原題は Fungus。黴とか、きのこのたぐいをいう言葉だ。いわゆる菌によって繁殖する生物である。ジェインという女性の科学者が、タンパク質を大量に含み、しかも生育の早いきのこを作ろうと、遺伝子やら酵素やらに工夫を凝らしていたところ、人工的に作られた菌が実験施設から外部にもれ、異常繁殖をするようになる。この菌はあらゆる菌類に影響を及ぼし、ロンドンをはじめイギリス南部は壊滅状態だ。なにしろかびはありとあらゆる有機物を栄養に、それこそ分単位で繁殖するのだから。もちろん有機物のなかには人間も含まれる。
政府は場所を移動して、イギリス南部を隔離する。つまり、被害地域から避難してきた人々を軍隊が武力で押しとどめるのである。さらにこの人食い菌が海峡を渡ってこないように、フランスは核爆弾による英国攻撃を考え出した。イギリス政府はなにがこの菌類の異常繁殖の原因なのか、ジェインの研究ノートを手に入れようとする。しかしそれはきのこと黴だらけのロンドンに潜入することを意味する。この特殊任務に選ばれたのが、ジェインの夫であり、また菌類学者でもあった(過去形なのは、今は作家として活躍しているからである)ウィルソン、若く美しい菌類学者キンバリー、そしていささか行動に問題のあるスロコックという軍人の三人である。
彼らはすくなくともある期間のあいだは菌類に抵抗力をつけるとされる薬を注射され、軍が用意した特殊な車でロンドンへ向かう。
これはホラーでもあり、ブラックユーモアでもあり、また奇妙に時事的な小説でもある。時事的というのは、わたしは読みながら何度もコロナ下にある今の世界を思い出したからだ。本作は以前読んだ「スライマー」から数年後に書かれた作品で、ジェイムズ・ハーバートのようにばらばらのエピソードを積み重ねながら、しだいに全体の状況が浮き上がるような書き方をしている。そして物語の後半はウィルソン、キンバリー、スロコックのロンドン行が詳しく描かれる。前作同様おもしろいけれども、「スライマー」のようなスピード感はない。実際、「スライマー」より七十頁ほど分量も多い。展開もややぎこちない、あるいは不自然な感じが残る。しかしパルプ小説としてはまずまずの部類で、旅行の汽車や飛行機のなかで読むにはもってこいの作品になっている。