この作品の舞台はビルマのマンガダンという町。時代はちょうどビルマがイギリスに植民地支配されていたころだ。不勉強でマンガダンが実在の町がどうかはわからない。しかし冒頭の色彩豊かな描写を見る限り、ビルマの首都に相当する町なのだろう。商業が盛んでイギリスからの観光客もいる。人種も様々まじって活気のある場所だ。
ここにムゥトゥーン・パという男が経営する骨董店がある。観光客が立ち寄り、なにかかにか買っていく店、日本で言うと土産物店みたいな店だ。あるとき彼の息子アブサロムが使いに出ていったきり戻ってこなくなった。店主のパは警察署長のハートレイに捜査を依頼する。
ハートレイはアブサロムが失踪した日に、彼を見た人間を捜し出し話を聞いて回るのだが、不思議なことに誰も彼もがあわてたように反応し、情報を提供しようとはしない。
ハートレイの捜査が行き詰まったかのように思えたとき、彼の家にビルマ政府の秘密捜査官コリンドンが訪ねてくる。コリンドンは経歴にもよくわからないところがある謎に満ちた男で、変装の天才であり、有能きわまりない探偵でもある。彼は一仕事を終えて、休暇のつもりでハートレイの家に遊びに来たのだが、ハートレイが扱っている事件に興味を持ち、謎の解明にあたるのである。
本作はあきらかに東洋の神秘に目を向けたビクトリア朝の作品、たとえばマーシュの「甲虫」とか「ジョス」といった小説から派生してきたものと言える。マンガダンの町や夜の描写は詩的で、かつ底知れぬ怪しさにあふれている。現地の人々の会話も、エキゾチックな印象を与えるもので、西洋人はこの耳慣れぬ言葉遣いに濃厚な異国趣味を感じるのではないか。内容はともかく文章それ自体はじっくりと味わうにたる出来だと思う。
で、ミステリとしてのその内容のほうだが……正直、わたしはあまり面白いとは思えなかった。だが、それはビクトリア朝のこの手の作品を読みすぎているからかもしれない。古い作品に親しんでいない人なら、この独特の雰囲気に酔いしれることもできるだろう。さっきも言ったけれど、大衆文学としてはこの作品の文章は非常にすぐれているのだ。
マージョリー・ドゥーイはほとんど誰も知らない作家であるが本書のほかに二冊ミステリ作品を残しているらしい。一つは The Man Who Tried Everything といい、もう一つは The Man from Trinidad というのだそうだ。