Saturday, April 26, 2025

バーバラ・キャッスル「シルヴィアとクリスタベル」

 


ヴィクトリア朝後期になると「新しい女」というのが出て来る。文学を読んでいてもしょっちゅう出て来る。これは要するに女権論者、女性の自由を追求する人々のことであり、いまふうの言葉でいうならフェミニストである。なにしろ最初は女は人と考えられていなかったり、財産の所有権が認められていなかったり、投票権も参政権もないという無茶苦茶な状態だったから、これを徐々に改めていかなければならなかった。それを勝ち取る運動の先頭に立ったのが新しい女たちである。

なぜそんな動きがヴィクトリア朝に起きたのか、という疑問が湧いてくるけれど、それは産業が発達し、男だけの労力では足りなくなり、女性も家庭から工場へと活躍の場を移したからである。とくにこのころは戦争が多く、男の数が減っていったからなおさら女性の社会進出が進んだ。社会進出が進めば、それなりの社会的地位を求めたくなるのも当然だろう。

この時期にはたくさんの「新しい女」たちが生まれたが、そのなかでも有名なのがパンクハースト姉妹である。姉はクリスタベル(1880ー)という外交的でダンスが得意な美貌の娘、妹はシルヴィア(1882ー)という内向的で絵が得意だが、顔のほうは十人前といった娘だった。彼らの両親は根っからの女権論者で、彼らの家は同じ思想の持ち主たちのサロンのようになっていた。そのためクリスタベルとシルヴィアも小さい時からフェミニズムの思想に感化された。

父が死んでからは経済的に厳しい状況にあったようだが、シルヴィアは十八才のころ、絵の才能が認められて奨学金を得、マンチェスターの美術学校に行ったり、ヴェニスへ留学することになる。その後父の功績をしのんで立てられる記念会館を装飾する仕事を任されるのだが、なんと、その建物に女は入れないことを知る。男性専用のクラブが付属していたため、というのがその理由だが、それに怒ったシルヴィア、姉のクリスタベル、母親のエメリンは Women's Social and Political Union (女性社会政治同盟 WSPU)を設立する。

姉のクリスタベルは知性と弁舌にすぐれ、生まれながらの指導者的存在だった。マンチェスター大学で法学を学んでいるとき、さっそく女性運動の団体に目をつけられ、以後、政治活動に身を投じることになった。優雅で美貌の持ち主であったが、その女性運動は過激で、WSPU で活躍しながら何度も投獄された。当時女は政治家になれなかったから、男だけで作られた法律を守る必要はないという理屈を立て、投石・放火までやった。自分でもそのやり方の過激さを自覚しており、投獄は覚悟の上で抗議活動をしていた。

シルヴィアはクリスタベルの闘争的な運動に疑問を感じつつも、姉の熱心な協力者だった。WSPU は女性の投票権獲得だけを目的にしていたが、彼女は女性だけでなく、貧しい人々すべての生活を向上させなければいけないと考えていた。また彼女は芸術家だったから、芸術にゆかりのある場所に放火したりすることには反対だった。彼女がたまたま WSPU のリーダーシップを取っていたときは、そうした場所に実際に火をつけるのではなく、松明をなげるふりという象徴的行為で充分だと判断した。

わたしはシルヴィアの穏健な考えを支持するが、しかし女権運動を圧殺しようとする権力側のやり方もえげつない。器物損壊や放火の罪で逮捕された WSPU のメンバーは獄中でハンガーストライキを行った。そうすることで早く釈放されたからである。ところが後になると警察は、ハンガーストライキをする女性たちを力でおさえつけ、無理やり口にチューブを押し込み、食事を流し込むということをやりはじめたのだ。この強制的な食餌は危険で、チューブが気管支に入り、危険な状態に陥った女性もいた。シルヴィアもこの強制的な食餌を経験し、激怒している。政治家に何度もだまされ、嘲笑され、さらにこんなことをされたら、運動が過激化するのも当然だろう。

シルヴィアは考え方の違いから WSPU を追放されるが、その後独自の団体をつくった。そして貧困層の訴えを無視し続ける時の首相が団体の代表団と会うまで、食べることも飲むこともやめると決死の覚悟を決め、とうとう首相も折れて彼らと会わざるを得なくなったという。本書の作者は、この出来事がシルヴィアが伝記に記しているほどドラマチックなものであったかどうかはわからないが、と書いてはいるが、それでも相当な胆力の持ち主であったと思われる。

この本は一般向けに書かれた偉人伝シリーズの一冊なのだが、よくまとまっていると思う。パンクハースト一家の活躍は二十世紀初頭のイギリスの歴史を勉強した人なら誰でも知っているだろうが、姉と妹の考え方が対蹠的なことや、姉がアジテーションの達人であったこと、第一次世界大戦中、クリスタベルはドイツとの戦いを優先させ、女権運動を停止していたことなどは、わたしははじめて知った。また女性たちの過激な活動を読みながら、現代のフェミニストのなかにもある種の行き過ぎが見られることを思い、これは社会を変えていく上で、あるいは男性的なるものに対抗する上で、必然的に生じてしまうものなのだろうかと考えてしまった。シルヴィアの自伝はすぐれた作品と聞いているので、近いうちに読んでみようと思っている。ちなみに彼女の生涯をもとに「シルヴィア」(未完成版)というミュージカルが公開されたのは2018年、完成版が公開されたのは2023年のことである。

エドワード・アタイヤ「残酷な火」

  エドワード・アタイヤ(1903-1964)はレバノンに生まれ、オクスフォード大学に学び、スコットランド人の女性と結婚した作家である。自伝や「アラブ人」という評論が有名だが、ミステリも何冊か書いている。ウィキペディアの書誌を見る限り「残酷な火」(61)は彼が書いた最後のミステリ...