ハリー・カバーデイルなんて聞いたこともない名前だが、Internet Archive には本書と The Unknown Seven: A Detective Story という二作が登録されている。どんな人なのだろうと調べているうちに、プロジェクト・グーテンバーグが本書を電子化していることに気づいた。ところがびっくりだ。著者の名前がハーマン・ランドンとなっている。ハーマン・ランドンは「灰色の幻」(The Gray Phantom)という小説で有名な人だ。もしかすると彼はペンネームを複数もっていたのかと思って、調べてみたがよくわからない。しかしプロジェクト・グーテンバークは著作権にうるさく綿密に調査しているから多分ランドンで間違いないのだろう。
というわけで作者はハリー・ランドンということで話をすすめる。ランドンは一八八二年生まれで、その作品はメロドラマ的な色彩が強い。いわゆる黄金期の作品が持つ、論理性を主体にした物語ではなく、一時代前のロマンスの要素を多分に含んだ冒険の物語、それに犯罪の味わいがつけ加えられたものという感じだ。しかし物語形式は古くさいものの、語り口は活気を帯びていて、楽しく読める。本書はブロードウエーの演劇界の様子がじつに生き生きと描かれ、俳優たちの競争や葛藤、主演を張る男優と女優たちの恋と裏切りが活写されている。
物語の出だしはこんな感じだ。とある劇団が「ルシール」という劇の公演を目指してリハーサルを繰り返していたのだが、公演まであと二週間あまりというときに主演女優がクビになる。そして代わりに無名の若手女優が主演を演じることになる。主演男優は不思議な性的魅力を持つ男で、クビになった女優とは恋人の関係だった。しかし無名の女優が入って来ると、さっそく彼女に手を出そうとする。この女優には恋人がいて、たまたま彼は最初から「ルシール」公演にかかわっていた。そのためこの恋人と主演男優とのあいだに反目が生じることになる。こういう具合に主演男優は恋人でクビにされた女優、新しい女優、その恋人から憎まれることになる。
そして公演初日。舞台が暗転し、銃声が六発鳴り響くという場面で、何者かが七発目の銃声を響かせる。しかもこれは実弾を使った音だった。照明がつくと主演男優が血まみれで倒れ、そばには返り血をあびた主演女優(つまり新しい女優)が立っていた。暗闇で七発目の銃声を響かせたのは誰か。私立探偵のバリソンが謎解きに挑戦する。
「灰色の幻」も面白いのだが、それに負けるとも劣らぬ出来だと思う。パルプ小説が好きな方はぜひどうぞ。