女流ミステリのなかで印象に残っているものを四つ挙げてみる。といってもこのブログらしく日本では翻訳が出ていないものを選ぶ。わたしにとって印象深いというのは、考えさせる力をもった作品ということである。
Fear Stalks the Village(1932)
Ethel Lina White
エセル・リナ・ホワイトは代表作の Some Must Watch や The Wheel Spins もいいが、わたしはとりわけこの本を推す。喧騒と悪徳の都会から遠く離れた田舎町は、純粋と美徳の結晶のように思われたが、その純粋と美徳の核心に悪が存在していることを、つまり美徳と悪が共存関係にあることを、見事に描いている。これは十九世紀の「オードリー夫人」以降、女流ミステリ・サスペンスによってずっと受け継がれてきたテーマといってよいのではないか。
He Arrived at Dusk (1933)
R.C. Ashby
ロマンス小説や児童小説で有名なアッシュビーだが、ミステリやサスペンスも書いているらしく、そのうちの一冊が本書だ。怪奇小説の雰囲気を濃厚に漂わせながら、最後で読者にあっと言わせる、見事な小説である。「バスカビル家の犬」から続くミステリの伝統を受け継ぎつつも、モダニズム運動を経過したあとの、物語形式に対する鋭い意識でもって書かれている。タランティーノ監督の「フロム・ダスク・ティル・ドーン」も、一つの作品のなかでジャンルの切り替えが行われて、あっけに取られるが、小説の世界では1920年代からそういう技法が開発されている。
Bedelia (1945)
Vera Caspary
カスパリイといえば「ローラ」が真っ先に思い浮かぶが、本書もファム・ファタールものの傑作である。雪に閉ざされた狭い空間の中で、美しく、魅力たっぷりの若妻が、じつは連続殺人犯であることが暴かれる過程はじつにスリリングだ。これも「オードリー夫人」以来の設定やテーマを活用していることに注目していただきたい。
Now Lying Dead(1967)
Olive Norton
オリーブ・ノートンを知っている人はまずいないと思うが、本書は掛け値なしの傑作である。まさに「知られざる名作」である。ノートンのミステリは無意識を含めた人間の心の動き方に焦点を合わせている。本書では精神分析で言う転移関係も描かれていて、興味が尽きない。同様のテーマを扱った、マーガレット・ミラーの「狙った獣」やパトリシア・ハイスミスの「見知らぬ乗客」にも負けない、洞察力に満ちた作品だ。