ホワイトチャーチは鉄道を扱った推理短編で識られているけれど、長編小説も面白い。Murder at the Pageant (1930) はオーストラリアのグーテンバーグが電子化していて無料で読める。なかなか楽しめる作品だ。ミステリではないけれど The Canon in Residence (1904) という初期の小説はユーモア小説としてしばしば名が挙がる。(わたし自身はそんなに面白いと思わないけど)今回読んだ「テンプルトン殺人事件」は1924年の作品で、推理長編として作者がはじめて書いた作品になる。
物語はマーシュ・キーという入江とすぐそばの村で展開する。あるとき入江の沖合に碇泊していたヨットのなかで、テンプルトンという男が殺害されているのが発見される。テンプルトンは素性のはっきりしない男で、アフリカで冒険をしていたが、最近イギリスに帰ってきたらしい。そして死の三週間前にヨットを借り、操舵手を雇い、マーシュ・キーにやってきた。この近辺に数人の知り合いがいて、彼らに会いに来たようである。誰が彼を殺したのかという点だけでなく、いったいテンプルトンは何者で、なぜ殺されたのかという点も捜査の進展と共にあきらかにされる。
面白い。Murder at the Pageant を読んだときとおなじ感興がよみがえった。とくに技巧をこらした作品ではない。たんたんと物語は進められているようなのだが、これが面白くて読み出すと止まらないのである。こういうのを無技巧の技巧というのだろうか。コルソンという刑事が敏腕を発揮して事件を捜査するのだが、じつはその奥さんがなかなか鋭い人で、刑事が家に帰って奥さんと事件の話をすると、奥さんが捜査のヒントを与えるという設定になっている。これがなかなかいい。わたしは気に入った。ただ宝石商としてユダヤ人が登場するのだが、この人の描写がかなり偏見に満ちている。作者は聖職者なのだが、反省もなく反ユダヤ主義的な描写を行うというのはどうしたことか。確かにこの宝石商のような人物がいることは事実だろうが、あまりにも戯画的な描写である。
欠点はあるにしても推理小説的な仕掛けをさまざまにほどこして読ませるし、犯人にも意外性がある。しかしいちばん印象的だったのはコルソンの奥さんのアドバイスである。刑事が操作に行き詰まったとき、彼女は当然と思われる想定をすべて否定し、まったくあらたな犯罪の物語を良人に考えさせようとする。そう、このような物語批判こそミステリの本質なのだ。