わたしは古い本、人に知られていない本を読むのが趣味なのだが、今年はこれぞという作品にはお目にかからなかった。逆に割と新しい作品に衝撃を受けた。
一位 松浦理英子「ナチュラル・ウーマン」
名作という噂は聞いていたが、長編好きのわたしは「親指Pの修行時代」と「犬身」は読んでもこの作品だけは読んでいなかった。しかしこっちのほうが長編よりもはるかに出來がいい。人間の感性を強靱な論理性を秘めた文章であそこまで鋭く描ききるというのは、驚嘆すべき文学的成果だと思う。大原富枝の「婉という女」に匹敵する知性を感じさせた。
二位 スラヴォイ・ジジェク Sex and the Failed Absolute
ジジェクが自分の思考に可能な限り明解な形を与えようとした哲学書で、とくにトポロジーと哲学の関係を扱った部分は圧巻だった。文学というのはだいたい人間の生活を描くもので、だからテキストの記述も三次元的法則に従うと思っている人が多い。テキスト内に上昇やら下降やら渦巻きやら円環のイメージを探してきて論じている連中がいるが、ジジェクを読むとテキストというのはもっと不可解な(ほとんどハイパースペース的な)空間を蔵しているはずだと確信されてくる。
三位
とくにこれといった作品はないが、面白そうな作家は数人見つけた。一人は Philip Verrill Mighels で、この人のミステリはとにかく一気読みをさせる極上のエンターテイメントである。小説に於ける語りの技術は十九世紀に洗練させられたが、その成果を自家薬籠中のものとして駆使できる作家だと思う。
パルプ作家の John Russell Fearn の作品も数冊読んだ。SF作品はどうも感心しないが、ミステリやウエスタンは悪くない。たくさん書いているので、なかには珠玉の作品が混じっているかもしれない。
William March 。彼の「悪い種子」という小説は古い日本語訳があるようだ。しかし Kompany K は訳されていない。どちらもよい作品で実力のある作家だと思った。
ほかにも Kate O'Brien、Howard Spring、Ben Ames Williams、Frances Parkinson Keys などの本は面白かった。