ホワイトはミステリだけでなくノワール作品も書いていたのか。本書は三人の男女が保険金詐欺をたくらみ、ついにそれが露見するまでの過程を描いている。
詐欺を企むのは若いバクスター夫妻と彼らの下宿人のパギーという男だ。夫に多額の保険金をかけ、その後夫の死を偽装しようとしたのである。医者とか葬儀屋が夫の死体に近づかないよう随分苦労したが、彼らはなんとか保険金を騙し取ることに成功する。
しかしそのあとがまた大変だった。夫のバクスターは女に取り入るのがうまいが、先見の明のきかない、場当たり的な男で、次々とへまをしでかす。たとえば彼が「死んだ」あとは、新しい名前で生活しなければならないのに、美しい女に出会ってのぼせあがり、ついうっかりと本名を名乗ってしまう。お金の使い方もでたらめだし、妻がいるのに他の女と結婚しようなどと平気で考える。これではいつか詐欺が露見するのも無理はない。妻やバギーがいたからこそ、なんとか詐欺を成功させ、その後の生活を送っている有様だ。
この作品は面白く読めるけれども、ホワイトの作品の中でそれほど出来がいいとは言えない。なにが不満かというと、主人公バクスターの性格の陰影のなさが気になるのである。なぜ彼はこれほどまでに能天気に描かれるのか。他の作品ではたいてい女性が主人公で、そくそくと迫りくる危険に彼らは敏感に反応するのだけれど、バクスターは危険をまるで感知せず、バギーにそれを指摘されたときは急にパニックに陥り、衝動的な行為に走る。そんな人間がいないわけではないけれど、しかし「こんなに脇が甘くて、衝動的では、詐欺なんて失敗するに決まっている」とわたしはついつい思い、物語の後半にまったくサスペンスを感じなかったのである。しかしこれはホワイトの他の作品を知っているから抱く感想であって、この作品では作者はなにかいつもと異なるものを書こうとしたのかもしれない。
英語読解のヒント(184)
184. no matter を使った譲歩 基本表現と解説 No matter how trifling the matter may be, don't leave it out. 「どれほど詰まらないことでも省かないでください」。no matter how ...
-
アリソン・フラッドがガーディアン紙に「古本 文学的剽窃という薄暗い世界」というタイトルで記事を出していた。 最近ガーディアン紙上で盗作問題が連続して取り上げられたので、それをまとめたような内容になっている。それを読んで思ったことを書きつけておく。 わたしは学術論文でもないかぎり、...
-
ウィリアム・スローン(William Sloane)は1906年に生まれ、74年に亡くなるまで編集者として活躍したが、実は30年代に二冊だけ小説も書いている。これが非常に出来のよい作品で、なぜ日本語の訳が出ていないのか、不思議なくらいである。 一冊は37年に出た「夜を歩いて」...
-
アニー・ヘインズは1865年に生まれ、十冊ほどミステリを書き残して1929年に亡くなった。本作は1928年に発表されたもの。彼女はファーニヴァル警部のシリーズとストッダード警部のシリーズを書いているが、本作は後者の第一作にあたる。 筋は非常に単純だ。バスティドという医者が書斎で銃...