パラドックスを論理の破綻と考える人がいる。集合論におけるラッセルがそのいい例である。
しかしパラドックスは、まさにそこから思考を展開してゆくべき豊かな出発点であるとわたしは考えている。精神分析に関心を持つのも、それがパラドックスを扱っているからである。
たとえばラカンはラッセルが発見したパラドックスを、集合論が成立するために排除されなければならない「領域」と考え、積極的にその領域に対して思考を展開していこうとする。わたしはこれこそ唯物論的態度だと思う。
無論、パラドクスの領域に関する思考はパラドキシカルにならざるを得ず、強靱な知性が要求される。たいていの人はこれに耐えきれず、安易で容易で単純な思考に逃げ込んでしまう。あのジャック=アラン・ミレールでさえこの罠にはまるのである。
わたしがスラヴォイ・ジジェクやアレンカ・ズパンチッチに興味を持つのは、彼らが徹底してこの思考を貫こうとしているからだ。ジジェクの論理の矛先はやや鈍りを見せ始めてはいるものの、ほかの有象無象と比較するならまだまだ格段に鋭い。ズパンチッチはジジェクのように本を量産したりはしないが、間違いなく精神分析的理論のこれからを担う学者だ。彼女の議論の切れ味は群を抜いている。
わたしはジジェクやズパンチッチがフロイトの遺産のうち、パラドキシカルな論理の方面ばかり扱うのを残念には思うが、それでも彼らの議論には絶えず知的な刺激を受けている。
Saturday, November 23, 2019
リサ・ランドール「歪んだ道筋」
これはいわゆる膜宇宙論を説明した一般向けの解説書である。膜宇宙論とはなにか。どうやら人間が理解する三次元空間の宇宙は、じつは高次元の空間に浮かんでいる膜みたいなものだということらしい。このバルクと呼ばれる高次元の空間にはわれわれの住む膜以外にも、いろいろな膜が浮かんでいると考...
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ウィリアム・スローン(William Sloane)は1906年に生まれ、74年に亡くなるまで編集者として活躍したが、実は30年代に二冊だけ小説も書いている。これが非常に出来のよい作品で、なぜ日本語の訳が出ていないのか、不思議なくらいである。 一冊は37年に出た「夜を歩いて」...
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「ミセス・バルフェイムは殺人の決心をした」という一文で本作ははじまる。 ミセス・バルフェイムは当時で云う「新しい女」の一人である。家に閉じこもる古いタイプの女性ではなく、男性顔負けの知的な会話もすれば、地域の社交をリードしもする。 彼女の良人デイブは考え方がやや古い政治家...