文章も構成も際立ってうまいわけではないのに、読みだしたら止まらないという作家がいる。ドナルド・ゴインズもそんな一人だ。この作家の作品ははじめて読んだが、奇妙に魅了されて短時間で読み終わった。
ドナルド・ゴインズは二十歳のころにヘロイン中毒になり、軍隊を除隊してからは強盗をはたらいていた。逮捕され監獄に入れられ、その後小説を書き始めた。三十七歳でギャングに殺されるまで十六作品をものしたらしい。文章が洗練されていないのは彼の経歴と関係があるのだろうが、物語を書きたいという熱気が文章の背後から伝わってきて、作品の世界に引き込まれてしまう。同時にスラム街における女の子の成長という特殊な主題の面白さも魅力となっている。
主人公はスラム街に生まれた黒人の少女サンドラだ。小さい時は飲んだくれの母親のせいでまともに食べ物も与えられず、たえず空腹に苦しんでいた。まるで戦時中、あるいは戦後の混乱期の子供たちのようだ。それにつけこんで食べ物を与える代わりに彼女を性的に利用しようとする大人もいれば、社会の底辺に生まれたとはいえ、一本筋の通ったその気性を愛し、アルバイトに雇う心やさしい大人もいる。やがてサンドラはアルバイトによって小金を貯めるようになる。
あるとき偶然、純度の高い麻薬を手に入れ、それを売りさばいて大金を手にするようになる。売りさばくときに彼女の手伝いをしてくれたのがチンクという学校の同級生だ。女の子と話すのが苦手なこの男の子は放課後にこっそりクスリを売って金儲けをしている。しかし奇妙に信義に厚く、サンドラは彼を信頼し、二人は恋人になる。が、良質の麻薬を売り、警察の目に留まらないはずはない。学校の昼休み時間にクスリを取りに家に帰ったチンクは逮捕され、同時にサンドラも捕らえられてしまう……。
こんな具合に話が進展していくのだが、非常に面白い。
わたしはサンドラに強い好感を抱いた。彼女にはずる賢いところがなく、気持ちのよい、きっぱりした性格で、スラム街ではなく普通の家庭に育ったわれわれでさえ感心するくらい、ある種の強い社会的規範をもっている。もちろん生きる手段を奪われた環境にあるのだから、それなりに「悪事」にも手を出さなければならない。しかし彼女は懸命に生きようとしているのであって、サンドラを逮捕する黒人警官が、彼女の必死に生きる姿勢を同情的に見つめる部分はちょっと胸にぐっとくるものがあった。
この話はその後サンドラがレイプされ、それを知った獄中のチンクが脱獄するというようにエスカレートしていくのだが、もともと悪いやつらがどんどん羽目をはずしてとうとう自滅するというのではなく、幸せを求めてどんなに努力しても、環境がそれを許さないという、ゲットーの悲劇として描かれている。センチメンタルな部分が気になるが、アメリカには元犯罪者や元ホームレスによる文学の伝統があり、それを引き継ぐ作品として十分価値があると思う。