Friday, December 20, 2024

ブライアン・フリン「孔雀の眼殺人事件」

 

読みはじめてしばらく「この本は昔読んだことがあるかもしれない」という思いにつきまとわれた。第一章では舞踏会が開かれていて、そこに匿名の男が登場し、このミスターXはとある美女を魅了してしまうのだが、この場面はどこかで読んだぞ、それも数冊読んだと思った。第二章では探偵アンソニー・バスハーストのもとにヨーロッパのとある皇子が訪れ、以前の恋人から写真や恋文を公表するぞと脅されているので助けてほしいと依頼される。これまた読んだことがあるシチュエーションだ。ドイルから始まって、何人の人がこの設定で物語を書いただろう。さらに第三章では、歯医者にきた女が、医者が数分目を離したすきに毒物により殺されてしまう。この場面も読んだ覚えがあった。歯を削るドリルの音に死にそうな思いをしたことがあるのはわたしだけではないだろうが、あの椅子の上で人が殺されるミステリはあまりない。しかしタイトルも作者も思い出せないが、治療室を離れ別室へ移動した医者が、その部屋に閉じ込められ、その隙に患者が殺されるという本があったのは、はっきり憶えている。

三章連続で既視感のある場面を読まされたが、では「孔雀の眼殺人事件」が凡庸な、イミテーションのような作品かというと、そうではない。それどころか計算されつくした展開が抜群に面白く、読むのが止まらなくなる。ブライアン・フリンの作品中一二を争う秀作といわれるのもむべなるかなだ。本作ではスコットランドヤード六人衆と呼ばれる名警部の一人と、アンソニー・バスハーストが協同で、あるいは別々に事件を捜査していくのだが、物語が分裂したようにはまったくなっておらず、どちらの捜査過程も興味津々で読み進んだ。

表題の「孔雀の眼」とはなんぞや、と思う人もいるだろうが、何も言わないでおこう。とにかくこの作品はミステリファン必読の一冊で、最後の一文に至るまでよくできている。こんな作品を書いた人がつい最近まで「忘れられた作家」だったのだから驚くではないか。

彼は1885年生まれのイギリス人作家で、会計士をしたりスピーチ・インストラクターをやったり、素人役者として活躍していたが、結婚後、推理小説を読みあさって、これならおれのほうがうまく書けると作家に転向した男だ。1958年に亡くなるまで五十冊あまりの本を発表した。アンソニー・バスハーストという素人探偵を主人公にしているが、この探偵は頭が切れるだけでなく、女性へのおべんちゃらもうまく、「孔雀の眼」には妻とアンソニーとの歯の浮くような会話を聞いて、貴族の旦那がいらいらするという滑稽な場面がある。ホームズよりはずっと愛嬌のある男だ。

関口存男「新ドイツ語大講座 下」(4)

§4.  Solch ein kleines Kind weiß von gar nichts. そんな 小さな子供は何も知らない。  一般的に「さような」という際には solch- を用います(英語の such )が、その用法には二三の場合が区別されます。まず題文...