Sunday, May 11, 2025

英語読解のヒント(171)

171. if ever

基本表現と解説
  • If ever eyes spoke, hers did very plainly. 「目がものを言うなら、彼女の目はじつに明瞭にものを言った」
  • If ever a man was glad, I was that man. 「人が喜んだことがあったとすれば、わたしこそその人だった」

「もし……だとすれば、……こそその典型例である」という言い方。 ever, any, anyone, anything 等、強意を示す語が付随する。

例文1

If ever we thanked God from the bottom of our hearts, it was then.

George Kennan, Tent Life in Siberia

心の底から神に感謝したことがあったとしたら、それはじつにその時であった。

例文2

"If anything will cure your throat for you once, it will be the sea air."

Anthony Trollope, Christmas at Thompson Hall

「あなたの喉を治すものがあるとしたら、それは海の空気です」

例文3

If ever man was mad with excess of happiness, it was myself at that moment.

E. A. Poe, "The Spectacles"

嬉しさきわまって狂気のごとくなったとすれば、それはそのときにおけるわたしであった。

Thursday, May 8, 2025

英語読解のヒント(170)

170. if a day / if a penny

基本表現と解説
  • Why, the husband was seventy, if a day. 「いや、夫はどうしたって七十は確かです」
  • Why, it is worth a thousand, if a penny. 「いや、どうしたって千ポンドの値打ちは確かです」

if a day は年齢について用いられ「少なくとも七十歳」「七十歳は確か」の意味になる。if he was a day old 「一日でも齢を取っているとするなら」の省略形。省略しない形が使われることもある。if a penny も if it is worth a penny 「いやしくも(一ペニーでも)価値があるとするなら」の省略形。

例文1

He measured six feet two, if an inch; he weighed eighteen stone, if a pound.

James Augustus Henry Murray, A New English Dictionary on Historical Principles

彼は身長が六フィートはあった。体重は十八ストーンはあった。

例文2

"Mortimer, if I have told you once, I have told you a hundred times, that singing causes vibrations in the atmosphere which interrupt the flow of the electric fluid, and — What on earth are you opening that door for?"

Mark Twain, "Mrs. McWilliams and the Lightning"

「モーティマー、もう百遍は繰り返したわね。歌を歌うと空気が振動して電液の流れを阻害し、さらに……あなた、なぜ戸を開けるの?」

 if I have told you once は省略すれば if once となる。ただし、省略形を用いるときは hundred times の後に置かれる。また electric fluid だが、昔は電気は目に見えない液体に溜め込まれていると考えられていた。

例文3

The weight of these valuables exceeded three hundred and fifty pounds avoirdupois; and in this estimate I have not included one hundred and ninety-seven superb gold watches; three of the number being worth each five hundred dollars, if one.

E. A. Poe, "The Gold-Bug"

これら貴重品の重量は常衡三百五十ポンドを越えていた。この見積もりには百九十七の豪華な金時計は含まれていない。そのうちの三個は、いずれも五百ドルの価値はあっただろう。

 if one は if it was worth one dollar の省略形。

Monday, May 5, 2025

英語読解のヒント(169)

169. if not

基本表現と解説
  • Of whom should I think, if not of you? 「あなたのことを思わないで誰のことを思いましょう」
  • If not clever, the man was very honest. 「利口ではないが非常に正直だ」

「……でなければ」とか「……ではなくても」の意味になる。

例文1

Some hand had removed that bag; and whose hand could it be, if not that of the man to whom the knife belonged?

George Eliot, Silas Marner

誰かの手がその袋を奪った。その手はナイフの主の手でなければ誰の手であったろう。

例文2

It was now nearly if not altogether daylight....

E. A. Poe, "The Spectacles"

すっかりというわけではないが、ほとんど夜は明けていた。

例文3

The contending arimies were nearly equal in military strength, if not in numbers.

George Warburton, The Conquest of Canada

相争う両軍は、兵数においては差があったとしても、兵力においてはほぼ互角だった。

Friday, May 2, 2025

英語読解のヒント(168)

168. as much...as if / no more...than if

基本表現と解説
  • She thinks as much of her nurse as if she were her own mother. 「彼女は母親を思うほどに乳母のことを思っている」
  • She thinks no more of her nurse than if she never existed. 「彼女は乳母ははじめからいなかったかのように少しも思っていない」

前項とおなじように上記の例文もそれぞれ次の文の省略形である。

  • She thinks as much of her nurse as she would think of her if she were her own mother.
  • She thinks no more of her nurse than she would think of her if she never existed.

例文1

...the girl heeded him no more than if he had been made of stone.

Charles Dickens, Oliver Twist

娘は相手が石ころででもあるかのように少しも注意を向けなかった。

例文2

The English, keeping side by side in a great mass, cared no more for the showers of Norman arrows than if they had been showers of Norman rain.

Charles Dickens, A Child's History of England

密集して一大集団をなしていたイギリス軍は雨のように降りかかるノルマンの矢など意にも介さなかった。まるでそれがノルマンの雨であるかのように。

例文3

The most important requisite for a croquet ground is smoothness of surface. Very good sport may be had on a ground slightly inclined; indeed a little practice will enable the players to make allowance for the inclination, so as to play with as much accuracy as if the surface were horizontal.

Anonymous, Croquet

クロッケーでいちばん大切なのは地面にでこぼこがないことである。やや傾きのあるクロッケー・グラウンドでプレイするのは非常に楽しいことがある。すこし練習すれば傾きを考慮に入れ、地面が真っ平らであるかのような正確さでプレイできるようになるだろう。

Tuesday, April 29, 2025

ケン・グリムウッド「再演」


二人の男女が青年期から中年にいたる期間(一九六三年から一九八八年の四半世紀)を幾度も繰り返し生き直すという物語である。悪くはない。いちおう最後まで読ませる面白さはある。実際ワールド・ファンタジー・アウォードを得ているらしい。しかし通俗的であることは否めない。時間のループにとらわれた彼らが物語の最後にもらす感慨は、古くさい道徳的な響きがあって、異常な体験をした者の認識としてはなんとも物足りない。似たような時間ループを描いたウィリアム・オファレルの「リピート・パフォーマンス」のほうがはるかに出来は好い。こちらは一九四二年の一年を主人公が反覆して生きるのだが、ノワール的な雰囲気が強烈な魅力になっていて、かつ深く考えさせるものを持っている。戦後の成長期と戦時中の独特の暗さが、作品の深みに反映しているのだろうか。

われわれは人生を生き直すことができるなら、過去の失敗は避けることができるだろう、それゆえよりよい人生を送ることができるだろうと考える。しかしなかなかそううまくはいかない。たとえば「再演」の主人公の一人ジェフは野球の試合の結果を知っていたから、二度目の人生では賭けで大儲けをする。このような「知識」は目に見える形で象徴界に影響を及ぼす。

しかしどのような知識を持っていようと、象徴界を操ることはできない。それは知識が不足しているからではなく、象徴界は知識によってはつかまえられないなにかによっても動いているからである。それが現実界の作用である。「再演」も「リピート・パフォーマンス」もその現実界の作用を描いている。つまりいずれの作品においても主人公たちは自分たちの意のままにならない情況にいらだちをおぼえる。

「再演」が詰まらないのは、意のままにならない情況を、登場人物が結局そのまま受け容れることで満足してしまうからである。いってみればニューエイジ的な諦観とでも言おうか。それを東洋的な智恵として受け容れ、終わっているのである。

「リピート・パフォーマンス」においては現実界の作用、象徴界に存在する亀裂が強く意識されている。亀裂を亀裂のまま描き、それを諦観で単純に受け容れていないところがいいのだ。「再演」においては亀裂が糊塗されるが、「リピート・パフォーマンス」においては亀裂が亀裂のまま表現されているのである。どちらが知的起爆力を持っているかといえば、もちろん後者だ。

Saturday, April 26, 2025

バーバラ・キャッスル「シルヴィアとクリスタベル」

 


ヴィクトリア朝後期になると「新しい女」というのが出て来る。文学を読んでいてもしょっちゅう出て来る。これは要するに女権論者、女性の自由を追求する人々のことであり、いまふうの言葉でいうならフェミニストである。なにしろ最初は女は人と考えられていなかったり、財産の所有権が認められていなかったり、投票権も参政権もないという無茶苦茶な状態だったから、これを徐々に改めていかなければならなかった。それを勝ち取る運動の先頭に立ったのが新しい女たちである。

なぜそんな動きがヴィクトリア朝に起きたのか、という疑問が湧いてくるけれど、それは産業が発達し、男だけの労力では足りなくなり、女性も家庭から工場へと活躍の場を移したからである。とくにこのころは戦争が多く、男の数が減っていったからなおさら女性の社会進出が進んだ。社会進出が進めば、それなりの社会的地位を求めたくなるのも当然だろう。

この時期にはたくさんの「新しい女」たちが生まれたが、そのなかでも有名なのがパンクハースト姉妹である。姉はクリスタベル(1880ー)という外交的でダンスが得意な美貌の娘、妹はシルヴィア(1882ー)という内向的で絵が得意だが、顔のほうは十人前といった娘だった。彼らの両親は根っからの女権論者で、彼らの家は同じ思想の持ち主たちのサロンのようになっていた。そのためクリスタベルとシルヴィアも小さい時からフェミニズムの思想に感化された。

父が死んでからは経済的に厳しい状況にあったようだが、シルヴィアは十八才のころ、絵の才能が認められて奨学金を得、マンチェスターの美術学校に行ったり、ヴェニスへ留学することになる。その後父の功績をしのんで立てられる記念会館を装飾する仕事を任されるのだが、なんと、その建物に女は入れないことを知る。男性専用のクラブが付属していたため、というのがその理由だが、それに怒ったシルヴィア、姉のクリスタベル、母親のエメリンは Women's Social and Political Union (女性社会政治同盟 WSPU)を設立する。

姉のクリスタベルは知性と弁舌にすぐれ、生まれながらの指導者的存在だった。マンチェスター大学で法学を学んでいるとき、さっそく女性運動の団体に目をつけられ、以後、政治活動に身を投じることになった。優雅で美貌の持ち主であったが、その女性運動は過激で、WSPU で活躍しながら何度も投獄された。当時女は政治家になれなかったから、男だけで作られた法律を守る必要はないという理屈を立て、投石・放火までやった。自分でもそのやり方の過激さを自覚しており、投獄は覚悟の上で抗議活動をしていた。

シルヴィアはクリスタベルの闘争的な運動に疑問を感じつつも、姉の熱心な協力者だった。WSPU は女性の投票権獲得だけを目的にしていたが、彼女は女性だけでなく、貧しい人々すべての生活を向上させなければいけないと考えていた。また彼女は芸術家だったから、芸術にゆかりのある場所に放火したりすることには反対だった。彼女がたまたま WSPU のリーダーシップを取っていたときは、そうした場所に実際に火をつけるのではなく、松明をなげるふりという象徴的行為で充分だと判断した。

わたしはシルヴィアの穏健な考えを支持するが、しかし女権運動を圧殺しようとする権力側のやり方もえげつない。器物損壊や放火の罪で逮捕された WSPU のメンバーは獄中でハンガーストライキを行った。そうすることで早く釈放されたからである。ところが後になると警察は、ハンガーストライキをする女性たちを力でおさえつけ、無理やり口にチューブを押し込み、食事を流し込むということをやりはじめたのだ。この強制的な食餌は危険で、チューブが気管支に入り、危険な状態に陥った女性もいた。シルヴィアもこの強制的な食餌を経験し、激怒している。政治家に何度もだまされ、嘲笑され、さらにこんなことをされたら、運動が過激化するのも当然だろう。

シルヴィアは考え方の違いから WSPU を追放されるが、その後独自の団体をつくった。そして貧困層の訴えを無視し続ける時の首相が団体の代表団と会うまで、食べることも飲むこともやめると決死の覚悟を決め、とうとう首相も折れて彼らと会わざるを得なくなったという。本書の作者は、この出来事がシルヴィアが伝記に記しているほどドラマチックなものであったかどうかはわからないが、と書いてはいるが、それでも相当な胆力の持ち主であったと思われる。

この本は一般向けに書かれた偉人伝シリーズの一冊なのだが、よくまとまっていると思う。パンクハースト一家の活躍は二十世紀初頭のイギリスの歴史を勉強した人なら誰でも知っているだろうが、姉と妹の考え方が対蹠的なことや、姉がアジテーションの達人であったこと、第一次世界大戦中、クリスタベルはドイツとの戦いを優先させ、女権運動を停止していたことなどは、わたしははじめて知った。また女性たちの過激な活動を読みながら、現代のフェミニストのなかにもある種の行き過ぎが見られることを思い、これは社会を変えていく上で、あるいは男性的なるものに対抗する上で、必然的に生じてしまうものなのだろうかと考えてしまった。シルヴィアの自伝はすぐれた作品と聞いているので、近いうちに読んでみようと思っている。ちなみに彼女の生涯をもとに「シルヴィア」(未完成版)というミュージカルが公開されたのは2018年、完成版が公開されたのは2023年のことである。

Wednesday, April 23, 2025

ジェフ・ヴァンダーミア「滅び」

 



SFといってもスペースオペラのような作品はあまり好まない。しかし Speculative Fiction には目がない。フィリップ・K・ディックの小説やサマンサ・ハーヴェイの「軌道」、また、タルコフスキーの「ストーカー」みたいな映画は大好きである。ジェフ・ヴァンダーミアの「滅び」も謎めいた Speculative Fiction だと教えられ、さっそく読んでみた。

詳しい説明はないが、舞台はどうやら未来世界らしい。人々は汚染された環境のなかで生活しているようだ。その世界のなかにエリアXという特殊な地帯が存在していた。「ストーカー」のゾーンみたいな場所で、そこには自由に入ることが出来ないようになっている。政府だかなんだかわからない機関が、何度も探検隊を送り込むのだが、隊員たちは集団自殺したり、お互いに銃を向け合って殺しあったり、癌で死んでしまったりしている。本書に描かれているのは十二番目の探検隊の活動である。

これは女ばかり四名から成る探検隊だ。名前は挙げられず、ただ人類学者、測量師、心理学者、生物学者と呼ばれている。なぜ女ばかりが選ばれているのか、わからないし、また彼らはお互いをほとんど知らない。なのにチームを組んでエリアXの地形やら環境について観察し、報告しなければならないのだ。

この物語はわからないことだらけである。世界はどのような状況にあるのか。忽然とあらわれたエリアXとはなんなのか。どちらの領域に関してもまったく説明がないだけに、上下左右判別のつかない宇宙空間に放り出されたような茫漠とした印象しかない。また、四人の隊員はだれなのか。名前もわからなければそのバックグラウンドも不明である。かろうじて語り手である生物学者については多少の情報が与えられるが、しかし充分とは言えない。かえって謎を深めているくらいである。幾度も探検隊を送り出している組織もいったいなんなのか、はっきりしない。エリアXに強い関心があるからこそ、何度も探検隊を送るのだろうが、その目的がさっぱりわからない。隊員たちをだましているような様子すらある。こんな物語を延々と読まされ、人によっては怒り出す人もいるかもしれないが、しかしわたしはこの茫洋とした感じにどこかカフカ的なものを見出し、かえって面白いと思った。

古山高麗雄が「半ちく半助捕物ばなし」という不思議な小説を書いている。これも主人公が自分を取り巻く状況を把握できず、自分の意志を超えた現実に翻弄される話だ。わたしは本書を読みながらそれも思い出した。

この手の作品はだいたい悪夢的な印象を残すが、とりわけ「滅び」は主人公=語り手である生物学者の夢を描いたものと見るべきではないだろうか。作品の曖昧さは夢の曖昧さとそっくりである。そしてエリアXは人間の心的空間のように読めはしないか。境界とか塔とかドッペルゲンガー、また、探検がすべて失敗に終わっていることや、エリアXの内部には外部へ通じる四次元的なループホールが存在していることなど、どう見ても精神分析学的な読解を誘っているとしか思えない。わたしは天の邪鬼だからそういう誘惑には抵抗して、別の角度からの読解を考えたいところだが、しかし一応誘惑に乗った振りをして、どんな帰結が引き出せるか、見てみたいところではある。

またこうした物語には一種の転倒現象が起きることにも注意しなければならない。一見すると「滅び」はエリアXを冒険する物語のようだが、その中心は付随的に語られる生物学者とその夫の関係ではないだろうか。映画「禁じられた惑星」はモンスターとの戦いが眼目だが、しかしこのモンスターはスターシップに乗っている若者たちや科学者の関係を表象するものである。SFらしい派手な場面は、じつはヒューマンドラマを別の形で描いているのだ。こういう転倒が「滅び」のなかでも起きているのではないか。

英語読解のヒント(230)

230. may well (3) 基本表現と解説 Well may he ask that. Well might he ask that. 前項よりさらに強勢をつけるために may well を倒置して well may とし、これを主語の前に置くこともある。 ...