コーエンは大好きな作家で、彼の本は見付け次第読むことにしている。黒人を扱ったコメディものはときどき気に掛かる表現におめにかかるが、ミステリはどれも面白い。とびきり上等というわけではないが、工夫が凝らされ、凡作がない。マイナーだが光るものを持った人だ。
「殺人よりも美しく」は1952年にポピュラー・ライブラリーから出された。コーエンはここから
My Love Wears Black
Don't Ever Love Me
という二作も出しているようだ。コーエンの晩年の作品で、なんとかして手に入れたいと思う。
本作は裁判の場面からはじまる。ナルティというハリウッドの人気クラブの所有者が夜中の十時に銃殺される。犯人として捕まったのは語り手のブレイクだ。彼はエンジニアで、殺人のあった晩にパーティーを開いていた。そこにナルティがやってきたのだが、ナルティが酔って不作法を働いたため、出て行けと言ったところ喧嘩になって顔をふみつけにされた。パーティー後も腹の虫がおさまらないブレイクはナルティの家に乗り込むのだが、彼が自分の非を認めたので家に戻る。戻ったのは九時二十分だ。その後十時にナルティは殺されるのだが、ブレイクは九時二十分からずっと家にいた。しかし警察はブレイクを重要容疑者として捕まえ、結局裁判になる。
なるほど裁判ものか、と私は思ったがじつは違った。ブレイクは最初の数章で無罪放免を勝ち取ってしまうのである。しかしその勝ち方にブレイクは不安を抱き、誰がナルティを殺したのか突き止めて欲しいと、裁判所を出た足で警察の殺人課へ向かうのだ。
ハリウッドらしくグラマラスな女性が三人もあらわれてブレイクを取り巻き、合計で四人の人間が殺される。なかなか読み応えがあった。フェアプレイの本格推理もので、私は犯人もわからなかったし、手掛かりにも気がつかなかった。一番最後に指摘されて、ああそうかと自分のうかつさを知らされた。
コーエンの初期のミステリはパルプっぽいが、晩年の作品は立派な本格推理で、重厚さが増している。ジャンルの発展だけでなく、大恐慌や世界大戦の経験が影を落としているのだろう。他の作品にも是非目を通したい。