出版年は1940年。作者の代表作の一つらしい。わたしはコールズを読むのはこれが初めてだ。
マイケル・キングストンという語学に達者な少年が十七歳で志願兵となり(兵役は十八歳からだが、年齢をごまかした)、結局スパイ活動に従事することになる。彼の上司はハンブルトンという。ハンブルトンは学校の先生もしていて、じつはマイケルも彼に教わったことがあった。学業においても、スパイ活動においても彼らは子弟のような関係にある。
彼らは叔父・甥の関係のふりをして、ドイツとイギリスを往復し、情報をさぐりだす。細菌兵器をつくっている科学者を殺し、ツェッペリンの工場を爆破し、ドイツのスパイの親玉の一人ボーデンハイムを射殺する。話の内容だけを取り上げるとセンセーショナルだが、しかし書き方はしぶくて引き締まっている。さらにスパイが直面する倫理の問題を大きく取り上げているように思われる。つまり戦争だからということで黙認される残虐な行為に対する反省がこの本のあちこちに見られる。スパイであるという事実を最愛の人にも教えられないという、人間としての寂しさが、じわっと読み手の心に広がってもくる。グラハム・グリーンやル・カレほどのレベルには達していないが、しかしマニング・コールズはル・キューやオッペンハイムのようなロマンチックなスパイ小説からはずいぶん進化した作品を書いている。