最近電子化されたパブリックドメイン作品の中から三作を紹介する。
ドイツのプロジェクト・グーテンバーグからはフォイヒトヴァンガーの「ユダヤ人ジュス」。これは才能豊かなユダヤ人商人が政治・経済の実権を握っていくという物語で、ナチス政権のころは改変されてユダヤ人攻撃の材料にされたものである。発表当時、たしかベストセラーになったはずだ。外国でも評判になり、ドイツ文学に親しんでいる人なら名前くらいは知っているだろう。調べて見たら、谷譲次が1930年に日本語訳を出していて、デジタルコレクションにも収められている。冒頭部分をぱっと比較したが、結構忠実に訳している。
もう一つドイツ語の作品を。Onkel Tom's Hütte と書けばドイツ語であってもなんの作品かわかるだろう。ストウ夫人の「アンクル・トムの小屋」である。もちろんドイツ語に翻訳されたものだ。訳者は L. Du Bois。ドイツは英米の作品の翻訳に熱心な国で、とりわけ十九世紀のおもだった作品はほとんどみんなドイツ語に訳されている。じつをいえば、わたしの場合、英語の作品を読んでいて解釈がむずかしい部分にぶつかると、ドイツ語訳を参照して考えるということがよくある。ごまかして訳していたりすると、この訳者もよくわからなかったのだな、と思わずにやにや笑ってしまうけれど。「アンクル・トムの小屋」は中級程度のドイツ語の実力があれば辞書を引きひき、充分に読める。
Fadepage.com からは ラウリーの「火山の下で」が出ている。メキシコに駐在するアル中のイギリス人領事の物語だ。いろいろな名作リストに登場する折り紙付きの傑作だが、ここでは変わり種、ネリー・ブライの「セントラル・パークの謎」を挙げておく。ネリー・ブライは女性ながら突貫するジャーナリストだった。精神病院に患者として潜入取材をしたり、ヴェルヌの「八十日間世界一周」が出ると、本当に八十日で一周できるか実際にやってみたりした人である。わたしもそのドキュメントは読んだが非常に面白かった。その行動力ゆえに今でも彼女のファンは多い。2021年には彼女の小説が多数見つかり出版されている。