Monday, January 26, 2026

リサ・ランドール「歪んだ道筋」

 


これはいわゆる膜宇宙論を説明した一般向けの解説書である。膜宇宙論とはなにか。どうやら人間が理解する三次元空間の宇宙は、じつは高次元の空間に浮かんでいる膜みたいなものだということらしい。このバルクと呼ばれる高次元の空間にはわれわれの住む膜以外にも、いろいろな膜が浮かんでいると考えられている。

なぜ科学者がこんな膜宇宙を考えたかというと、重力の特異性をこれによって説明できるからだと言う。物理学では重力、電磁気力、弱い力、強い力という四つの力が考えられている。このうち重力は最も弱く、なぜこんなに弱いのかということが物理学者の疑問だったらしいが、膜宇宙モデルでは重力の力が高次元へ漏れているからだ、と説明できる点が強みだ。

もう一つこの本を読んで知ったのは、ビッグバンの起源についてだ。膜宇宙論においてはビッグバンは膜同士が衝突して起きると考えられるらしい。以前ユーチューブの番組で物理学者のショーン・キャロルが、ビッグバンが起きたことはあらゆる証拠から見て確実であると自信をもって語っていたので、このシナリオは決定的なものなのかと思っていたが、そうでもないようだ。赤方偏移の現象から宇宙は膨張していると長らく考えられていたが、じつは宇宙が回転しているために膨張しているような見かけを与えているのではないか、という説が去年あらわれたり、科学といえども「常識」はつぎつぎと書き換えられるようだ。

しかし正直にこの本の感想を言えば、ひどいのひと言に尽きる。リサ・ランドールはまったく文章が書けない人だ。アメリカには科学の最先端をわかりやすく門外漢に説明するサイエンス・ライターがたくさんいて、いつもうらやましく思うのだが、この人はまったくの例外である。話し言葉と書き言葉を無造作に混在させる文章感覚のなさ、比喩表現のぞろっぺいさ、論旨の混乱、意味のない繰り返し、読んでいて不愉快きわまりなかった。本書は「ワープする宇宙 五次元時空の謎を解く」というタイトルで翻訳が出ているそうだが、アマゾンの評価は星4.2。信じられないような高評価である。よっぽどの「名訳」なのだろう。しかし原文はひどい。わたしは最近の物理学における高次元の考え方に興味があるから最後まで我慢して読んだが、そのあとすぐ口直しにジュリアン・バーンズのミステリを読んだ。リサ・ランドールは二度と読まない。

Friday, January 23, 2026

ロバート・W・チェンバース「隠密作戦」

 


チェンバースといえば短篇「黄色い服を着た王」で有名だが、長編小説もかなり書いている。「隠密作戦」は1919年、第一次世界大戦の経験をもとに書かれたスパイ小説だ。この頃のスパイ小説は今と違ってロマンチックな冒険小説といった趣きを持っている。ル・キューやフィリップ・オッペンハイムといった、当時の人気作家もみなル・カレやグレアム・グリーンとはおよそかけはなれたロマンチックな物語を書いた。今読むとこうした作品はいかにも古びて見える。スパイ小説の古典とみなされているのは、チルダースの「砂州の謎」とかコンラッドの「密偵」といった、ロマン主義をできるかぎり排した書き方の小説である。

「隠密作戦」は、たまたまスイスとフランスの国境においてドイツ軍が企んでいるある作戦に気付いたスコットランド出身の男ケイと、アメリカの秘密情報局ではたらく美しい敏腕局員エリスがタッグを組み、ドイツのスパイに命を狙われるなか、ケイが見出したドイツ軍の作戦を挫折させようとする物語である。十九世紀的なロマンが二十世紀に入って読者に嫌われ出したのは、ひとつには物語を展開する仕掛けとして「偶然」があまりにも多用されたからである。最初のうちはこの偶然は意表をついて面白かったけれど、何度も繰り返されると鼻につくようになった。悪党に襲われていた女性を救ってみたら、じつは幼くして生き別れになった妹であった、とか、人が行かない山中の小屋で事件が起きたのに、じつはたまたま村人が通りかかり、その一部始終を見ていた、とか、そんな偶然がぞろぞろ出てくる。ある人は皮肉交じりに、十九世紀後半の小説においては双子の出生率がぐんと上がった、などと言っている。一見不可解な事件の謎が、双子の存在によって解明されるという話がずいぶん書かれたのである。「隠密作戦」も十九世紀的な伝統を引きずっていて、ケイとエリスの出会いは、絶対ありえないような偶然によって可能とされている。この種の展開にはわたしも食傷気味で、ちょっとうんざりした。作者自身もそれには自覚的だったのだろう。エリスが「こんなことってあるわけないわ!」と独りごちると、三人称の語り手は「しかしそういうことは実際あるのである」などと書いている。そんな強弁をしなければならないくらい、びっくりぎょうてんの二人の出会いである。

ただ第一次世界大戦を受けて、スパイ小説は変貌しなければならなくなったということは、この小説を読んでいて感じられた。このカタストロフィックな現実は、従来のロマンチックなナラティブにはなかったいくつかの要素を導入してしまった。たとえば近代的な兵器のとてつもない殺傷能力は、ロマンティックな語りの織物を切り裂くような効果を持っている。ケイとエリスが魚雷で攻撃される場面など、生ぬるい十九世紀的な叙述のなかに突然異分子が持ち込まれたような異様さを感じさせる。古い現実認識のもとに書かれた文章が、新しい風俗や現象を描こうとするとき、そこにある種の齟齬が生じるケースがままあるが、それがこの作品でも起きている。スイスの山中の牧歌的な風景が描かれたあとに、ケイとエリスがドイツの殺し屋に遭遇する場面でも、殺し屋が山から落下し、ぐしゃりと内蔵や脳漿をぶちまけるという描写は、不吉なくらい場違いな印象を与える。また、スパイのあいだの騙し・騙される関係、常に不信にさらされている心理状態は、勧善懲悪のような古い、安定的イデオロギーから生まれた文体で表現されるにはあまりにも向いていないような気がする。しかし最大の齟齬はエリスだろう。彼女は都会育ちのお嬢様である。暗号解読の仕事をしているだけで、とくに体力があるとは思えない。なのに男も無理だという冷たい湖を泳いで銃弾を取ってきたり、スイスの山中を歩き回り、あるいはスパイに追われて逃走するのである。とても近代的な武器を使用した銃撃戦に耐えられる存在ではないのだが、それがまるで妖精のように大活躍する描写には、さすがに当時の読者も違和感を覚えただろう。

こうした欠陥、失敗を克服すべく、作家は新しい現実を表現する文体を徐々に鍛え上げ、ついにはル・カレの作品のような、見事な構築物を生み出すに至ったわけだ。その間のモームやアンブラーなどの努力があらためてすばらしいものであったと認識させられた。

Tuesday, January 20, 2026

今月の注目作

 The Scorpion by Anna Elisabet Weirauch

Project Gutenberg


正月早々びっくりしたが、ドイツのレズビアン文学で高名な「さそり」が電子化されていた。ナチスが政権を取る前の、レズビアニズムを肯定的に描いたこの作品は1919年、ヴァイマール時代に出版された。のちに有害図書ということで一般に広くは行き渡らなかったようだが、1932年に出た翻訳、つまり今回 Project Gutenberg から出た本によってアメリカに大きな影響を与えた。レズビアニズムに興味があるなら Radclyffe Hall の The Well of Loneliness (1928) と合わせて読んでいただきたい。どちらも名作だが、翻訳は出ていないと思う。「さそり」はドイツ語の原文も電子化されている。


Women in the Shadows by Ann Bannon

Project Gutenberg


「さそり」を見つけたときは驚いたが、そのすぐ下にアン・バノンの「影の女」を見つけたときは噴き出してしまった。今年はレズビアンもの、ホモセクシュアルものがたくさん出るのだろうか。アン・バノンはレズビアン・パルプ小説の女王と呼ばれる人で、ビーボ・ブリンカーを主人公にした一連の小説は大いに大衆受けした。作者は大学の先生でもあり、文章は読みやすい。「さそり」が1920年頃のレズビアン文化を示しているとするなら、アン・バノンは50年代、60年代のレズビアン文化をあらわしている。


2026年パブリックドメイン・デイを記念して Standard EBooks が次のような豪華なタイトルを電子化してくれた。

(作品..........作者)

The Castle..........Franz Kafka

The Maltese Falcon..........Dashiel Hammett

As I Lay Dying..........William Faulkner

Not Without Laughter..........Langston Huges

The Murder at the Vicarage..........Agatha Christie

Strong Poison..........Dorothy L. Sayers

Vile Bodies..........Evelyn Waugh

Years of Grace..........Margaret Ayer Barnes

Miss Mole..........E. H. Young

The Faraway Bride..........Stella Benson

The End of the World..........Geoffrey Dennis

Swallows and Amazons..........Arthur Ransome

Ash Wednesday..........T. S. Eliot

Short Fiction..........Daphne du Maurier

Cimarron..........Edna Ferber

Giant's Bread..........Agatha Christie

The Secret of the Old Clock..........Carolyn Keene

The Hidden Staircase..........Carolyn Keene

The Bungalow Mystery..........Carolyn Keene

The Mystery at Lilac Inn..........Carolyn Keene


おそらくこの中で一番日本人に馴染みがないのは Geoffrey Dennis だろうが、The End of the World は1930年にホーソーンデン賞を受賞している。終末に関するエッセイというかなんというか、奇天烈な本で、なぜこの本が賞を取ったのかよくわからないのだが、しかし詰まらないわけではない。それどころか結構おもしろい。この人は Harvest in Poland という、まことに奇妙なオカルト小説? 恐怖小説? それとも寓話?なのか、わけのわからない作品を書いている。ずば抜けた才能があるわけではないが、鬼才であることはまちがいない。

Saturday, January 17, 2026

Elementary German Series (13)

13. Das Jahr

Das Jahr hat zwölf Monate, zweiundfünfzig Wochen, dreihundertfünfundsechzig oder dreihundertsechsundsechzig Tage. Das Jahr hat vier Jahreszeiten. Die Jahreszeiten heißen Frühling, Sommer, Herbst und Winter.

Das Jahr beginnt am ersten Januar. Am ersten Januar ist Neujahr. Am einundzwanzigsten März ist der Tag so lang wie die Nacht. An diesem Tage ist das Ende des Winters und der Anfang1 (der Beginn) des Frühlings. Am einundzwanzigsten Juni ist das Ende des Frühlings und der Anfang (der Beginn) des Sommers. Dieser Tag ist der längste Tag des Jahres. Am einundzwanzigsten September ist das Ende des Sommers und der Anfang des Herbstes. Am einundzwanzigsten Dezember ist das Ende des Herbstes und der Anfang des Winters. Der einundzwanzigste Dezember ist der kürzeste Tag des Jahres. Am einunddreißigsten Dezember endet2 das Jahr.

1. anfangen 始まる; der Anfang 始まり.
2. enden 終わる; 名詞: das Ende; zu Ende 終わりに, 終わった, 過ぎ去った.

Wednesday, January 14, 2026

関口存男「新ドイツ語大講座  下」(16)

§16. dieser (後者)と jener (前者)

 英語は former (前者)、latter (後者)で区別しますが、ドイツ語では前者は jener または der erstere、後者は dieser または der letztere を用います。簡潔を好むのあまり遂には晦渋生硬をもあえて憚らぬのがドイツ語の特徴ですが、次の例文はよく考えて読んでください:

 Genie ist nie ohne hohe, breite, schön gewölbte Stirn; dieser aber oft ohne jenes. --Schopenhauer--
 天才には高い、宏い、見事に盛り上った額がつきものである。しかし後者は往々にして前者を欠く。

 Genie は中性ゆえ、-es で受け、Stirn は女性ゆえ -e で受けてあります。die letztere aber oft ohne das erstere でもよいところ。

 「前に述べた方の場合では」と「今問題になっている方の場合では」とを区別するためには dort と hier とを用います。たとえば、「新ドイツ語の基礎」でも文法をやり、また本書でも文法をやりますが、両者は同じではありません:Dort wußtet ihr noch gar nichts von der deutschen Sprache, hier aber habt ihr schon eine Menge Lesestücke im Kopf 「あそこでは(すなわち「新ドイツ語の基礎」においては)諸君はまだドイツ語についてはなに一つ知らなかったのですが、ここでは(本書では)諸君は既にたくさんの読物を頭に入れている」のですから。

§16. Genie ist nie ohne ~: 天才は決して[......]なしではない。schön gewölbt: 美しく穹りゅう形をした。Genie [発音ジェニー]。eine Menge: 多くの (plenty of, lot of). Lesestück, n. : 〔断片的な〕読み物。

Sunday, January 11, 2026

英語読解のヒント(203)

203. 倒置 (4)

基本表現と解説
  • Write it over again I must. 「わたしはそれを書き直さなければならない」

例文は I must write it over again. を倒置文にしたもの。助動詞がある場合は write 以下の動詞部分を先頭に持ってくるだけでよい。

例文1

We met; Watson’s performance was read; there were some beauties in it, but many defects. Osborne’s was read; it was much better; Ralph did it justice; remarked some faults, but applauded the beauties. He himself had nothing to produce. I was backward; seemed desirous of being excused; had not had sufficient time to correct, etc.; but no excuse could be admitted; produce I must.

Benjamin Franklin, The Autobiography of Benjamin Franklin

ぼくらは集まった。まずワトソンの作文が読まれた。それにはよいところもあったが、欠点も多かった。次にオズボーンの作文が読まれた。出来はずっとよかった。ラルフはその良さを認めた。いくつか欠点は指摘したが、その美しさを褒めた。ラルフ自身は披露すべき作文がなかった。ぼくは読み上げるのをぐずぐずした。免除してもらえないかとでもいうように。手を入れる時間が十分になかった、などと言い訳をした。しかしどんな言い訳も許されなかった。ぼくは自分の作文を披露しなければならなかった。

例文2

Marry Madaline he must — life was nothing to him without her.

Charlotte M. Brame, Wife in Name Only

ぜひともマダラインと結婚しなければならない。彼女を妻にしなければ人生に意味はない。

例文3

Speak I must: I had been trodden on severely, and must turn: but how?

Charlotte Bronte, Jane Eyre

わたしは声をあげなければならなかった。これまでいやというほど踏みつけにされてきたのだ。立ち向かっていかなければならない。しかしどうやって?

Thursday, January 8, 2026

英語読解のヒント(202)

202. 倒置 (3)

基本表現と解説
  • Write it over again I did. 「わたしはそれを書き直した」

例文は I wrote it over again. の倒置文。wrote を did write に分かち、動詞部分を文頭に置いたと考える。

例文1

I need not say that I had my own reasons for dreading his coming, but come he did at last.

Charlotte Bronte, Jane Eyre

言うまでもなくわたしは彼が来るのを怖れていたのだが、しかしとうとう彼はやってきた。

例文2

A misty rain was falling, and a cold wind was sweeping up the river. I scarcely know what it was that induced me to linger about the wharf. But linger I did, some vague, shadowy presentiment that something might turn up attracting me.

James Edward Preston Muddock , "The Lady in the Sealskin Cloak"

細かい雨が降り、冷たい風が川面を渡っていた。なにがわたしの足を波止場にとどめさせたのかわからない。しかしとにかくわたしは動かなかった。興味を惹くなにかが起きそうな、ぼんやりした、かすかな予感がしたのだ。

例文3

But very early in the morning poor Ogilvy, who had seen the shooting star and who was persuaded that a meteorite lay somewhere on the common between Horsell, Ottershaw, and Woking, rose early with the idea of finding it. Find it he did, soon after dawn, and not far from the sand pits.

H. G. Wells, The War of the Worlds

しかし流れ星を見、ホーセルとオッターショーとウォーキングに囲まれた共有地に落ちたはずだと言われたオーギルビーは、次の日の朝、早々に起き出し流れ星を見つけにでかけた。そして夜が明けてすぐに砂堀場からさほど離れていないところにそれを見つけたのだった。

リサ・ランドール「歪んだ道筋」

  これはいわゆる膜宇宙論を説明した一般向けの解説書である。膜宇宙論とはなにか。どうやら人間が理解する三次元空間の宇宙は、じつは高次元の空間に浮かんでいる膜みたいなものだということらしい。このバルクと呼ばれる高次元の空間にはわれわれの住む膜以外にも、いろいろな膜が浮かんでいると考...