Frei
„Große Neuigkeit1, Kinder2!“ verküdete3 Franz. Er war der Primus4. „Große Neuigkeit, Kinder! Nachmittags5 gibt es6 keinen Unterricht7!“
逐語訳:Große 大 Neuigkeit ニゥースだよ Kinder 諸君(と) Franz フランツは verkündete 告げた。Er かれは der Primus 主席 war であった。Große Neuigkeit, Kinder 大変なニウスだぜ諸君! Nachmittags 午後には es それは keinen Unterricht 何等の授業をも gibt 与え[ない]。
註:【1】Neuigkeit: これが丁度 news に該当するドイツ語です。Zeitung ということもあります。(Zeitung には「新聞」以外に「報道」、「ニュース」の意もあるのです)
【2】Kinder! 「子供たち」という語ですが、日常用語として、大勢の人にむかって親しく呼びかける時には、たとえ相手が大人でも Kinder! (諸君!)といいます。英語でも boys といいます。だから Kinder とか boys とか云われて、人を小児扱いにしやがる、なんて怒ってはいけないわけです、それが習慣なんですから。
【3】verkünden (告げる、告知する、報道する)の過去形。
【4】Primus (主席):これは元来ラテン語で、der Erste (第一位のもの)の意です。生徒の主席ばかりではありませんが、普通単に Primus というと大抵主席、すなわち我国の組長のことを云います。同時に primus inter pares [プリームス・インテル・パーレス]という独逸語でも英語でもよく用いられるラテン語を序でに記憶しておきましょう。これは『同輩中の第一位者』すなわち主席ということです。pares は「互いに等しき者」、inter はドイツ語の unter、英の among にあたる前置詞。つまり長とか親方といったような封建的、隷属的関係ではなくて、権利も地位も同等であるが、古参とか長老とか或いは単に高等小使とか云った意味の代表者だという時に用いる語です。たとえば、総理大臣なんてのもそれで、他の大臣は決して総理の手下ではない、総理は単に primus inter pares なのだ、などと云います。der Primus というのはこれから起ったのです。
【5】Nachmittag (午後に)は副詞で、am Nachmittag というのと同じです。反対は vormittags、「昼に」は mittags です。ただし Montag Nachmittag (または Montagnachmittag)などと、他の語と結合すると近頃は大抵 s を省きます。
【6】gibt es (正順ならば es gibt となる)は英の there is (……がある)と同意の熟語です。但し、分解すると「それが……を与える」という構造ですから、次に来る名詞は勿論四格にならなければなりません(keinen Unterricht がそれ)
【7】Unterricht, m. (授業):「授業する」という動詞はアクセントが動詞の方にあって unterrichten [ウンテル・リヒテン]ですが、名詞の方は前綴の方にアクセントがあります。
„Wir haben8 also9 frei?“ fragte10 Willi11. Alle12 sahen13 einander14 an15 und trauten16 ihren17 Ohren18 kaum19. Der Primus lachte: „Man hat ja20 frei, wenn man keinen Unterricht hat!“
逐語訳:also それでは Wir おれ達は frei 自由に haben 持つか?[と] Willi ヴィルリーが fragte たずねた。Alle みんなは einander おたがいを sahen an 眺め[合っ]た und そして ihren Ohren かれらの耳に kaum ほとんど trauten 信じ[なかっ]た。 Der Primus 主席は lachte 笑っ[て言っ]た:man 吾人が keinen Unterricht 何等の授業をも hat 持た[ない] wenn とすれば Man 吾人は ja 申すまでもなく frei 自由に hat 持つ。
註:【8】haben frei 「自由に持つ」 「自由に持つ」は熟語で、別に何を自由に持つという四格を入れなくても、此のままで「学校がお休み」という意味になります。不定形でいうと frei haben です。
【9】also: では、それでは、じゃあ。
【10】fragte は fragen (問う)の過去。此の動詞は三要形は普通規則的ですが、過去には frug という別形もあって、ドイツ人の中には百人中二人や三人は、斯ういうときに fragte と云わないで frug という人があることを記憶しておいて下さい。過去分詞は勿論必ず gefragt です。
【11】Willi: これは Wilhelm という人名の通称です。英語でも -y 或いは -ie の語尾をよく用いるように、ドイツもよく -i をつけます。その他 Heinrich を Heini というなど。
【12】alle (みんなが):こういう語は、元来は形容詞的に名詞にかぶせて用いるのですが(alle Jungen すべての少年たちが、など)、また名詞を省いて、それ自身を名詞として用いることも多いのです:viele (多くの者が)、wenige (少数のものが)、beide (両人が)、einzelne (個々の者が)など。みな小文字で好いのです(その点が普通の形容詞とちがっています)が、此処は文頭のため大文字になっています。
【13】sahen (見た):これは sehen (見る)の過去形(-en 語尾は複数三人称ゆえ)です。sehen の三要形は sehen, sah, gesehen.
【14】einander (お互いを)は英の each other。――einer den andern (独りが他を)と云っても同じ。
【15】an: これは、sahen と合して一つの意味をなすものです。すなわち ansehen (眺める、顔をながめる)という分離動詞なのです。――『或人の顔を眺める』ことを ansehen というのですが、その時には相手の人間を四格にします。『かれは私の顔を見る』なら、Er sieht mich an です。――それから an の用法について一寸。英語で look at......, smile at...... (或人に頬笑みかける)、bark at...... (或人に吠えつく)、shout at...... (或人をどなりつける)、などと、とにかく或人に向って真向から云々するという場合にすべて at をつけますが、そういう時にはドイツ語では凡て動詞に an- をつけるのです。そして相手を四格にします。He looks at me: Er sieht mich an. He smiles at me: Er lächelt mich an. He shouted at me: Er shrie mich an. The dog barks at the moon: Der Hund bellt den Mond an.
【16】trauten: trauen (信ずる)の過去。
【17】Ihr = their.
【18】Ohr, n. (耳)の複数は Ohren (詳しい知識になりますが、こんなドイツ固有の簡単な「中性名詞」が複数で -en という語尾をとるなどということは極く珍らしい現象で、普通は、Ohr 以外には、Bett、床、Auge、眼、Ende、終、Herz、心、Hemd、シャツ、の五つで合わせて六語だけと思って下さい。男性だってそう沢山はありません(弱変化以外には)。-en という複数語尾は主として女性です。
【19】kaum は「ほとんど(云々しない)」という否定詞です。英:scarcely, hardly.
【20】ja: これは yes の意の ja ではなく、文の途中にあるときには、助勢詞と云って、文全体にはずみをつけるためのことばにすぎません。『だって……じゃないか』とか、女なら『……だわ』、『……じゃないの』、『……だわよ』とかいったような、特に強く云う際にドイツ語では ja を挿入するのです。『そりゃ間違ってるわよ!』なら Da ist ja falsch! 『あいつの云うことが本当だよ』 Er hat ja recht. 『あいつが来たぜ』 Da kommt er ja. ――『わたしどうして好いかわかんないわ』 Ich weiß ja nicht, was ich tun soll. ――『だって私あなたが好きなんですもの』 Aber ich liebe Sie ja so! ――日本語には『よ』や『ぜ』や『な』や『わ』や『だわ』や『もの』と、いろいろありますがドイツ語には ja (うんと強い時には doch)だけしかありません。
Jetzt21 brach22 der Sturm los23. Die ganze Klasse geriet24 außer25 Rand und Band26. Der eine pfiff. Der andere jubelte27. Der dritte28 hieb29 auf das Pult30. Der vierte sprang auf die Bank und wieherte. Der fünfte tanzte im Klassenzimmer herum31. Der sechste stand Kopf32. Der siebente riß seinem Nebenmann33 das Heft aus der Hand und schmiß es zum Fenster hinaus34. Der achte kletterte dem neunten35 auf die Schultern36. Der zehnte gab dem elften eine derbe37 Ohrfeige38, daß39 es klatschte40. Der zwölfte gab dem dreizehnten41 einen Fußtritt42.
逐語訳:Jetzt 今や der Sturm 嵐が brach los 勃発した。Die ganze Klasse 全クラスが Rand und Band 縁(ふち)と箍(たが) außer の外に geriet 陥入った。Der eine 一人は pfiff (三要形:pfeifen, pfiff, gepfiffen)口笛を吹いた。Der andere 他の者は jubelte 歓呼した。Der Dritte 三人目は auf das Pult 机の上を hieb (三要形:hauen, hieb, gehauen)はたいた。Der vierte 四人目は auf die Bank ベンチの上へ sprang (三要形:springen, sprang, gesprungen)躍[り上]った、und そして wieherte 嘶いた。Der fünfte 五人目は im Klassenzimmer 教室の中を tanzte herum 踊り廻った。Der sechste 六人目は stand Kopf 逆立ちした。Der siebente 七人目は seinem Nebenmann かれの隣の男に das Heft 手帳を aus der Hand 手から riß (三要形:reißen, riß, gerissen)ひったくった und そして es それを zum Fenster hinaus 窓から外へ schmiß (三要形:schmeißen, schmiß, geschmissen)投げた。Der achte 八人目は dem neunten 九人目に auf die Schultern 方の上へ kletterte 攀じのぼった。Der zehnte 十人目は den elften 十一人目に es それが klatschte パチンと鳴った daß ほど eine derbe Ohrfeige 猛烈なびんたを gab (三要形:geben, gab, gegeben)与えた。Der zwölfte 十二人目は dem dreizehnten 十三人目に einen Fußtritt 足蹴を gab 与えた。
註:【21】jetzt (今)という語は、強く用いると、こういうように『サア』、『いよいよ』の意になります。或る一瞬間を鋭く浮かべ上がらせるための副詞です。同じ『今』の意に nun という語もありますが、此の方は jetzt にくらべると、少し「のんき」な、「ぐずぐず」した語で、長く間の延びた現在の瞬間を意味します。たとえば、『さて斯うなると、ちょっとどうしていいかわからんな』(Nun weiß ich nicht, was ich anfangen soll)の「さて斯うなると」が nun です。また、人に何か問われて急に返事ができず、『そうですねえ……』という時には nun...... と云います。それに反して、ワンツースリーで『それッ』と掛け声をかける『ソレッ!』という奴は Jetzt! です。これで区別がわかったでしょう……という時の「これで」は、のんきに云えば Nun kennt ihr den Unterschied で、少し鋭く劇的に云えば Jetzt kennt ihr den Unterschied となります。
【22】brach: brechen (破れる)の三要形は brechen, brach, gebrochen.――ただし此の動詞は、前出の sahen an と同じく、分離動詞 losbrechen (爆発する、英:burst)です。
【23】los: これは何でも勢よく「おっ初まる」ことを意味する前綴です。lossingen なら『勢よく歌い出す』、losgehen なら『勢よくスタートを切る』あるいは『ズドンと発射する』等の意になります。会話調では、『さあ始めた!』という時に Los! los! と云います。
【24】geriet は geraten (陥入る)の過去形(三要形:geraten, geriet, geraten)。
【25】außer は『……の外へ』で、はずれることを意味する前置詞。『の外で』の意のこともありますが、此処のように『の外へ』という用法の際は aus と殆ど同じ。
【26】Rand und Band: Rand は縁、Band は箍(たが)ですが、これは熟語で außer Rand und Band で『箍をはずす』即ち『乱調子』になることを意味します。
【27】jubeln: 「歓呼する」、即ちワーッということ。
【28】dritt: 英:third.――人は、他はという時には der eine、der andere というか、或いは einer、ein anderer ともいいます。すべて -e という語尾をつける点に注目。1 から12までは eins、zwei、drei、vier、fünf、sechs、sieben、acht、neun、zehn、 elf、zwölf ですが、本文中に出て来るのはすべて序数、(第何番目という際の数詞)です。第一は erst、第二は zweit、第三は dreit ではなくて dritt、以下はすべて zweit と同じように t をつけて行きます。
【29】hauen は「打つ」「たたく」(schlagen, schlug, geschlagen と同じ)
【30】Pult, n. 教室にあるような、簡単な机のことを Pult と云います。食卓やデスクは Tisch です。
【31】herum (あちこち)は umher (あちこち)と同じ。herumtanzen (躍りまわる)は分離動詞。
【32】Kopf stehen (または分離動詞として kopfstehen)は『逆立ちする』という熟語。Handstand machen ともいう。
【33】seinem Nebenmann (横の男に)とは「横の男から」の意。
【34】zum Fenster hinaus: 直訳すると『窓の方へ・外へ』ですが、これはドイツ語特有の癖で hinaus (表へ、外へ[出る])を用いる時には形式的に zu を用いることになっているのです。たとえば『国を出てゆく』というときには、Ich gehe aus dem Land ですが、gehen の代りに hinausgehen (出てゆく)という分離動詞を用いると、aus の代りに zu を用いて Ich gehe zum Lande hinaus となります。『かれは女中を家から追い出した』は Er jagte das Mädchen aus dem Haus というか或いは Er jagte das Mädchen zum Hause hinaus です。zu......hinaus、zu......heraus という形式としておぼえておく必要があります。
【35】dem neunten: これも「九人目のに」と三格になっていますが、日本語でなら「九人目の奴の」という時に三格を用いるのがドイツ語特有のくせです。
【36】Schultern. (肩)の単数は Schulter. 複数語尾が n ですから、此の語は女性です。
【37】derb という形容詞は、『猛烈な』、『こっぴどい』、『ひどい』。
【38】Ohrfeige, f. は平手打ち、即ちぶん殴ること。
【39】daß: 『いやというほど』とか『ピシャというほど』とかいう時の『ほど』に daß を用います。so daß (……ことほど左様に)と同じ daß です。
【40】klatschen という動詞は klatsch! (ピシャリ!)から造ったもの。
【41】12までの数は紹介しましたが、13から19まではすべて -zehn をつけます:13 = dreizehn, 14 = vierzehn, 15 = fünfzehn 等。『……番目』はそれに t を加えるわけ。
【42】Fußtritt, m. 「蹴ること」です。tritt は treten (踏みつける)より。
„Ruhe43!“ erschallte44 die Donnerstimme45 des gefürchteten46 Lehrers in den Tumult47 hinein48. Er stand in der Tür und hatte49 dem Spektakel50 zugeschaut51. Allgemeine52 Stille. „Nachmittags gibt53 es Unterricht“
逐語訳:„Ruhe!“ 「静粛!」(と) des gefürchteten 恐れられたる Lehrers 先生の die Donnerstimme 雷のような声が in den Tumult 此の混乱の中へと erschallte hinein 響き込んだ。Er かれは in der Tür 扉の中に stand 立っていた und そして dem Spektakel この大騒ぎに hatte......zugeschaut 見物していたのであった。Allgemeine 一般の(一同の) Stille 沈黙。 Nachmittags 午後には es それが Unterricht 授業を gibt 与える。
註:【43】Ruhe, f. は「静粛」という名詞ですが、「やかましい!」「静かにしろ!」という時には普通 Ruhe! と云います。発音も、ほんとうは「ルーエ」ですが、大きな声でどなる時には大抵 h をひびかせて「ルーーヘーー」と云います。だから、ドイツ人が「ルーヘー」と発音するのを聞くこともあるでしょうが、発音がまちがっている、などと思ってはいけません。発音しない h は、決して如何なる場合にも絶対に発音しないというのはなくて、力を入れて発音するときには、ハッキリ聞かせることがあるのです。
【44】erschallen (ひびきわたる)―― er- という前綴は、『……わたる』の意ですが、schallen の三要形は強弱二種があります:schallen, scholl, geschollen, または schallen, schallte, geschallt.
【45】Donnerstimme は Donner (雷)と Stimme (声)との合成語。
【46】gefürchtet は fürchten (恐れる)の過去分詞で『恐れられた』(即ち恐怖の的となっている)。こわい先生のことを gefürchteter Lehrer と云います。
【47】Tumult, m. 混乱、騒ぎ。
【48】hinein (中へ)は hineinerschallen (ひびき込む)という分離動詞と解してもよろしい、あるいは in den Tumult hinein (騒ぎのまっただなかへ)というのが一つの形式だと思ってもよろしい。in だけでもわかるのですが、なお更に念を入れてよく hinein という副詞を追加します。
【49】hatte zugeschaut (見物していたのであった)は zuschauen (見物する)という動詞を「過去完了」という形に用いたものです(英語の「大過去」)。過去完了とは、hatte 等、haben (動詞によっては sein)の過去形と過去分詞とをもって構成し、『……したのであった』、『……しておいた』、『……してしまっていた』の意を表します。
【50】Spektakel, n. 前出の Tumult とまあ同じような意の語。
【51】zugeschaut: zuschauen (見物する)は分離動詞ですから zu-schauen と切って、切ったところに ge をつけて過去分詞を造ります。schauen は sehen と同意語。見物人は Zuschauer です。
【52】allgemeine Stille: allgemein という形容詞は「一般的」ですが、(たとえば allgemeine Regel 一般的規則、通則)「一般的」ということは、人間について云うときには「一同の」意になります。此処も、「みんなが黙る」(alle verstummen)とでもいうところを、まるで芝居の「と書き」のように、簡潔に「一同の沈黙」といったわけ。
【53】gibt: 字の間が空いているのに注目。これは英語ならば斜字(イタリク)を用いるところを、ドイツ語ではこうした隔字体を用いるので、此の一語を強調するためです。英語では、動詞を強調するときには do を用いるといったようなことがありますが、ドイツ語は、口でいう時には力を入れて発音する、書く時には隔字体、という方法があるのみです。
意訳:『諸君一大ニュースだ!』とフランツは発表した。フランツは主席学生だった。『諸君、一大ニュースだ! 午後は授業なし!』
『じゃお休みかい?』とヴィルリーが問うた。みんなお互いに顔を見合ったままで、ほとんど自分の耳を信ずることができなかったのである。
主席学生は笑って云った:『授業がないと云うんだから、もちろんお休みにきまってるじゃないか!』
さあ大変。全クラスは底抜け騒ぎだ。ある者は口笛を吹く。ある者は歓呼する。ある者は机をひっぱたく。ある者はベンチの上に躍り上って馬のように嘶く。ある者はダンスしながら教室の中をひとわたり浮れ廻る。ある者は逆立ちする。ある者は他の者の手から手帳を引ったくって窓から外へ投り出す。ある者は傍にいた奴の肩に攀じ登る。ある者は隣の男をとっつかまえていきなりピシャッと頬ぺたを張り飛ばす。ある者は横の奴を蹴っ飛ばかす。
『やかましい!』大喝一声、この混乱のまっただなかに、おっかない先生の声が響いた。先生は戸口に立っていた。かれは先程からの大騒ぎをずっと見ていたのだ。一同沈黙。
『午後は授業をやる。』