イギリスのとある大邸宅でハウスパーティーが開かれた。招待されたのは十数名の男女。もちろんみな貴族とか法律家とか医者とか俳優といった著名人ばかり。そのうちの一人デイン大尉が真夜中に火かき棒でなぐられ殺される。しかもその日大尉が競馬で儲けた大金も消えていた。事件当時、この邸宅の近所では窃盗事件が多発していたため、警察はおなじ犯人による犯行と考えた。しかしラローズ探偵は屋敷の警備が厳重であったことから、犯人は内部にいると推理した。彼は宿泊客全員を邸宅に二日ほど足止めし、彼らとともにそこに宿泊しながら手掛かりを探そうとする。
しかし貴族とか上流階級人士というのは、いけすかない連中ばかりである。オーストラリア出身のラローズを野蛮人のように見下し、捜査にまったく協力しようとしない。それどころか彼を敵視し、なんと殺意すら見せるのだ。邸宅の執事、家政婦もあやしげな連中で、ラローズはすぐさま彼らが秘密を隠し持っていることに気づく。ラローズの捜査は難航する。
ラローズには際立った特徴がある。一番最後に彼はデイン大尉殺しの真犯人を突き止めるのだが、なんと彼は犯人に同情し、その罪を見逃すことにする。彼はひどく感傷的な男なのだ。これはなにを意味するのだろう。探偵には大きく二種類ある。エラリー・クイーンのように事件を徹底して外部から眺めるタイプと、事件にみずからも巻き込まれ、ときには身を危険にさらすタイプである。前者は大団円において事件の様相を一変させる、論理的な推理を展開してみせるが、後者の場合は、ハードボイルドの探偵がその典型なのだが、事件の内部を最後まで突き進み、突き抜ける。ラローズはその中間的な探偵である。彼は事件に巻き込まれ、実際ピストルで胸を撃たれたりする。そのため貴族たちを足止めしている二日間のあいだに事件を解決することができない。つまり彼は失敗するのである。しかし失敗して事件から距離が出来たときに、彼は見事な洞察力、推理力を発揮する。そしてもう一度事件の渦中に乗り込んでいく。ラローズは「絶対に失敗しない男」と呼ばれているそうだが、すくなくともこの作品においては彼は失敗する。そして失敗によって事件と距離が出来たときにはじめて探偵としての能力を発揮し、決定的な手掛かりをつかむのである。失敗が成功のなかに組み込まれているという仕組みだ。この構造はほかの作品にも見られるのだろうか。