「究極のチェスゲームにおいて、駒はあまりにも大きすぎ、重すぎて、とても動かせない。プレーヤーはただ座って目を見張り、こう考える。「何が起きるのだろう、もしも……」そうこうするうちに一方のプレーヤーの命が尽きて倒れ、ゲームは不戦勝によって片がつく。かくして時間のみが重要な要素であり、プレーヤーが優位を築くには、相手の老化のプロセスを早めなければならない」
「超大国間の戦いでは、あからさまで本格的な攻撃は、いかなるものであれ、核による全面的な報復を招く。それゆえ機関銃、大砲、タンク、戦艦、飛行機、兵士といった通常の戦争手段は実質上すべて否定される。ただひとつ残るのは生物兵器である。これはあからさま攻撃とは必ずしもならない。そのような攻撃の被害者は、疑念を抱くかも知れないが、決して自分が攻撃されているとは確信をもっていえない」
こんな巻頭言が本文の前に置かれていて、わたしはこれで本書に興味を持った。わたしはミステリも好きだが、戦争や軍事を扱った小説も好きで、「グループ17からの報告」はその両方の要素を合わせ持っているらしいから、これはもう読むしかない。
物語はアメリカのワシントンの田舎で展開する。ここにはロシアが所有する巨大な屋敷があって、まわりを壁でぐるっと取り囲まれている。大使館ではないのだが、過去に色々な事情があって、外交特権を持ち、アメリカの司法が及ばない場所となっている。ここで元ナチスの科学者シュッツという男がとある研究を行っていた。飲料水に「超水」ともいうべきあるものを混ぜると、それを飲んだ人々が十年、二十年という長い時間を経て、次第に無気力になり、しまいには死んでしまうのである。それは毒とはいえない毒であって、まさしくこんなもので攻撃されたら、巻頭言にあるように「自分が攻撃されているとは確信をもてない」まま死んでいくことになる。
しかしシュッツはこの研究を完成させるために人体実験を試みたかった。そのため近くに住んでいるアリソンという女の子が敷地内に入ってきたとき、彼女を襲い、実験室に連れ込んでしまうのである。731部隊とかナチスの科学者とか、とにかくろくでもない連中である。
行方不明になったアリソンを探すのが地元の警察とファーガスという生化学者だ。ファーガスは問題の屋敷にシュッツがいるのではと疑い、彼の論文を調べ、なにを目論んでいるのかを突き止める。そしてとうとう警察官と屋敷に忍び込み、アリソンを救出しようとする。
物語のテンポはゆっくりしているし、派手なアクションは一切無いが、一定のサスペンスが最後まで持続する、悪くない作品だと思う。シュッツが作ろうとする「超水」がいかなるものなのか、ちょっとした科学的説明が附されているいるけれど、その正しさはよくわからない。H2O ではなく H8O4 とか H16O8 なんてものが本当にあるのだろうか。それはともかく、この本を読みながら、わたしは思わず日本にある米軍基地のことを考えざるを得なかった。ロシアの屋敷と同様に外交特権を持ち、消化剤かなにか知らないが、それを地下水に混ぜてPFAS汚染を引きおこした。しかも日本は政府自体が健康被害を認めないのだから、小説以上に悪い事態が起きているわけだ。
作者のオブライエンは児童文学を主に書いた人だが、本書と Z for Zachariah という二作だけ大人向けのサスペンス小説を書いている。