Monday, December 28, 2020

エリザベス・ホールディング「寡婦の賽銭」(1953)

本書の物語を一言で紹介するなら、とある邸の内部で起きる連続殺人事件ということになる。シビル・フレミングという金持ちの女性が毒薬をのまされ殺される。彼女を殺したのは誰か。彼女の夫にも、夫の友人にも、彼女の息子にも、彼女の家に滞在していた本書のヒロイン、ティリーにも動機が考えられる。警察が捜査を進めると、殺害のチャンスも全員にあったことがわかってくる。そうしたなかで第二の殺人が起きるのだ。

邸内部で起きる連続殺人とはずいぶんクラシックな設定だが、読んだ印象はそういう本格ものとはずいぶん違う。ゲーム的な要素ではなく、登場人物の心理的側面、それも異常な心理の表現に力点があるからだ。しかもこの異常心理の表現がホールディング独特のサスペンスを生み出している。

本書においてもっとも精神を病んでいる人物(いや、精神が「毀れている」といったほうがいいかもしれない)は、テイラー・プライスという十五歳の少年である。彼は、毒殺された金持ち女の息子なのだが、小さいときから問題行動をやらかし、特殊な学校に行っているようだ。彼は盗みも平気だし、ずるがしこさだけは人一倍で、どこで手に入れたのか、毒薬を使って平気で動物を殺したりする。悪意の塊のような彼は、母親すらをも殺そうと考える。

事件が起きたとき、テイラーはアボットという教師に付き添われてキャンプにでかけていたのだが、このアボットという男もちょっとだけおかしい。彼はテイラーに金を盗まれ、車を勝手に使われ、もしかしたら彼が殺人事件の犯人かも知れないのに、彼を守って警察には事実を話そうとしないのだ。その理由は、テイラーがまだ十五歳だから、というものだ。しかし未成年であろうがなかろうが、ことは殺人事件なのだから、警察には真実を告げるべきだろう。このアボットの態度は読者にいらだちと、妙な不安感を感じさせることになる。

さて興味深いのは、このテイラー/アボットという関係が、本書のヒロインであるティリーとその五歳になる息子ロバートの間で反復されている点である。ロバートはまだ五歳だから、テイラーのような問題児にはなっていない。しかし甘やかされた子供がよくそうであるように、わがままで、自分勝手で、衝動的で、周囲の大人の気持ちを無視した行動(ときには危険な行動)を取る。

そして彼の母親であるティリーは、あきらかに過保護であって、いつもロバートのことを気にし、ロバートが見えなくなると病的なまでに心配をする。彼女はロバートを事件に巻き込ませまいとして、警察にありのままの事実を告げようとしない。その結果、彼女に殺人の嫌疑がかかろうとも、だ。

誰かを守ろうとして真実を隠す。テイラーとアボットの関係で言えば、アボットはテイラーを守ろうとして、じつは底知れぬ悪と共犯関係に陥るわけだ。これはいったいどういうことなのだろう。考えてみると、登場人物たちはみんな誰かを守ろうとして悪を容認し、悪を警察の目から隠そうとしている。だから刑事であるレヴィは「あんたがた四人はみんな『誰かを守ろう』として警察に情報を出そうとしない。あんたがたは誰も守っちゃいない」というのだ。

本書のなかでいちばん印象深く思われたのは、ヒロインのティリーがこの奇妙な「悪との共犯関係」を他者のうちに見いだして、ふと自分の態度を反省する場面である。アボットがテイラーを「まだ十五歳なのだから」という理由で守ろうとするのを見て、彼女はアボットに嫌気がさす。そしてその直後、彼女は自分自身の息子に対する気持ちに変化が起きたことに気づく。それまでは息子のそばにいなければ不安でたまらなかったのだが、その気持ちを制御できるようになったのだ。さらにどんなに息子を守ろうとしても息子の身にはかならずよからぬ事が起きる。自分にできることは息子のそばにいて、彼を支える気持ちがあることを知らせてやることだけだ、と考える。それから彼女は息子をきびしく叱りつけるようにさえなる。

この作品は邸内部における連続殺人事件という、ミステリの古典的な設定を持っているけど、たんなる謎解き小説を目指したものではない。善意とか愛情とか同胞意識とか、「本来なら」社会の靱帯を形作るべきものが、それを破壊するものと結託するパラドクス、あるいは人間心理の異常性(いや、これは「異常」だろうか? このようなケースは日常的に見られるものではないか)、こうしたものを追求しようとした作品なのである。わたしはエセル・リナ・ホワイトがよく似たテーマを「恐怖が村に忍び寄る」で追っていたのを思い出し、非常に興味深く思った。

英語読解のヒント(145)

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