き続けていたなら、警察ものの代表的なシリーズになっていたのではないか。そういう期待を抱かせる出来上がりである。