ガーディアン紙の文芸欄を見ていたら「ステロイドにまつわる本トップテン」という記事を見かけた。書いたのはマシュー・スパーリングという小説家で、彼は「人工芝」というタイトルの作品を出したばかりのようだ。これは彼の言葉によると「一部はブラック・コメディで、一部は文学的スリラーとなっている。アクションはほとんどジムと、ネット上のボディビルおよびステロイド関係のフォーラムで展開する」。なんと面白そうではないか。以前にも書いたけれど、ボディビルを扱った小説は極端に少ない。いや、わたしがマッチョのための文学案内(1)であげた「ボディ」という作品くらいしかなかったのだ。少しずつ作品数が増えていくというのは、新しいジャンルの勃興を見ているようで、なにか心をわくわくさせる。
さてスパーリングがあげているトップテンを紹介しよう。
1. Pumping Iron: The Art and Sport of Bodybuilding by Charles Gaines, with photographs by George Butler (1974)
これはボディビルを世に知らしめ、1977年に映画化もされた有名な作品。若きアーノルド・シュワルツネッガーの見事な肉体が写真で見られる。
2. The Hero’s Body by William Giraldi (2016)
1990年代、十代の少年がボディビルにいそしみながら体験したことが書かれているらしい。
3. The Men Are Weeping in the Gym, from Physical by Andrew McMillan (2015)
アンドリュー・マクミランという詩人が書いた「フィジカル」という詩集に「男たちはジムで泣いている」という作品が収められているらしい。探し出して読まなければ。
4. At the Gym from Source by Mark Doty (2002)
これもマーク・ドウティという詩人が書いた詩である。
5. Against Exercise from Against Everything by Mark Greif (2016)
この本は面白そうだ。ジムにおけるトレーニングを、工場労働にたとえているのだから。ダンベルを持ち上げたりトレッドミルの上を走るのは、その単純さ、反復性において工場労働者を想起させる。スパーリングはその意見に疑義を呈しているが、しかしこれは日頃わたしが思うことでもある。最小のトレーニングで最大の効果を上げようとする考え方は、資本主義的な効率主義の思考とまったく同じではないか、などなど。もっともわれわれの持つ観念はほとんどすべてが資本主義に染まっている。アリ・モウルドによると創造性という観念すら資本主義に汚染されているのだそうだ。
6. Against Ordinary Language: The Language of the Body by Kathy Acker (1997)
キャシー・アッカーの考え方は上記のマーク・グライフとは真っ向から対立する。彼女はトレーニングを「複雑で豊かな世界にひたることである」と考えるのだ。ボディビルダーはトレーニングを通して言語の向こうにある死と混乱に直面すると、彼女は言う。ニュー・エイジみたいな考え方だ。
7. Testo Junkie: Sex, Drugs, and Biopolitics in the Pharmacopornographic Era by Paul B Preciado (2013)
闇市場で購入したテストステロン(男性ホルモン)を使用したときの記録。恐ろしいが、ちょっと読みたい。
8. Testosterone Rex: Unmaking the Myths of our Gendered Minds by Cordelia Fine (2017)
心理学者がテストステロンの効果について語った本。上の「テスト・ジャンキー」を読んだら、そのあとにこの本を読もう。きっと気持ちを冷静にしてくれるのではないか。
9. Game of Shadows by Mark Fainaru-Wada and Lance Williams (2006)
BALCO と呼ばれる会社が九十年代と二千年代初期に、アメリカの野球選手やアスリートにステロイドを供給していたというスキャンダルを扱った本。
10. The Secret Race: Inside the Hidden World of the Tour de France by Tyler Hamilton and Daniel Coyle (2012)
自転車競技でも薬が使われていることを告発した本。
非常にいい参考書を教えてもらった。「マッチョのための文学案内」を書く際に大いに役に立つと思う。
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