Saturday, July 20, 2024

ヴァランコート・ブックス五選

ヴァランコートは忘れられた文学作品、とりわけホラーを中心に再刊している、ハードコアの読書家にはよく知られた出版社だ。わたしもよく読み、新刊本はホームページ上で絶えずチェックしている。そのなかで鮮烈に記憶に残っているもの、かつ日本語訳の出ていないものを五つ選んでみる。


1 ジョン・ハンプソン「土曜の夜、グレイハウンド亭にて」


これは立派な文学作品といっていいだろう。ダービシャーにある坑夫たちの村で、三人の人間がパブを営もうとする。酒飲みで女たらしのフレッド、その妻アイヴィ、そしてアイヴィのきまじめな弟トムである。物語は一週間でいちばん忙しい土曜のある夜をこまかく描いている。坑夫の村の不景気な様子や、三人のメイン・キャラクターの前史がまず示され、次第に暴力的な事件へと移行し、最後の決定的な悲劇へと向かう。短い小説だが、過酷な運命を古典悲劇のように言語化した、強烈な印象を残す一作。


2 エドワード・モンタギュー「シシリーの悪魔」


1807年に書かれたゴシック小説。サンタ・カテリナにある修道院には悪魔がいた。彼は二人の人間に目をつけ、その魂を地獄に落とそうと狙っていた。一人はバーナード神父。彼はまだ若く、修道院に入ったことが正しかったか疑問を持っている。もう一人は尼僧のアガサだ。彼女は好色で堕落した心の持ち主である。悪魔はこの二人に、おまえたちのみだらな性的欲求を満たしてやろう、そのかわり魂を寄こせ、と持ちかけるのだ。

いかにも「マンク」に影響を受けた作品だが、とにかく読みやすい英語で、筋も明快、テンポ良く物語が進行する。


3 R. チェットウィンド・ヘイズ「モンスター・クラブ」


ロンドンにはおそるべき秘密クラブ「モンスター・クラブ」がある。ここに集うのはその名の通りモンスターたちである。吸血鬼、狼男、食屍鬼、フランケンシュタイン博士もびっくりするようなとんでもない化け物ども。あるときドナルド・マクラウドという普通の人間が、腹を空かした男に食事をおごるのだが、なんとこの男が吸血鬼なのである。しかもドナルド自身がその食事のメインコースであることを知る。

設定が抜群に面白いし、内容はホラーなのだが爆笑連発のコメディ要素を含んでいて、まさに絶品である。


4 エリザベス・ジェンキンス「ハリエット」


ハリエット・オギルヴィは精神障害を持つ若い女性である。彼女は男からもてはやされたことがなかったのだが、あるときルイス・オマンというハンサムな男性から声をかけられる。この男はハリエットが金持ちの家の娘であることに着目し、結婚してその財産を奪ってしまおうとするのである。恋を知らなかったハリエットはハンサムな男性から求婚され、完全にのぼせあがり、家族の忠告の声にはまったく耳を貸さない。しかもルイスが自分の計画を進めるやり口がじつにえげつなく、人間はここまで悪辣なことができるのかと読者は目をむくだろう。私は身体に怒りが煮えたぎり、頭のてっぺんが吹っ飛ぶのではないかと何度も思った。フランスのフェミナ賞を受賞している。


5 フローレンス・マリアット「ヴァンパイアの血」


ハリエット・ブラントというジャマイカ出身の美しい少女が主人公であり、ヴァンパイアだ。といっても彼女は血を吸うわけではない。普通の人間のように振る舞い、その知性は多くの男を魅了する。しかし彼女と親しく接する者は、次第に力を失い、衰弱し、ついには死んでしまうのである。つまり彼女は自分でも知らないうちに他人の「生気」を吸い取ってしまうのだ。

ヴァンパイア小説のなかでいちばん知られていない作品かもしれないが、私はじつに面白いと思った。人種や遺伝、女性の地位、資本主義、性病への怖れなど、世紀末をにぎわしたさまざまなトピックがヴァンパイアという形象に結び附けられているからだ。

ロス・マクドナルド「ある人々の死に方」

  これは高名な作品だから筋を知っている人は多いと思う。一応簡単に紹介すると…… 私立探偵リュー・アーチャーはミセス・サミュエル・ローレンスに行方不明になった娘を探してくれと頼まれる。アーチャーは彼女のあとを追って米国西海岸の裏社会、ヤクザやクスリの売人や売笑婦らの世界に足を踏み...