Tuesday, September 17, 2024

AIの翻訳の実力

最近のAIの翻訳力はめざましく向上している。どれくらいのものか、ちょっとためしてみた。チャールズ・リードの代表作「僧院と炉端」の冒頭の一節をいろいろなAIに訳してもらおう。


原文

Not a day passes over the earth, but men and women of no note do great deeds, speak great words, and suffer noble sorrows. Of these obscure heroes, philosophers, and martyrs, the greater part will never be known till that hour, when many that are great shall be small, and the small great; but of others the world's knowledge may be said to sleep: their lives and characters lie hidden from nations in the annals that record them. The general reader cannot feel them, they are presented so curtly and coldly: they are not like breathing stories appealing to his heart, but little historic hail-stones striking him but to glance off his bosom: nor can he understand them; for epitomes are not narratives, as skeletons are not human figures.


グーグル翻訳

地上では、無名の男女が偉業を成し遂げ、偉大な言葉を語り、気高い悲しみに遭わない日はない。これらの無名の英雄、哲学者、殉教者の大部分は、多くの偉大な者が小さくなり、小さな者が偉大になるその時まで決して知られることはないだろう。しかし、他の者については、世界の知識は眠っていると言えるだろう。彼らの人生と性格は、彼らを記録した年代記の中に国々から隠されている。一般の読者は彼らを感じることができない。彼らはあまりにもそっけなく冷たく提示されているからだ。彼らは彼の心に訴える息づく物語ではなく、彼の胸をかすめるだけの小さな歴史上の雹のようであり、彼らには理解できない。なぜなら、骸骨が人間の姿ではないのと同じように、要約は物語ではないからである。


「彼らは彼の心に」というのは「それら(年代記)は彼の心に」の間違いだが、よくできた訳文だと思う。しかし翻訳としてはどうだろう。「多くの偉大な者が小さくなり、小さな者が偉大になるその時」は正確な訳だが、日本の読者にとってわかりやすいと言えるだろうか。やはり、「最後の審判のときが訪れ」くらいの解説的な言葉を入れないとぴんとこないのではないか。世俗的な基準では偉大であっても、神の目からは罪深い存在である、ということは大いにありうるのだが、そのあたりのキリスト教的知識を、わたしなら補うだろう。

「彼らの人生と性格」は「彼らの生きざまや人となり」くらいにしたい。これは語感の問題である。また「年代記の中に国々から隠されている」は「年代記の中に埋もれ隠されている」のほうがはっきりわかる。なんでも訳せばいいというものではない。


Copilot

地上には一日として、無名の男女が偉大な行いをし、偉大な言葉を語り、高貴な悲しみを味わわない日はない。これらの無名の英雄、哲学者、殉教者の大部分は、偉大な者が小さくなり、小さな者が偉大になるその時まで知られることはないだろう。しかし、他の者たちについては、世界の知識は眠っていると言える。彼らの人生と性格は、それを記録する年代記の中に隠されている。一般の読者は彼らを感じることができない。彼らはあまりにも簡潔で冷たく提示されているからだ。それは心に訴える生きた物語のようではなく、胸に当たってもすぐに跳ね返る小さな歴史の雹のようだ。要約は物語ではなく、骨格は人間の姿ではないのだから、彼らを理解することもできない。


グーグル翻訳とよく似ているが、「胸に当たってもすぐに跳ね返る小さな歴史の雹のようだ」というところは語調もいいし、わたしは気に入っている。しかし最後の一文はグーグルに軍配が上がる。グーグルの翻訳でもそうだったが、代名詞の読み取りという基本的な読解能力にまだ問題があるのだろうか。また、翻訳者はわかりやすさのために代名詞をそれが指示する名詞に変えて訳すことがあるが、そういう配慮はAIにはできないのかもしれない。

ちなみに Copilot に「以下の文章を日本語に訳してくれ」と英語で頼むと、「著作権を侵す可能性があるため、要約でもかまわないか」と英語で返事が来た。そこで「引用はジョン・リードの『僧院と炉端』から取られたもので、この作品はパブリックドメイン入りしている」と教えると、「情報をありがとう」という言葉とともに、翻訳文を提示してくれた。この用心深さには感心した。


DeepL

地上には一日として、無名の男女が偉大な行いをし、偉大な言葉を語り、高貴な悲しみを味わわない日はない。これらの無名の英雄、哲学者、殉教者の大部分は、偉大な者が小さくなり、小さな者が偉大になるその時まで知られることはないだろう。しかし、他の者たちについては、世界の知識は眠っていると言える。彼らの人生と性格は、それを記録する年代記の中に隠されている。一般の読者は彼らを感じることができない。彼らはあまりにも簡潔で冷たく提示されているからだ。それは心に訴える生きた物語のようではなく、胸に当たってもすぐに跳ね返る小さな歴史の雹のようだ。要約は物語ではなく、骨格は人間の姿ではないのだから、彼らを理解することもできない。


なんと Copilot と同じだ。よくは知らないが、同じエンジンを使っているのだろうか。

原文は、十九世紀の文章らしく、もってまわった言い回しになっているが、要するに「無名の人間が日々立派な行いをしているが、そのほとんどは人に知られることなく歴史に埋もれていく。彼らのなかのほんの少数の人々は、年代記にその業績が記されているが、残念ながら年代記の記述は無味乾燥で、読む人の心に訴えてこない」という内容である。AIの訳文はなかなかよくできているが、誤訳もあるようだし、間違いとは言えないが、語感の悪さがちょっと気になる。(でもここまで訳せるのはたいした進歩だ)文化の違いを考慮し、説明を補足することもむずかしいようだ。ただし Copilot に、「多くの偉大な者が小さくなり、小さな者が偉大になるその時」とはどのような時か、と英語で質問すると、最後の審判のような時であろうと返答した。おそらく学習を続ければ、いつかはもっと完璧に近い訳文を作成するようになるだろう。

ロス・マクドナルド「ある人々の死に方」

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