これは長編ではなく、やや長めの短編だけれども紹介しておく。「七人の男(Seven Men)」という短編集に入っている。
語り手はビアボーム本人で、彼が大学生の頃の話だ。大学生ともなるとそれぞれ持って生まれた才能を発揮し、世に打って出ようとする時期である。彼のまわりにも画家としてすでに名声を博している友人がいたし、彼自身も雑誌などに短編小説を載せたりしている。あるとき、その画家を通して一人の詩人と知り合う。彼はすでに詩集を出版していて、売り出し中のビアボームは「すばらしい」と彼に興味を惹かれる。自分の本が出版されるというのはじつにうらやましいことなのだ。この詩人が表題になっているイーノック・ソウムズである。
イーノック・ソウムズには少々俗物の気がある。彼は他人の評判などまるで気にしない風を装いながらも、本心ではそれが気にかかって仕方がないのだ。あるときビアボームとの食事の席で、「自分の百年後の名声がどうなっているのか、わかればなあ」と思わずもらす。ここから話がファンタジーめいてくるのだが、それを聞きつけたとある紳士、じつは悪魔が、「その願いを叶えてあげましょう、でもそのかわり……」とファウスト伝説がはじまるのである。ビアボームの注意の言葉を振り切って、イーノック・ソウムズは未来へ行き、そして見つけたのは……
SF的な時間旅行とファウスト伝説を組み合わせた作品で、こんなものをビアボームが書いているとは思わなかった。しかしどこかチクリと読む者の心に刺さるものがあって、それは「ビアボームらしいな」と思わせる。