パラドックスを論理の破綻と考える人がいる。集合論におけるラッセルがそのいい例である。
しかしパラドックスは、まさにそこから思考を展開してゆくべき豊かな出発点であるとわたしは考えている。精神分析に関心を持つのも、それがパラドックスを扱っているからである。
たとえばラカンはラッセルが発見したパラドックスを、集合論が成立するために排除されなければならない「領域」と考え、積極的にその領域に対して思考を展開していこうとする。わたしはこれこそ唯物論的態度だと思う。
無論、パラドクスの領域に関する思考はパラドキシカルにならざるを得ず、強靱な知性が要求される。たいていの人はこれに耐えきれず、安易で容易で単純な思考に逃げ込んでしまう。あのジャック=アラン・ミレールでさえこの罠にはまるのである。
わたしがスラヴォイ・ジジェクやアレンカ・ズパンチッチに興味を持つのは、彼らが徹底してこの思考を貫こうとしているからだ。ジジェクの論理の矛先はやや鈍りを見せ始めてはいるものの、ほかの有象無象と比較するならまだまだ格段に鋭い。ズパンチッチはジジェクのように本を量産したりはしないが、間違いなく精神分析的理論のこれからを担う学者だ。彼女の議論の切れ味は群を抜いている。
わたしはジジェクやズパンチッチがフロイトの遺産のうち、パラドキシカルな論理の方面ばかり扱うのを残念には思うが、それでも彼らの議論には絶えず知的な刺激を受けている。
Saturday, November 23, 2019
エドワード・アタイヤ「残酷な火」
エドワード・アタイヤ(1903-1964)はレバノンに生まれ、オクスフォード大学に学び、スコットランド人の女性と結婚した作家である。自伝や「アラブ人」という評論が有名だが、ミステリも何冊か書いている。ウィキペディアの書誌を見る限り「残酷な火」(61)は彼が書いた最後のミステリ...

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