この本は The British Library から PDF 化されたものを手に入れた。The Internet Archive にもない本なので、非常にありがたかった。
マリアットはもちろんあのフレデリック・マリアットの娘で、十九世紀世紀末に活躍した女流作家の一人である。「吸血鬼の血」は彼女がヴィクトリア女王在位60年周年記念式典、いわゆるダイヤモンド・ジュビリーの年に発表した作品だ。
ハリエット・ブラントというジャマイカから来た若い娘が主人公である。彼女は莫大な富を持ち、父も母もいないため、気ままに親友とヨーロッパを旅している。彼女は美貌とすばらしい歌声の持ち主で、人を惹きつけずにはいなかった。しかし彼女と親しくする者は、みなその生気を吸い取られ、衰弱して、ついには死んでいってしまうのである。間接的に彼女の両親を知るとある医者は、彼女には吸血鬼の血が流れているという。
ハリエットにまつわる黒い噂を信じず、熱烈に彼女を愛する作家フィリップは、性急に彼女と結婚し新婚旅行に出かけるが、やはり彼も旅の途中で体調を崩し、ある朝ベッドのなかで死体となって発見される……。
ヴィクトリア朝というのはイギリスが海外に覇権を広げていった時代だが、この頃になるとこの拡張主義がいろいろな国内問題をもたらしはじめる。「なにかがうまくいっていない」という意識がイギリスに広まるのである。一読した印象は、この作品はそうした不安感を表現しているな、というものだった。
問題の一つは強欲資本主義の発展で、これはこの作品の中では靴工場を経営するゴベリ男爵夫人にあらわされている。肥満した巨大な身体を持ち、夫や息子を顎でこき使い、労働者に対する人権の意識など露ほどもなく、無教養で、貪欲で、人を騙すことなど屁とも思わぬ、現代の資本家のような女である。
もう一つの問題はジャマイカ生まれのハリエットによってあらわされている。なるほどイギリスは海外に発展して富を国内にもたらしたが、それ以外のもの、負の側面を持つものも持ち込んでしまった。たとえばそれは病気である。ハリエットは自分が吸血鬼的な力を持っていることを知ると、自分はらい病患者のように世間から爪弾きされる存在なのかと悲しむが、彼女の性的魅力を考えると、らい病というより彼女は梅毒をあらわしているような気がする。まあ、病名はどうであれ、彼女が帝国主義の進展によって生まれた、イギリス社会にとってなにかしら不都合なものを表象していることは間違いない。
ただこういう解釈は歴史的・社会的データを援用して強化はできるが、知的な意味ではまるで面白くないという欠点がある。時代をあらわす作品ではあるので、なんとか新しい視点が見つけたいと思うのだが。
独逸語大講座(20)
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