Saturday, July 24, 2021

関口存男「趣味のドイツ語」

Ein Berliner Alltag

Irgendwo1 pfeift es2. Ich fahre3 aus dem Schlaf empor4. Ist es schon sechs5? Schnell das Licht an6! Wieder7 fünf Streichhölzer8, bis das Licht endlich brennt! Und sie sind so kostbar! Auf Zuteilung9 gabs10 schon lang11 keine12 mehr und schwarz13 kosten14 sie 30 West-Pfennig15.

逐語訳:Irgendwo どこかで pfeift es 汽笛が鳴る。Ich 私は aus dem Schlaf 眠りから fahre empor ハッと目ざめる。schon もう sechs 六時 Ist es かしら? Schnell はやく das Licht あかりを an (=anzünden) 点けよう! das Licht あかりが endlich 遂に brennt 燃える bis までには Wieder また(いつもの様に) fünf 五本の Streichhölzer 燐寸を(すらなければならなかった)! Und しかも Sie それらの燐寸は So とても kostbar 貴重 sind なのだ! Auf Zuteilung 配給では schon lang すでに久しく keine (Streichhölzer) mehr もはやマッチなんてものは gabs (= gab es) 手に入らなかった und そして schwarz 闇だと sie マッチは 30 West-Pfennig 三十西部片 kosten かかるのだ。

:【1】irgendwo: irgend は「不定詞」というものを作るための助詞です。疑問詞の前につけて不定詞を造ることもあり、またすでに存する不定詞につけて、不定の意をさらに強めることもあります。
irgendwo 何処かで
irgendwohin 何処かへ
irgendwoher 何処からか
irgendwann 何時か
irgendwie 何とかして
irgend (同)
irgendwer 誰かが
irgend jemand (同)
irgendwas 何物か
irgend etwas (同)
irgendwelch- 何等かの
irgendein- (同)
【2】pfeift es: Es pfeift (笛が鳴る、汽笛が鳴る)という非人称動詞。サイレンだったら Die Sirene heult (または ertönt)といいます。同じような非人称動詞の例:Es läutet am Telefon (電話のベルが鳴る)、Es schlägt zwölf (十二時が鳴る)。
fahren の具体的な意味【3】fahre......empor: 俄破と目ざめることを aus dem Schlaf emporfahren と云ったのですが、文字通りに訳すれば「眠りからハッと飛び立つ」とでも云ったような構造です。初歩単語としての fahren は、「乗物で行く」ことを意味しますが、その基礎をなしている fahren の具体的な意味を知っておく必要があります。日本語には「ハッと」とか「サッと」とか「スルスルと」とか「グイグイと」とか云ったように、運動の様相を実感的に描き出す擬音詞が豊富なので、動詞そのものによる表現力はすこぶる貧弱ですが、独逸語や英語は、そうした擬音詞を用いることが少いかわりに具体動作の微妙な様相を表現する動詞がすこぶる豊富です。殊に英語はその点あらゆる文化国語中の第一位と云っていいでしょう。ドイツ語も、英語ほどではないが、とにかくそうした動詞が多い。此の fahren は、「サッと動く」ことです。たとえば手をポケットへサッと突っ込むことを mit der Hand in die Tasche fahren といい、隕石が地中深くめり込むのも Der Meteorstein fährt tief in die Erde hinein といい、寝床から俄破とはね起きるのも aus dem Bett fahren です。テキストでは aus dem Bett ではなく aus dem Schlaf ですから、単に目がさめることを云うのですが、その目覚め方を一つの運動の如く表現しています。empor- すなわち「上へ」という前綴を用いたのは、睡眠という状態をば、たとえば深い底に沈んだ状態と見るからです。
【4】empor: in die Höhe というも同じ。
【5】sechs: sechs Uhr.
【6】an: an は、火を点す、という意味の動詞に附き物の前綴で、ちょうど英語の on にあたります。マッチでつけるのなら anstecken、anzünden、電気だとスイッチをひねるから andrehen (捻ってともす)、anknipsen (パチンとともす)などと云います。此の Schnell das Licht an! には動詞がありませんが、単に an だけでもって「点せ!」「点そう!」などの意になるのです。

光を…………点す
 |anzünden
das Licht |anzünde
 |andrehen
 |anknipsen
【7】Wieder: schon wieder (またもや、また候)の意。
【8】Streichhölzer: Streichholz, n. (燐寸)の複数形。streichen (こする)と Holz (木)とから、縮小形で Streichhölzchen とも云います。
【9】Auf Zuteilung: 「配給」(Zuteilung)という重要単語をよく覚えましょう。同じような「割りあて」は Rationierung です。――それから、何でもない auf (「で」)という前置詞の機能に注意。「配給で」の反対は「闇で」ですが、これも auf schwarz とも云えます(註12参照)。
|Zuteilung 配給で
|schwarz 闇で
Auf|Kredit 信用で、掛けで
|Abzahlung 賦で
|Abonnement 予約申込で
【10】gabs: gab's と書くのが正式ですが、ちかごろはどんどん一語扱いにします。gab es です。Es gab は「存在する」という用法以外に「預ける」「貰える」(man bekommt)という通俗の用法があります。(註48を見よ)。
【11】schon lang: schon lange に対する通俗形。schon längst とも云う。
【12】keine: keine Streichhölzer の代り。英の ~n't anyany には keine、keinen、keines などを用います。
【13】schwarz (闇では):これは auf Zuteilung と同じように auf schwarz ともいうのですが、ここではもっと簡潔に schwarz となっています。こうした粗略な形がモダーンになってきたのを見ても、いかに現在のドイツ人が「闇で」という句を頻繁に口にするかがわかります。schwarz は Schwarzmarkt (闇市;英:black market)から。
【14】kosten: 代価がいくらいくらかかる、ということを kosten と云います。Was kostet das? (それはいくらですか)、Das kostet zwei Mark (それは二マルクです)。
【15】West-Pfennig (西独フェンニヒ):現在用いられている単語としてよく覚えましょう。私も戦後はじめてドイツの新聞を見たので、はじめて此の単語に接したわけです。Mark (馬克)の方は、10 Mark West とか 10 Mark Ost とか云っているようです。Westmark、Ostmark とも云うのかも知れませんが、伯林の周囲の州の名が Mark Brandenburg で、これが普通単に Mark と云われていますから、Westmark などというと、地名とゴッチャになってずいぶん話が間違いそうです。或いはそのために Mark West というのかも知れません。なにしろまだ新聞を二三十頁よんだきりですから、たしかな事は不明です。

 Nun aber16 raus17 aus dem Bett18! Tante Berta19 und die Kinder schlafen noch. Wir schlafen im Winter alle im Wohnzimmer, es ist wärmer als im eiskalten20 Nebenzimmer. Also waschen21. Puh22! ist23 das Badezimmer kalt! Da steht der Gasbadeofen24 und der Warmwasserspeicher25 ist auch da, aber werden wir ihn26 je27 wieder anstecken28 können29? Ja, im „goldenen30“ Westen31! Aber in Berlin, in den Westsektoren32?

逐語訳:Nun aber さていよいよ aus dem Bett 床から raus 出よう! Tante Berta ベルター叔母さん und と die Kinder 子供たちは noch まだ schlafen 眠っている。Wir わたしたちは im Winter 冬は alle みんな im Wohnzimmer 居間で schlafen 寝る。es 居間は im eiskalten Nebenzimmer 氷のようにつめたい隣の間における als よりは ist wärmer より暖かい(から)。Also では waschen [顔を]洗いましょう。Puh! ウワーッ! das Badezimmer 浴室は kalt 寒い ist こと! Da そこには Gasbadeofen 浴室用の瓦斯ヒーターが steht ある und また der Warmwasserspeicher 湯のタンク auch も da そこに ist ある、aber けれども wir わたしたちは ihn そのヒーターを je いつか wieder ふたたび anstecken 点火することが können 出来る werden だろうか? Ja, それはもちろん im „goldenen“ Westen! 「黄金の」西[独]でなら(そんな望みもあるだろう)! Aber しかし in Berlin, 伯林で、in den Westsektoren 西方地区で(そんな望みがあるだろうか)?

さあさあ! nun aber / jetzt aber【16】Nun aber: 「さあ!」という督促の語調を表現するのが nun aber あるいは jetzt aber です。「さあさあ速く!」は Nun aber schnell! 「さあさあ行こう!」は Jetzt aber komm! 「さあさあ仕事にとりかかろう!」は Jetzt aber ans Werk! ――ついでに覚えていただきたいのはこういう時には動詞の過去分詞を用いることが多いという点です:Jetzt aber gearbeitet! (さあさあ勉強した!) Jetzt aber eingestiegen! (さあ乗車だ!) Nun aber alles gestanden! (さあ、一切合切白状した!)。
【17】raus: raus は heraus の略形ですが、通俗語では(特に北独)hinaus をも heraus をも共に raus といいます。(その他 hinein、herein を rein といい、hinauf、herauf を rauf というなど)。
【18】Nun aber raus aus dem Bett: は、註15で述べた文形を用いるならば Nun aber raus aus dem Bett gekrochen! (gekrochen は kriechen、匍う、より)あるいは Nun aber aus dem Bett rausgekrochen! (さあ床から這い出た!)しかし前出の Schnell das Licht an! と同じように、Nun aber raus! だけでも「さあ出よう!」の意になります。つまり、命令的な語調の文では、前綴だけで充分に意志が通ずるから、動詞の不用なことが多いのです。たとえば:「起きろ!」は Auf! (完全に云えば Aufgestanden! 「始め!」は Los! 「お這いんなさい!」は Herein! 「去れ!」は Hinweg! など。
【19】Tante Berta (ベルターおばちゃん):これは勿論、筆者に対して叔母さんの関係にあるのではなく、筆者の子供たちの叔母さんで筆者に対してはおそらく妹だろうと思います。日本でも西洋でも家に子供がいると、すべてを子供中心で呼ぶようになるのです。東京でも、子供のある妻君は良人のことを「おとうさま」と呼びます。私の娘たちなども、私に向って「おじいさん」とか「おじいちゃま」とか云います。孫が九人もいるからそうなったのです。
【20】eiskalt: こんな語は、すべて eis の方にも kalt の方にも、つまり両方ともアクセントつけて発音するがよろしい。たとえば totsicher (絶対確実)などでも tot と sich- との両方に力を入れて発音します。
【21】Also waschen: 此の文は、あんまり簡単すぎて、初歩の人はまごつくかも知れません。waschen は不定形のままです。「さて洗面と」「では洗面」「いよいよ洗面」です。日常会話や、日記や、その他簡潔を尚ぶ場合には、よく不定形のままが用いられます。Also arbeiten (では仕事でもするか)、Besser schlafen! (寝た方がました)、Nicht denken (考えては駄目)、Nur handeln (とにかく実行々々)など。
【22】Puh! おそろしい時、いやな時、たまらない時、悪臭に接したとき、などの間投詞。ここは突然寒気に接したからですが。Huh! とも云います。
Ist das aber kalt! おお寒い【23】Ist das......: 此の文は、間投文ですが、動詞が文頭へ行っているのに注意。通俗語では Wie kalt ist doch das Badezimmer! (何と浴室の寒いことよ!)などという代りに Ist das Badezimmer kalt! という形を用いることが多いのです。ここでは這入っていませんが、大抵よく aber を入れて Ist das Badezimmer aber kalt! という風に云います。「きさまは何て馬鹿野郎だ!」なら Bist du aber ein Döskopp! 「おれ達は運がよかったなア!」なら Haben wir aber Glück gehabt! 「この児は何て頭が好いんだろう!」なら Ist das Kind aber gescheit! など。――英語でも同様の構造を用いることがあります。Boy, am I glad to see you! とか Does he stink! (あいつのいやな匂い!)とかいったように。
【24】Gasbadeofen, m.: Gas (瓦斯)Bade (浴)Ofen (ストーヴ)。――Badeofen は風呂釜です。
【25】Warmwasserspeicher: Warmwassertank, m. とも云います。Speicher, m. というのは、倉庫、その他、何でも物を貯蔵するところを云います。
【26】ihm はもちろん前者の方を指します。火をつけるのはヒーターの方でしょうから。
【27】je: jemals (いつか)。
【28】anstecken: 註6.
【29】Ja: 「それは勿論」と自からうなずく ja。
【30】„goldenen“: 引用符がついているのは、近頃そういう通り言葉ができてしまっているからでしょう。golden というのは、Das Goldene Zeitalter (黄金時代)などという golden。
【31】Westen: もちろん Westzone (西方地区)即ち米英仏の占領地のこと。
【32】Westsektoren: 伯林に四ケ国が分拠している、その地区を Sektor (区)というのです。地域、即ち広い地帯のときは Zone と云いますが、伯林市の各地区のような狭い地区は Sektor といいます。Sektor は、Doktor などと同様、単数の際には前にアクセントがありますが、複数になって Sektoren となると -or- の方にアクセントが移ります。――それから、Aber in Berlin, in den Westsektoren? という疑問文は、否定文の代りです。否定文の代りに疑問文を用いるのは普通の現象で、たとえば「真夏にどうかと思うねえ……」と云ったような時には、単に Aber mitten im Hochsommer? と云えばいいでしょう。

 Nun rasch33 in die Kleider34! Der Rock35 ist hinten schon wieder so blank36 vom37 ewigen38 Radeln39, und die Schuhe haben schiefe40 Absätze41 und die Sohlen42 sind dünn. Wie lange werden sie es43 noch machen?

逐語訳:Nun さあ rasch はやく in die Kleider 着物を着よう! Der Rock スカートは vom ewigen Radeln のべつ幕なしの自転車乗りのために hinten うしろの所が schon wieder また候 so blank こんなに黒光りして ist, いる、und そして die Schuhe 靴は schiefe 歪んだ Absätze かかとを haben 持っている und そして die Sohlen 靴の底は dünn 薄っぺら sind だ。Wie lange 如何に長く sie 靴の底は noch まだ es machen 持ちこたえる werden だろうか?

:【33】Nun rasch: Nun aber rasch (さあ早く)です。(註15を見よ)。
„服の中へ滑り込む“という表現【34】in die Kleider: 直訳すると「着物の中へ!」ですが、これが着物を着ることです。英語もドイツ語も、着物を着ることを「着物の中へ滑り込む」とか「着物の中へ云々する」とかいう風に表現します(まるで着物を乗物か家屋のように考えているものと見えます)。たとえば「私はオーバーを着た」は Ich schlüpfte in meinen Überzieher (英:I slid in my overcoat)、「私の妻が私にオーバーを着せてくれた」なら Meine Frau half mir in den Überzieher (英:My wife helped me into my overcoat)、「かれはいそいでズボンをはいた」なら Er warf sich in die Hosen (英:He hustled into his trouserspants か)。
Der Rock: 男のは「上衣」、女のは「スカート」!【35】Der Rock には二つの意味があるから注意! 男について云う場合には「上衣」のことですが、女の場合は(本篇は女)スカートです。これはよくまちがえる有名な問題ですから、覚えておいて下さい。上衣とスカートじゃあ相当ちがいますからね。――いずれ皆さんに試験をしますが、これなどは好い問題ですな……。
【36】blank: フランス語の blanc [ブン]白い、から来た語ですが、英語にもドイツ語にも「白い」(weiß, white)という語が別にちゃんとあるから、blank の方は、「てかてか」、「白びかりのする」、「黒びかりのする」の意か(それが此の場合)、あるいは、いわゆるブランク、すなわち空白でなんにもない所のことを云います(英語の blank はもっぱら此の方の意)。
形容詞と von: 「何々のために云々した」【37】vom: 「なんとかのためにどうなっている」という時には von を用います(英は with)。Die Füße sind wund vom vielen Herumlaufen (足が方々駆けまわったためにうずく)、Die Hüften sind steif vom unbequemen Sitzen (窮屈な腰かけ方をしたために腰のへんが凝っている)、Ich bin ermüdet von der Reise (私は旅のために疲れている)、Das Zimmer ist ganz hell vom Mondschein (部屋は月光のために明るい)、Der Weg ist schlüpfrig vom gestrigen Regen (道は昨日の雨でぬらぬらしている)、など。英:The air was heavy with tabacco smoke (空中はタバコの煙でムッとしていた)。
【38】ewig: 永久の。(即ち、何々し通し、ということを誇張して云う)。
radeln: 自転車に乗る / auteln: 自動車に乗る【39】Radeln: 自転車は、完全にいうと Fahrrad, n. (bicycle) ですが、通俗には略して単に Rad といいます。英の bike ですつまり。そこで自転車に乗ることを radfahren と云う以外に、よく radeln といいます。同じく「自動車にのる」(auteln)というのも Auto (自動車)から作られています。
【40】Absätze: Absatz が靴のかかとです。(Absatz にはいろんな意味がありますから御注意、本書の「怪談」の記事参照)。
【42】Sohle, f.: これは靴の底、あるいは足の裏のこと。
【43】es machen: es は何を指しているのか? などと考えてはいけません。これは es machen という形の熟語で、es だけには何の意味もありません。「間に合う」、「役に立つ」、「持つ」、の意です。殊に es lange machen というと、主として「持つ」即ち無事で、達者で、寿命がつづくことを云います。Er wird es nicht lange machen といえば、「あいつはモウ先が長くない」ということになります。

 Unterdessen44 sind Tante Berta und die Kinder fertig, gewaschen, sauber45 angezogen46. Wir setzen uns an den behaglichen47 Kaffeetisch. Es gibt48 die übliche49 Nährmittelsuppe50 und Brot, geschmiert51 oder ungeschmiert, wie52 die Zuteilung es gestattet53.

逐語訳:Unterdessen そうこうするうちに Tante Berta ベルター叔母さん und も die Kinder 小児たちも fertig, 仕度がととのい、gewaschen 洗面もすみ sauber 小ざっぱりと angezogen 着衣して ist しまった。Wir わたしたちは an den behaglichen Kaffeetisch たのしい珈琲卓に setzen uns 着席する。die übliche Nährmittelsuppe おきまりの食糧品スープ und それから die Zuteilung 配給[事情]が es それを gestattet 許す wie に応じて geschmiert oder ungeschmiert [或いは]塗ったり或いは塗らなかったりの Brot パン Es gibt が出る。

:【44】Unterdessen: 「その間に」、「そうしている間に」、「そうこうするうちに」(一方では)の意。英:in the meantime, in the meanwhile あるいは単に meanwhile。――これは unterdes とも indes とも indessen とも云います。
【45】sauber: 「小ざっぱりした」、「小じんまりした」、「小綺麗な」、「きちんとした」ことを sauber といいます。
【46】angezogen: ちゃんとした服を着ることを sich anziehen といいます。その過去分詞です。(ちゃんとした、というのは、ねまきや、襯衣や、パジャマや、浴衣ではないということです。だから、同じ「服」という語でも、Anzug というと、ねまきや襯衣や、その他そんな変則的な服ではなく、お座敷に出られるようなちゃんとした服のことしか云いません。Der Herr ist nicht angezogen! といえば旦那様は、ねまきのままだとか、仕事着だとかシャツのままだとかいう申しわけです。まさか真ぱだかというわけではありません。
【47】behaglich: gemütlich と同じで、打ち寛ろいだ、気のおけないことを云います。あるいは通俗によく云う「たのしい」です(せまいながらもたのしい我が家、なんていうやつ)。
【48】Es gibt: 食事のときに御馳走が「出る」ことを es gibt というのです。Was gibt's zum Mittagessen? (お昼には何が出るか)とか Zum Abendessen gibt's Rindfleisch (晩は牛肉だ)などというのが日常ドイツ語です。
【49】üblich: 「例の」、「おきまりの」、「常例の」です。少し皮肉って「またか」といったような時には unvermeidlich (不可避の)などとも云います。此の筆者も配給のスープにはあきあきしているのでしょうから、ほんとうは unvermeidlich とでも云いたかったのでしょうが、米軍に対して配慮したのかも知れません。
【50】Nährmittelsuppe: 自家ですっかり初めから料理して作る Suppe ではなく、「滋養食糧」(Nährmittel)という名目の下に、カロリーの見地から支給される、おそらくは缶詰のスープなんでしょう。私も此の語には初めて接したので、そう想像するだけです。
【51】geschmiert oder ungeschmiert: パンにバターを塗る、靴にあぶらを塗る、その「塗る」が schmieren。
【52】wie: これは je nachdem (……に従って、……に応じて、……のまにまに)と同じです。
【53】gestatten は、「許す」すなわち ermöglichen (可能ならしめる)の意です。「事情の許すかぎり」と云ったような時の許すです。zulassen とも云います。

 Aber dann muß ich ins Amt54 und die Kinder zur Schule. Sie werden noch schnell55 beauftragt56, gleich57 nach der Schule das Strauchwerk58 von der Straße zu sammeln und nach Haus zu bringen. Die Straßenbäume in unserer Gegend werden gefällt59, die Bevölkerung60 darf das anfallende61 Reisig62 sammeln.

逐語訳:Aber ところで dann その次には ich 私は ins Amt 役所へ und そして die Kinder 子供たちは zur Schule 学校へ muß [行か]ねばならない。Sie 子供たちは noch schnell その際にチョット gleich nach der Schule 学校がすんだら早速 von der Straße 道路の das Strauchwerk 樹枝類を zu sammeln 集め und て nach Hause zu bringen 家へ持ってかえるように werden beauftragt 依頼される。in unserer Gegend わたしたちの附近の Die Straßenbäume 街路樹が werden gefällt 伐りたおされ[るので] die Bevölkerung 一般人民は das anfallende Reisig 屑として残る樹枝を darf sammeln 拾い集めてよろしい(ということになったからだ)。

:【54】Amt, n.: 「役所」、「局」、「署」です。Polizeiamt 警察署、とか Postamt 郵便局、とか Steueramt 税務署、とか。
noch schnell ちょっと(大急ぎで)【55】noch schnell: ふと思い出して、あゝそうだと云うので「チョット」物をたのんだり、タバコを買ったり、便所へ行ったりすることがありますが……ありますがじゃない、それがむしろ此のあわただしい人生の常態ですが、そうした時の「チョット」をドイツ語で noch schnell あるいは schnell noch というのです。――これは noch の方に「チョット」の意味があるので、たとえば汽車の出る間際に「ちょっと窓ぎわで」肝腎な用事を云いのこしたり(noch am Wagenfenster)「ちょっと通りすがりに」女の手を握ったり(noch beim Vorbeihuschen)するのが、すべて此の noch で表現されます。
独逸人は受動表現がマンネリズになっている。【56】beauftragt: 「依頼」(der Auftrag)という名詞から「用事をたのむ」という beauftragen が作られています。――次に、文法の見地から、sie werden beauftragt という受働文の此の場合における用い方に注目しましょう。日本語の意識から考えると、どうも此の場合に子供が主語になって受動の形が用いてあるのが奇妙な感じがしませんか? Ich beauftrage sie noch schnell (私は出がけにちょっと子供たちにたのむ)と云うべきはずの所が、「子供たちが頼まれる」という変な云い方がしてあるのは、日本人には当然奇異に感ぜられる筈です。――これはドイツ語の奇癖ともいう可き現象で、殊に、ごく事務的に、客観的に描写しようとする時には、やたらと受動形を用いることがドイツ人には一つのマンネリズムになっているのです。一日の行事を述べるにも、「先ず眼がさまされ次には欠伸がなされ(それが欠伸され)、やがて寝床が去られ、顔が洗われ、歯がみがかれ、食事が摂られ、仕事がととのえられて、それからそれが学校へ行かれ」るのが普通です。お料理の仕方をのべるにも、「まず野菜が細かく刻まれ、次に水が切られ」ます。吾人(man)が野菜を刻んだのではドイツ人の趣味には合わないものと見えます。困ったことだが、こういう悪趣味はマアどこの国語にもあるからやむを得ないでしょう。まあ、慣れることですな。
【57】gleich nach: 「の直後」(unmittelbar nach)というに同じ。
【58】Strauchwerk: 単に Strauch というに同じ。Strauch は英の shrub、つまり「灌木」が原意ですが、ここでは樹枝(Gezweig、Reisig)のことを灌木といったのです。太い幹がなくて、ただ枝と葉ばかりのゴシャゴシャしたものだからです。Werk というのは、Zueg (物、類)と同じで、色んな語のうしろにつけます。単に靴(Schuhe)と云えば好いところを、Schuhwerk と云ったりするなど。語によると Ge- をつけます。Gestein (岩石)、Gezweig (枝類)、Gevögel (鳥類)、Getier (獣類)など。物をアイマイに、総括的に指すために、こうしたものを前後につけるのです。
【59】gefällt: fallen (落ちる、たおれる)に対して fällen (たおす)という他動詞があります。(gefällt は gefallen、気に入る、とは関係なし)。
【60】Bevölkerung: 官僚用語で、地方民、一般人、地元の一般大衆のことを Bevölkerung と云います。
【61】anfallend: 副産物として、或いは屑として「出る」ことを anfallen というので、たとえば石炭の液化をするときに、ついでに之れ之れの物質が anfallen するなどと云います。茲も、街路樹を切るというのですから、枝をはらって、太い幹だけ持って行くので、たくさん枝があとに残る、即ち anfallen するわけです。
【62】Reisig, n.: Reiser (Reis の複)あるいは das Reisig は、榾(ほだ)、すなわち薪の細いのです。私は木曽にいましたが、木曽辺では「ぼや」と云っているようです。太い薪とはちがって、すぐボヤボヤと燃えてしまって、いっこうでがないからでしょうか。(それから、-ig という語尾の単語はほとんど凡て男性なのに、これだけは中性で、めずらしい現象ですから覚えておいて下さい)。

 Auf dem Rade überlege ich die Geldsorgen. Wir wohnen noch im elterlichen Haus. Alle haben Miete63 gezahlt, nur der Arzt nicht, der die erste Etage64 bewohnt65. Er hat sich sehr entschuldigt66, der arme Mann kann nichts dafür67.

逐語訳:Auf dem Rade 自転車上で ich 私は die Geldsorgen お金の心配を überlege 一考する。Wir わたしたちは noch まだ im elterlichen Haus 両親の家に wohnen 住んでいる。alle 皆が Miete 間代を haben gezahlt 払ってしまった nur ただ die erste Etage 二階を(に) bewohnt 住んでいる der ところの der Arzt 医師(だけが) nicht [間代を払わ]ない。Er かれは sehr 非常に hat sich entschuldigt 陳謝した。der arme Mann この気の毒な人は dafür それに対して kann nichts 何事もなし得ないのだ(=かれとしてはやむを得ぬ仕儀なのだ)。
:【63】Miete, f.: 家賃、間代(借りることを mieten というのから生じたもの)。
【64】die erst Etage: der erste Stock ともいう。一階にあらず、二階です。従って zweite Etage は三階、以上順々に数字がずれます。一階は Erdgeschoß (地階)といいます。そういえば日本語の方がむしろ間違っていると云っていいでしょう。一つも階が無いのを称して一階と呼び、一つの階があるのを称して二階と呼ぶが如きは、矛盾これより甚だしきはないでしょう。一階は無階、二階は一階と呼ぶのが正しい筈です。そうじゃないでしょうか?――Etage はフランス語ゆえ ge をジェと発音します。
【65】die erste Etage bewohnt: 単に wohnen を使うと in der ersten Etage wohnt ですが、be- のついた形を用いると直接四格を支配することになります。大抵の動詞はそうです。Man lacht über seine Eitelkeit または Man belacht seine Eitelkeit (人はかれの見栄坊を笑う)、Ich klopfe auf das Brett または Ich beklopfe das Brett (私は板をたたく)等。
【66】sich entschuldigen (英:excuse oneself、または apologize)弁解する、申しわけする、あやまる、陳謝する。
【67】kann nichts dafür: それに対して何とも致し方がない、処置なし。すなわち、そのお医者さんに責任はないという意です。

 Unterdes finde ich auf der Straße Koksstückchen68 und ich steige wohl fünfmal ab69, um sie in den70 für diesen Zweck am Rad hängenden Beutel zu sammeln. Als ich endlich im Amt ankomme, ist der Beutel halbvoll. Tante Berta wird sich freuen!

逐語訳:Unterdes そうしているうちに ich 私は auf der Straße 街路上に Koksstückchen コークスの片塊を finde みつける und そして ich わたしは sie それらのコークスのかけらを für diesen Zweck この目的のために am Rad 自転車に hängenden ぶらさげてある in den......Beutel 袋の中へ zu sammeln 拾い集めるために wohl およそ fünfmal 五度[ばかり]も steige ab [自転車から]降りる。endlich 遂に im Amt 役所に ich 私が ankomme 到着する(到着した) als 時には der Beutel その袋は halbvoll 半分通り充ちて ist いる。Tante Berta ベルター叔母さんが sich freuen よろこぶ wird だろう!

:【68】Koksstückchen: Koks は英の coke から来た語。したがって Ko は長く発音します。
【69】absteigen: 下は「下馬する」こと、今は何でも「降りる」こと。バスや電車は普通 aussteigen。
【70】den はずっと後の Beutel の冠詞。für diesen Zweck am Rad hängenden (この目的のために自転車にぶらさがった)は全体が一つの形容詞のようなもので、den と Beutel との間にはさまっているのです。これは英語にも仏語にも無い語順です。

意訳:どこかで汽笛が鳴る。はッと眼をさます。もう六時かしら? さっそく火を点そうとしたが、あかりが点くまでには、またマッチを五本もすってしまった。マッチは貴重だ。配給ではもう久しく来ないし、闇で買うとなると一箇がおどろく勿れ三十西独ペニイもする。
 さあ起きましょう! ベルター叔母さんも子供たちもまだよく寝ている。わたしたちはみんな居間の方にねることにしているのだ。隣の部屋はとても寒く、居間の方がずっと暖かなものだから。さて洗面。そのまた浴室の寒いことと云ったら、お話にもならない。風呂の瓦斯ヒーターもあり、湯タンクも立派にあるのだが、そもそもこんなものを燃せる時が来るかしら? 西独の楽天地ならいざ知らず、伯林西方地区なんてところにいては、そんな事は夢物語だ。
 さあ、はやく服を着よう。自転車にばかり乗っているのでスカートのお尻のところがまたテカテカになってしまった。靴も踵がちびてゆがんでいる、底もうすっぺらだ。何時まで持つものかしら。
 そのうちにやがてベルターおばさんも子供たちも仕度ができ、顔を洗って、きちんとした服装になる。やがてみんなで楽しい珈琲のテーブルに着く。御馳走はいつもの食糧品スープとパン。パンに塗るものは、その時々の配給次第で、あることもあり、ないこともある。
 それからわたしは役所へ、子供たちは学校へ行く。出掛け間際に、放課後はすぐ行って道路に落ちている枝を拾って家へもってかえるように子供たちにたのむ。附近の街路樹が伐採されるので、枝をはらったのを一般人が拾ってもいいということになっていたので。
 自転車で走りながら金のやりくりをかんがえる。わたしたちはまだ生家に住んでいるのだが、みんな間代を払ってくれたけれども、二階にいるお医者さんだけまだ払わない。なんだかとても断りを云っていた。気の毒に、どうにもならないらしい。
 途中、往来の上にコークスのかけらが落ちているのをみつけ、およそ五度ばかりも自転車をとめ、それを拾って、こういう時の用意にと自転車にぶらさげた袋に入れる。役所につく頃には袋に半分ほどもたまる。さぞベルターおばちゃんがよろこぶだろう。

独逸語大講座(20)

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