マリ・ドルトン(Moray Dalton)は1881年にロンドンに生まれ、スコットランドヤードのヒュー・コリアー警部を主人公にしたミステリを三十冊近く書いた。近年 Dean Street Press が彼女の作品を電子化して出しており、わたしもはじめて彼女の本を手にした。1936年に出た「跪く女の謎」はコリアー警部が小さな村で起きる四つの殺人を捜査する物語で、一応ミステリの形を取っている。しかし推理が主眼というよりも、この事件をきっかけにして戦争に対する二つの態度、好戦的なそれと反戦的なそれが庶民のあいだにどのように広がっていたかということを描いた作品といっていいのではないだろうか。
物語は田舎の牧師クレア師が友人のキリックを尋ねる場面からはじまる。二人はともに六十になろうとする年頃でチェスという共通の趣味がある。しかしクレア師は温厚でキリックは人間嫌いのシニカルな男である。彼は化粧品の製造に携わっていた化学者で、仕事をやめて田舎に引き込んでからは毒ガスの研究をしていた。そしてふとクレア師にその毒ガスの製造法をある国のスパイに売るつもりであることを打ち明けるのだ。牧師は呆然とするが、製造法をスパイに渡すはずの日にキリックは自宅で殺害される。
キリックが殺された頃、もう一つの殺人事件が村で起きていた。トビーという少年がたまたま森の中を歩いていたとき、死にかけている男を発見する。村に住んではいないよそ者である。彼はトビーに「跪く女」という謎の言葉を残してこときれるのだが、はたしてこの男が外国のスパイなのだろうか。そして「跪く女」とはなにを意味するのだろうか。
地元の警察には手に余る事件ということでスコットランドヤードのコリアー警部が捜査にあたるのだが、二つの殺人事件を結ぶ線がなかなか見つからない。そのうち村で一番の金持ちサー・ヘンリー・ウェバーの息子二人が毒殺されるという事件が起き、事件は混迷を深めていく。
しかし最初に言ったように本書の眼目は謎の解明というより、戦争に対する人々の態度が随所に表明されるところにある。この本が出版された1936年というのは、イギリス国民のあいだに平和主義的気分が広がったのに、政府が軍備拡張を推し進めたという時期である。本書はこの時代の風潮を色濃く反映している。冒頭のクレア師とキリックの会話も戦争を巡るものだし、彼らの性格も前大戦の経験によって形作られたものである。コリアー警部が地元の警察とかわす会話でも戦争が話題になる。たとえばある人が砲弾ショックで神経に異常をきたした人のことを「卑怯者」とののしったとき、コリアー警部は顔を蒼白にして反論する。「なんの落ち度もないのに地獄へ突き落とされた兵士たちにそんなレッテルを貼るのか。わたしなら戦争を起こした連中を卑怯者というがね」また、ネタバレになるので詳しくは言わないが、本書の最後の裁判の結果、およびそれに対する人々の反応も、戦争に対する忌避感を暗に示しているだろう。
本書はミステリとして読むとがっかりするような内容なのだが、1936年当時の風俗を描いた作品としてはなかなかに面白い。