キャロル・ジョン・デイリのハードボイルドで、探偵レイス・ウィリアムものの一冊。1924年に発表され、ウィキペディアによるとレイス・ウィリアムのシリーズとしては三冊目にあたるようだ。「ブラック・マスク」誌に掲載された、スラング満載の中編小説だ。
作品の話をする前に、ウィキペディアから作者の情報を書き抜いておく。キャロル・ジョン・デイリ (1889-1958) はニューヨークに生まれ、演劇学校を出たあと、案内係や映写技師、役者、映画館の開設などをやり、とうとう作家に転じたという。最初の犯罪小説を書いたのは33歳の時だ。デイリは静かな人生を送ってきた温厚な人物で、小説の主人公であるハードボイルドなアンチヒーローはまったくの想像の産物であるらしい。
ハードボイルドというジャンルを生んだ一人として、彼は重要な存在だ。人気も高く、同時代のダシール・ハメットだけでなくミッキー・スピレーンなどらにも影響を与えた。しかし今の視点からすると quaint (古風で風変わり)と camp (大袈裟で芝居がかっている)を足して二で割ったような印象を与えると評する人もいるようだ。ウィキペディアの記述だけではなんだかよくわからない批評だが、わたしの言葉で言うと、デイリは古い冒険ロマンやセンセーション・ノベルの要素と、スピード感、バイオレンス、非倫理的世界という新しい感覚とを混在させた世界を描いていたと思う。新しいジャンルを創設するときはどうしても古いものと新しいものがまじってしまうものだ。
本書は、腕を三角巾で吊っているヤクザ者がウィリアムの事務所を訪れ、とある仕事をやれと彼にむかってすごむ場面からはじまる。その仕事の内容を依頼人は詳しく語ろうとしない。若い女が関係していることはわかった。そして仕事を引き受けた場合、大金が支払われることも。しかしウィリアムは脅しをかけてくる相手の態度が気に入らない。彼は三角巾で吊った腕にはピストルが隠されていると見抜き、先に拳銃をぶっぱなして彼を撃退する。わたしが気に入ったのは、その後の展開のさせかただ。主人公=語り手であるウィリアムはこう話をつづける。銃の音は周囲に聞こえなかったはずだ、昼休みの時間で誰もいないし、壁には防音効果のある素材が使われている、などと部屋の中の話をはじめ、そしてクロゼットには若い女が隠れていたことを、ようやくここで明かすのだ。しかも彼女こそつい先ほど、「仕事」の対象としてヤクザ者がしゃべっていた「若い女」なのである。なるほど、ウィリアムがヤクザ者を追い払ったのは、彼の態度が気に入らなかったからだけではなかったのだ。冒頭で読者の注意を惹く荒事を描き、それが一段落したあとで、ゆっくりと物語の背景を説明する、というのは、十九世紀に完成された物語の運び方だけれど、デイリはちょっと工夫を凝らし、荒事の興奮を継続しながら事件背景を「若い女」に説明させている。ここはなかなかいい。
表題のレッド・ペリルは、詳しく言うとネタバレになるので、まあ、稀代の女盗賊とだけ言っておこう。叔父に財産を狙われた美少女を助けようと、レイス・ウィリアムは敵地に乗り込むのだが、罠にはまって危地に陥ったとき、彼女が助けてくれるのだ。すでに書いたように、ハードボイルドでありながら、この作品はなんとも古い冒険ロマンを感じさせる。叔父に財産を狙われる美少女などというのも、コリンズの「白衣の女」と同様の設定で、キャロル・ジョン・デイリが古いセンセーション・ノベルとハードボイルドという新しい形式の両方を混合させていることがわかる。
こういう作品が二十年代は人気だったのかと、ハードボイルドの歴史を知る上でも貴重な作品だと思う。