粟粒(ぞくりゅう)熱というのは十五世紀から十六世紀に流行した伝染病で、英語では俗に sweating sickness と呼ばれる。多量の発汗と高熱をともなう病気だからだ。突然発症し、数時間で死に至ることもあった。十六世紀中頃になぜか消えてしまい、その原因は現在も不明。ハンタウイルスの一種ではなかったかという人もあるようだ。
粟粒熱で亡くなった著名人も多い。ジェイムズ・フレミング男爵、プリンス・オブ・ウエールズのアーサー、サフォーク公爵の息子たちヘンリーとチャールズ、そしてトマス・クロムウエルも妻と娘と息子をこの病気で失っている。
「ウルフ・ホール」の著者ヒラリー・マンテルによると、チューダー朝の人々は隔離、今でいう自粛に長けていたそうだ。マンテルは彼らが今の時代に生きていたなら、もう少し長く自粛生活をつづけるだろうと言っている。(引用元の記事はこちら)「われわれはチューダー朝の医学や科学など話にならないしろものだと思いがちだ。しかしとんでもない。彼らは多くのことを知っていた。彼らはたしかに顕微鏡を通して見られるものを理解していなかった。ウイルスとかバクテリアを知らなかった。病気の原因を知らなかった。でも、病気の症状や貧困地区で感染が広がりやすいこと、必ず清潔を保たねばならないこと、都市が感染の中心であり、人が寄り集まるのを禁止しなければならないこと、病気が疑われるときは公的行事を避けなければならないことを知っていた。チューダー朝の人々がやっていたことは、現在われわれがそうするように要請されていることと多くの点で重なるのだ。ただそれに対する名称の付け方が異なるだけ」
日本でもスペイン風邪流行のさいに書かれた文献に注目が集まり、そこに示された対策が今にも通用すると話題になった。要するに昔の知恵は馬鹿にならないということだ。われわれはさらに、チューダー朝以降、あるいはスペイン風邪以降に得られた科学的知見を活用しなければならない。
しかし日本の様子を見ていると、われわれが現在までに獲得した科学的知見がいっこうに生かされていない。薬がないのはしょうがないとしても、検査や検査に必要な機械、治療施設、医療従事者の防護服、感染者の追跡アプレットなど存在しないも同然の状態ではないか。国民は古い知恵に従って自粛をし、古い知恵の有効性を再確認したわけだが、それにプラスされるべき新しい科学的知見はいっこうに活用されていない。専門家会議の出す指針もデタラメで、四日間自宅待機を強制されたがために症状が悪化し死にすら至ったケースがいったいいくらあるのだろう。
「日本型の防疫」を賞賛する人がいるけれど、頭がどうかしている。「日本型の防疫」の内実はチューダー朝、あるいはスペイン風邪当時の水準にあるにすぎない。それはチューダー朝、あるいはスペイン風邪当時の防疫とおなじほどには有効である。しかしそれ以降にわれわれが得たはずの知見などかけらも含まれていないのだ。
秋になればコロナウイルスの新しい波が北半球を襲うだろう。ほかの国々とはちがい、日本ではそれに対する備えがまったくなされていないという点も気にかかる。
Sunday, May 31, 2020
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