Thursday, March 20, 2025

カイリー・リー・ベイカー「バット・イーター」

 

はじめて読む作家なので、goodreads.com の情報をもとに生い立ちを紹介すると、カイリー・リー・ベイカーはボストンで育ち、アトランタ、スペインのサラマンカ、ソウルに住んだことがあるそうだ。彼女の作品は学生、あるいは教師として過ごした外国生活、および彼女が親から引き継ぐ日本・中国・アイルランドの伝統からヒントを得て書かれている。ちなみにツイッター(X)のユーザー名は KylieYamashiro だそうだ。「バット・イーター」を読んだ感じではヤング・アダルト向けの小説を書いているのではないか。文章は詩的な表現を含む口語的な英語で、ホラー・シーンの描写には独特のパンチ力がある。

物語の舞台は、コロナが猛威をふるうニューヨーク。さらに正確に言えばそこにあるチャイナタウンだ。時は八月、中国では幽霊が人間世界に出没する中元節の時期だ。主人公はコーラという中国系の若い女で、彼女はほかの二人の中国系アメリカ人と組んで、死亡現場清掃員をしている。自殺現場や殺人現場において、警察が捜査を終え、遺体を引き取ったあと、そこの清掃をするのである。血がこびりついたり、脳みそが飛び散っているから、これは相当にたいへんな仕事である。

物語は結構入りくんでいるので思い切り重要な枝葉を切り落として紹介するが、この仕事をしながらコーラと二人の仲間は、どうやら誰かが中国人ばかりを狙って連続殺人を行っているらしいと気づく。死亡現場の清掃をするとき、あるときからコウモリの死骸が見つかるようになったのである。彼らはこれを殺人犯が残していった名刺のようなものと考えたのだ。しかもこの殺人犯は、コーラの美しい姉を殺した犯人でもあるらしい。だが、その犯人の正体に迫ろうとする三人組に魔の手が襲いかかる……。

さらに舞台はアメリカだというのに、中元節の時期になると腹を空かせた幽霊があらわれ、冷蔵庫のものをあさったり、机をかじったり、三人組の知り合いを食べたりする。作中にも言及のある映画「ゴースト・バスターズ」を思わせるところもあり、中国文化とアメリカのポップカルチャーが絶妙にからみあっている。コロナが「チャイナ・ウィルス」などと呼ばれていたことも考え合わせると、この小説はアメリカへの中国の浸食力(影響力)を示す物語と言えるのではないか。

 コーラだけでなく、コーラの父母、叔母たちがアメリカに移住して来てから味わった経済的苦労や、文化的な衝突についても、けっこう詳しく書かれている。アメリカを知らない日本人には、彼らは奇矯な人物のように映るかもしれないが、アメリカで生活をし、アジア系の人々と付き合いの深かった人なら、彼らが必ずしも例外的とは いえないことがわかるだろう。移民というのは大変なことなのだ。生活のためにときには違法な手段に訴えなければならないケースもある。私自身もそういう状況に二度ほど直面した。  

幽霊が出て来る場面は、キングやクーンツなどとはひと味もふた味も違う怖さがある。西洋のホラー描写にはある種の生々しさがあるが(そして本書にもそうした生々しさは見られるが)、「バット・イーター」は雰囲気が怖い。しかし「聊斎志異」とか中国の怪異譚ともまたちょいと違う。先ほども言ったように、この怖さはアメリカの文化と中国の文化が入り混じった、作者独特のもので、実際に読んでご自分で確かめてもらうのがいちばんだろう。クライマックスに近づくと、どの章もクリフ・ハンガーになっていて、頁をめくる手が止まらなくなる。

エイミー・タンが出て来たとき、わたしはそれほどの才能ではないけれど 、アメリカの文学に新しい風が吹き始めたと感じたが、カイリー・リー・ベイカーにも同じような新鮮さを感じる。アメリカン・ホラーの表現が彼女の登場によって幅を広げることになるだろうと思う。

英語読解のヒント(167)

167. more...than if 基本表現と解説 She thinks more of her nurse than if she were her own mother. She thinks more of her nurse than she would thi...