竹原常太が書いた「ソーンダイク基本構文 新英文解釈法」は1936年に大修館書店から出版された学習参考書である。名著と言ってもいいだろう。わたしは国立国会図書館デジタルライブラリではじめてこの本に接して、その見事な出来ばえに感服した。ソーンダイクは英語で用いられる文型を438に分類し、その頻度を調べた。この論文は Internet Archive で読める。竹原はそれをもとにして文法書を書いた。文型の紹介とその解説のあとに、テスト問題として例文がいくつか附されるという格好で、これはいつかデジタル化しようと思っていたのだが、最近その準備として細かく目を通している。まだそれほど読み進んではいないのだが、英文にはほとんど間違いがないようだ。五十頁ほど読んで英文の誤植は二つしか見つかっていない。ただし、原典に忠実な英文なのかどうかは調べていない。が、古い時代の参考書だけあってパンクチュエーションが今とはちょっと違うし、例文はどれも古めかしい。わたしは十九世紀後半から二十世紀前半の作品を多く読むのであまり違和感はないのだが、デジタル化する際には一応この文体上の特徴についてはひと言読者に注意したほうがいいだろう。文法も変わってきていて、この参考書が出たころは、仮定法過去の主文の主語が I とか we の場合は should をつけるというような規則があったが(わたしもそう習ったような気がする)、しかし今ではほとんどのケースは would ですましてしまう。デジタル化するときは、そういう変化もひと言注意しておいたほうが親切だろう。今このブログで連載している「英語読解のヒント」は1918年に出た深沢由次郞の「応用英文解釈」を土台にして、わたしがまとめ直したものだが、これは19世紀の英語を読む人には参考になると思って、古さを前提にしている。竹原常太の「新英文解釈法」をデジタル化するなら現代の英語の用法にも言及しておきたいと思う。
そういうわけで現代英語との比較を意識しながら「新英文解釈法」を読んでいたら、in case という仮定表現を扱った項目でびっくりしてしまった。ここには
In case it rains (=if it rains) I will not come. --Thorndike.
「雨が降れば私は来ませぬ」.
と例文が提示されている。――のあとの Thorndike はこの例文が彼の論文から引き抜かれてきたことを示している。わたしがびっくりしたのは in case it rains と if it rains がイコールで結ばれていたからだ。括弧の中味はソーンダイクの論文にはない。竹中がつけ加えたものである。じつはこの解釈は二十世紀前半においては正しいが、その後英語は in case と if の用法を区別するようになった。簡単に云うと in case は、「ある可能性にそなえて~する」という意味で用いられる。それゆえ現代では例文は「雨が降るという可能性にそなえて、わたしは来ない」と言っているのだ。つまり「雨が降るかもしれないから来ない」ということ。それに対し if it rains と言えば「雨が降るようなら来ない」という意味だ。これは降らなければ来るということだが、in case の場合は降ろうが降るまいが来ないのである。
ケンブリッジ・ディクショナリには次のような二つの文が比較されている。
・Let’s take our swimming costumes in case there’s a pool at the hotel.
・Let’s take our swimming costumes if there’s a pool in the hotel.
最初の文はホテルにはプールがあるかもしれないから、その可能性にそなえて水着を持っていこうと言っている。二番目の文はホテルにプールがあるなら水着を持っていこうと言っている。つまりこれから調べてプールがあるなら水着を持っていく、ないなら持っていかないというわけだ。
さらに English Lessons Brighton というサイトにはこんな二文が比較されている。
・I will take a coat if it rains.
・I will take a coat in case it rains.
最初の例は「雨が降るならコートを着ていく」。二つ目の例は「雨が降るかも知れないからコートを着ていく」。違いはもう明白だろう。
現在ではこのように in case と if の用法はかなりはっきりと別れている。しかし百年前はどちらもおなじような意味で使われていたのだ。ただし「in case + that 節」ではなく、「in case of + 名詞」の場合は if 節に書き換えられる。たとえば
"In case of fire, break the glass."「火災の際はガラスを割って下さい」
は
"If fire breaks out, break the glass."
と言える。
が、思い返してみると、わたしが英語を習ったときも教科書や参考書は 「in case + 節」 を 「if + 節」に書き換えていたかも知れない。今はどう教えているのだろう。
しかし「ソーンダイク基本構文 新英文解釈法」をデジタル化する際、こんなふうに英語の変遷まで注記で説明していたら読んでいる方はかえって混乱してしまうのではないだろうか、と不安になる。下手をすると注記が膨大なものになりかねない。調査確認の労力も並大抵じゃないだろう。どう対処しようかなあ、とちょっとだけ頭を悩ましている。