Wednesday, July 23, 2025

バークリー・グレイ「悪夢の家」

 


バークリー・グレイはノーマン・コンクェストというとんでもない名前の快男児を主人公にした冒険物語で有名な作家。この人は非常に文章がうまく、パルプ小説作家にしておくにはもったいない人だ。イギリスにはジョン・バカンとかイアン・フレミングとか、娯楽小説を書いていてもものすごい文章家がいる。

本書はノーマンがサンドラ・マクニールという若い娘を陰謀から救う話である。サンドラはカナダの学校に通っていたのだが、祖父が亡くなり、その大邸宅を遺産として受け取るためにロンドンへ帰ってきた。イギリスで大邸宅といったら、ほんとうに巨大な建物であって、あんなものを維持しようと思ったら何人の使用人が必要で、毎月どれだけの費用が掛かるか、わかったものではない。サンドラが受け取ったのもそんな屋敷だった。

ところが彼女がこの大邸宅にはじめて泊まった晩のことだ。ふと夜中に目を覚ますと、いつのまにやら外では嵐が荒れ狂い、窓には雨がたたきつけられている。さらに昼間見た豪華な家が幽霊屋敷のようなぼろぼろの場所に変わっているではないか。家のつくりも家具も絨緞もまったくおなじだが、すべてガタがきた状態で、かび臭い匂いを放っている。おまけにそこには一見したところ殺されたと思わしき男の身体まで転がっていた。彼女は気を失う。

次の日の朝、目を覚ますとサンドラはまたもとの立派な邸宅に戻っていたが、気味の悪さにこんな屋敷は売ってしまおうと考える。いったい彼女の身に何が起きているのか。われらがヒーロー、ノーマン・コンクェストが大活躍をして謎を明かす。

本書は1960年に書かれ、ノーマン・コンクェストものとしては39作目になるのだが、ミステリの黄金期があったこともハードボイルドやノワールと言ったジャンルが生まれたことも知らないかのように、健全で素朴な十九世紀的冒険小説となっている。小説という形式は十九世紀に完成されたとよく言われる。では二十世紀に入ってからは小説はみなモダニズムの影響下に書かれてるのかというと、そんなことはない。二十世紀に活躍しつつも十九世紀的小説を書き続ける人だっている。しかもその中には古い型の小説を極度に洗練させた人さえいる。十九世紀の小説には棍棒のような力があったが、極度に洗練された二十世紀の作品はレースのようになよやかで、繊細で、衰弱したおもむきをたたえている。バークリー・グレイはそこまで極端ではないが、しかし十九世紀的な冒険小説に洗練をつけ加えた一群の作家たちの一人とは言えるだろう。


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