ホワイトはミステリだけでなくノワール作品も書いていたのか。本書は三人の男女が保険金詐欺をたくらみ、ついにそれが露見するまでの過程を描いている。
詐欺を企むのは若いバクスター夫妻と彼らの下宿人のパギーという男だ。夫に多額の保険金をかけ、その後夫の死を偽装しようとしたのである。医者とか葬儀屋が夫の死体に近づかないよう随分苦労したが、彼らはなんとか保険金を騙し取ることに成功する。
しかしそのあとがまた大変だった。夫のバクスターは女に取り入るのがうまいが、先見の明のきかない、場当たり的な男で、次々とへまをしでかす。たとえば彼が「死んだ」あとは、新しい名前で生活しなければならないのに、美しい女に出会ってのぼせあがり、ついうっかりと本名を名乗ってしまう。お金の使い方もでたらめだし、妻がいるのに他の女と結婚しようなどと平気で考える。これではいつか詐欺が露見するのも無理はない。妻やバギーがいたからこそ、なんとか詐欺を成功させ、その後の生活を送っている有様だ。
この作品は面白く読めるけれども、ホワイトの作品の中でそれほど出来がいいとは言えない。なにが不満かというと、主人公バクスターの性格の陰影のなさが気になるのである。なぜ彼はこれほどまでに能天気に描かれるのか。他の作品ではたいてい女性が主人公で、そくそくと迫りくる危険に彼らは敏感に反応するのだけれど、バクスターは危険をまるで感知せず、バギーにそれを指摘されたときは急にパニックに陥り、衝動的な行為に走る。そんな人間がいないわけではないけれど、しかし「こんなに脇が甘くて、衝動的では、詐欺なんて失敗するに決まっている」とわたしはついつい思い、物語の後半にまったくサスペンスを感じなかったのである。しかしこれはホワイトの他の作品を知っているから抱く感想であって、この作品では作者はなにかいつもと異なるものを書こうとしたのかもしれない。
関口存男「新ドイツ語大講座 下」(10)
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