Saturday, June 29, 2024

知られざる女流ミステリ

女流ミステリのなかで印象に残っているものを四つ挙げてみる。といってもこのブログらしく日本では翻訳が出ていないものを選ぶ。わたしにとって印象深いというのは、考えさせる力をもった作品ということである。


Fear Stalks the Village(1932)

Ethel Lina White

エセル・リナ・ホワイトは代表作の Some Must Watch や The Wheel Spins もいいが、わたしはとりわけこの本を推す。喧騒と悪徳の都会から遠く離れた田舎町は、純粋と美徳の結晶のように思われたが、その純粋と美徳の核心に悪が存在していることを、つまり美徳と悪が共存関係にあることを、見事に描いている。これは十九世紀の「オードリー夫人」以降、女流ミステリ・サスペンスによってずっと受け継がれてきたテーマといってよいのではないか。


He Arrived at Dusk (1933)

R.C. Ashby

ロマンス小説や児童小説で有名なアッシュビーだが、ミステリやサスペンスも書いているらしく、そのうちの一冊が本書だ。怪奇小説の雰囲気を濃厚に漂わせながら、最後で読者にあっと言わせる、見事な小説である。「バスカビル家の犬」から続くミステリの伝統を受け継ぎつつも、モダニズム運動を経過したあとの、物語形式に対する鋭い意識でもって書かれている。タランティーノ監督の「フロム・ダスク・ティル・ドーン」も、一つの作品のなかでジャンルの切り替えが行われて、あっけに取られるが、小説の世界では1920年代からそういう技法が開発されている。


Bedelia (1945)

Vera Caspary

カスパリイといえば「ローラ」が真っ先に思い浮かぶが、本書もファム・ファタールものの傑作である。雪に閉ざされた狭い空間の中で、美しく、魅力たっぷりの若妻が、じつは連続殺人犯であることが暴かれる過程はじつにスリリングだ。これも「オードリー夫人」以来の設定やテーマを活用していることに注目していただきたい。


Now Lying Dead(1967)

Olive Norton

オリーブ・ノートンを知っている人はまずいないと思うが、本書は掛け値なしの傑作である。まさに「知られざる名作」である。ノートンのミステリは無意識を含めた人間の心の動き方に焦点を合わせている。本書では精神分析で言う転移関係も描かれていて、興味が尽きない。同様のテーマを扱った、マーガレット・ミラーの「狙った獣」やパトリシア・ハイスミスの「見知らぬ乗客」にも負けない、洞察力に満ちた作品だ。

Wednesday, June 26, 2024

ヴィータ・サックヴィルウエスト「ウエストイーズの悪魔」

 


Furrowed Middlebrow は、二十世紀前半に活躍した作家たち、それもあまり知られていない女流作家たちに注目したウエッブサイトだ。サイトの管理人スコットさんはサンフランシスコに住み、出版業にも関係しているらしい。アメリカの女流作家のリストや、第二次世界大戦を扱った作品のリスト、ミステリを書いた女流作家のリストなど、貴重な資料を提供している。そのリストの一つを見ながらびっくりしたのは、ヴィータ・サックヴィルウエストがミステリとSFを、それぞれ一冊ずつ書いているという事実を知ったことだ。サックヴィルウエストといえばヴァージニア・ウルフとの親密な関係でよく知られた作家である。あの彼女がミステリを書いていた! 椅子から飛び上がりそうなくらいびっくりした。なにしろ彼女は普通の小説と紀行文でならした人なのだから。このたびようやく本を手に入れたので(スコットさんが言うように、なかなか入手が難しい本だ)レビューしておく。

本書は有望な若い作家で、第二次世界大戦中は空軍に属し爆撃機に乗っていたロジャーが表題にあるウエストイーズという鄙びた村へ行き、水車小屋を購入するところからはじまる。ここでのんびりと新しい作品の想を練ろうというのだ。近くにいるのは牧師、その妻と娘、地主、貨幣学の教授、村に一時的に滞在している画家などである。物語の最初の四分の一くらいは、ロジャーとこうした人々との付き合いが描かれている。ロジャーは出会った瞬間から画家を毛嫌いし、その作品になにか不吉なものを感じている。そして牧師の娘とは仲が好くなり、二人の間には恋愛感情が芽生えていく。

そんなときに突然牧師が殺害される。吹雪の夜、大量のクロロフォルムをかがされ、彼は死んだ。スコットランドヤードから刑事が派遣され、捜査が開始される。そしてあろうことか、殺害の当日、いささか不可解な行動を取った牧師の娘に疑惑の目が向けられるようになるのだ。

そしてさらに貨幣学の教授が失踪する。彼は失踪前に、自分の身になにかがあったならある手紙がロジャーに発送されるよう手続きを取っていたのだが、その手紙も消えてなくなった。教授はどこへ消えたのか。殺されたのか。手紙はなぜなくなったのか。

 これ以上は筋の紹介は出来ない。わたしはある手掛かりを得て、すぐにホームズものの短編を思い出し、あのトリックだなと思い当たった。たぶん大勢のミステリファンも犯人をあてることが出来るだろう。しかし本文の最後に置かれた「後書き」を読んで、こんなところでどんでん返しをくらうのか、と思わずにこにこ顔になるにちがいない。物珍しさで手にした本だが、けっこう楽しめた。

Sunday, June 23, 2024

ウィリアム・マーチ「九十九の寓話」


ウィリアム・マーチ(1893ー1954)は「K中隊」「悪い種」「姿見」など注目すべき作品を書いたが、今は忘れられた作家になってしまった。わたしは代表作といわれる「姿見」はまだ読んでいないが(けっこう大きな本で気合いが入ったときでないと読み出せない)「悪い種」にも「K中隊」にも感銘を受けた。作家には、創作意欲の衝動に突き動かされて闇雲に書くというタイプと、自分が書きたいことを明確に意識化し、計画立てて書くタイプがいるが、ウィリアム・マーチは後者のタイプではないだろうか。話の内容が非常に理知的に整理されている印象がある。「九十九の寓話」はタイトル通りの寓話集である。寓話は最後に示される教訓が納得されるよう、効果的に短い話を構成しなければならない。ウィリアム・マーチには適した物語形式ではないだろうか。

その中に、軍備増強を目指す今の日本にぴったりの一編があったので、訳出しておく。この一編にかぎらず本編の寓話の多くが二十世紀の政治状況を反映している。


象と羚羊


永いこと羚羊と象はいさかいもなく暮らしてきたが、あるとき羚羊は自分たちが力の面で象に劣ることを意識しだした。「われわれは象となかよくやっているし、これからもずっとそうであることを望むが、今は起こるとは思えぬ攻撃を受けた時のことを考え、われわれの立場を強化しておこう」

そこで彼らは歩哨の数をそれまでの一人から、十人、十二人に増やし、くさび形の隊形を組んで見張りに当たるようにした。象たちは羚羊たちの変化に戸惑い、その理由を尋ねた。羚羊は自分たちの立場を説明した。「だが、どうしてだね」と象は訊き返した。「これまでわたしたちがきみらを傷つけたことなどあるだろうか」

「いいや」と羚羊は言った。「偶然、惨事に襲われたときの用意だよ」それでもまだ困惑したままの象は額をあわせて協議し、象と羚羊の関係は緊張したものになった。とうとう象は羚羊を疑いの目で見たり、彼らを避けるために顔を背けるようになった。「ほら、どうだね」と羚羊は言った。「思っていた通りにうまくいっているじゃないか」かくして事態はいっそう悪化し、今や心底おびえた羚羊は防塞を築き、地面を掘りはじめた。

ジャングルの端からそれを見ていた大勢の象は、パニックを起こしてどっと走り出し、羚羊のとりでに襲いかかってそれを突き毀し、生き残った羚羊を森のなかへ追いやった。

惨事を予想する者が失望することは滅多にない。


Thursday, June 20, 2024

ロバート・エドモンド・オルター「野蛮への道」

 


ロバート・エドモンド・オルターは1925年、サンフランシスコに生まれ、なんと65年に亡くなってしまった短命のパルプ作家。児童文学、歴史小説、ノワール風のミステリなどいろいろなジャンルに手を染めたが、「野蛮への道」は死後出版されたSFである。戦争に至った詳しい記述はいっさいないのだが、どうやら核戦争が起きて世界の文明は滅び、生き残った人々は(少なくともアメリカにおいては)ネアンデルタールと呼ばれる蛮族、フロッカーズと呼ばれる集団生活者、そして単独で放浪の旅をするローナーと呼ばれる人々に別れていった。映画「マッドマックス」のような暴力的終末世界を描いている。

主人公はローナー(単独放浪者)であるフォークという男。彼はトンプソン式機関銃を持ち、それで襲いかかる敵をなぎ倒しながら水や食糧を求めて移動を続けている。ときどき女に出会うとタバコと引き換えに(この世界でタバコは貴重品なのだ)セックスをしたりもする。

彼はデパートを根城に集団生活を送るフロッカーズに偶然加わる。そこはランという男が指導者として君臨している。ランは集団を維持するために、集団からの脱落者を殺しさえする冷酷な男だ。フォークとランは出会った瞬間から、いつかは決着をつけなければならない間柄となる。女性関係のもつれからその決着の時は意外とはやくやってきた……。

最初から機関銃が派手に火を噴き、最後までアクションが連続する作品だが、同時にフォークの放浪の旅はバンヤンの「天路歴程」のような寓意性をもっていて、彼は「美しい二人」やら「清潔な娘」やら「孤独な牧師」に出会ったりする。この寓意性は最後まで続くのだが、正直に言って、生々しい暴力やセックスとは水と油のようにうまく混じり合ってはいないように思えた。文明が滅び、秩序が失われた世界においても、なお人間らしい生き方を求めようとする欲求、それがフォークのなかに芽ばえる様子は、寓意的な仕掛けがなくても充分に伝わるのではないか。

核戦争によってもたらされる終末世界と、古い文学的伝統を持つ寓意的世界を重ね合わせようとするなら、もうちょっと工夫が必要だ。しかし暴力的な場面はなかなか迫力がある。とりわけ最後の決闘の描写はページをめくる手がとまらなかった。わたしが読んだのは Avon のペーパーバックだが、誤植が目についたことも付記していおく。

Monday, June 17, 2024

独逸語大講座(21)

Ein Derwisch1 kam vorbei,2 ein frommer,3 ganz abgemagerter4 Mann im Bußgewand.5 Sie machten ihn zum Richter über6 sich. Als er aber das Mädchen erblickte,7 rief er wahnsinnig aus8: „Sie gehört keinem von euch, sondern9 mir! Das ist ja10 meine Frau! Alles, was sie an sich11 trägt,12 ist von13 mir. Wir hatten uns14 ein wenig gezankt, darum lief sie von mir fort.15 Ich suchte sie überall, um mich16 mit ihr zu versöhnen. Hier habe17 ich sie endlich!"

So miteinander18 zankend19 tamen die fünf mit dem Mädchen in eine Stadt. Sofort begaben20 sie sich zu dem Polizeihauptmann.21 „Ihr lügt22!“ schrie23 dieser24 fast außer sich25 vor26 Liebe, „was ihr da27 sagt, ist alles eine freche28 Lüge29! das ist ja30 die Frau meines Bruders! Räuber31 haben ihn umgebracht32 und die Frau entführt33 Gott sei Dank,34 da ist sie35! Ihr seid alle35 Räuber, ich verhafte euch alle!”

訳。一人の回々教の行者が ein Derwisch 通りすがった kam vorbei, 〔それは〕懺悔衣を着た im Bußgewand 敬虔な、すっかり痩せこけた男〔であった〕 ein frommer, gar abgemagerter Mann. 彼等は sie その男を ihn 自分達を裁く審判者に zum Richter über sie した machten. ところが aber 彼が娘を看るというと als er das Mädchen erblickte 彼は気を狂わして叫んだ rief er wahnsinnig aus: 「彼女はお前達の中の誰にも属しない „これは俺の妻ではないか! das ist ja meine Frau! 彼女が身に附けて持っているものは凡て alles, was sie an sich trägt 俺から〔受けた〕ものだ。 ist von mir. 俺達は一寸ばかり喧嘩をしたのだ wir hatten uns ein wenig gezankt, だから darum 彼女は俺の所を逃げ出したのだ lief sie von mir fort. 俺は ich 彼女と仲直りをするために um mich mit ihr zu versöhnen 彼女を方々探していたのだよ suchte sie überall. さては到頭こんな所で取っ捉まえた」 Hier habe ich sie endlich!“

そう云う風に so お互いに miteinander 喧嘩しながら zankend 五人の者は die fünf 娘と共に mit dem Mädchen 或る町へやって来た kamen in eine Stadt. 直ぐ様 sofort 彼等は sie 警察署長の所へ zu dem Polizeihauptmann 赴いた begaben sich. 「お前たちは嘘をつくのだな „ihr lügt!“ 〔と〕後者は dieser 愛慾に〔眼が昏んで〕 vor Liebe 殆んど我を忘れて fast außer sich 叫んだ schrie, 「お前達が其処に申し述べる事は „was ihr da sagt, すべて怪しからんぬ嘘だ ist alles eine freche Lüge! これは本官の兄弟の細君ではないか! das ist ja die Frau meines Bruders! 盗賊共が彼を殺して Räuber haben ihn umgebracht そして und 妻を連れ去ったのだ die Frau entführt! お蔭様で Gott sei Dank, 其処に彼女はある〔女は見附かった、此の通り眼前にいる、の意〕da ist sie! 貴様等はみんな追剥だ Ihr seid alle Räuber 俺は貴様等をすべて召し捕えるぞ」 ich verhafte euch alle!“

註。――1. 回々教、即ちマホメット教の托鉢僧、苦行僧、乞食坊主である。(つまり最も娑婆気のないものまでが煩悩を起こす所を表そうとしてこんなものを持ち出した訳である)。――2. vorbeikommen (通りすがる、側を通過する)。――3. fromm (英 devout, pious)=gläubig 信心深き。――4. mager (英 meagre)「痩せた」と同じ。――5. Buße, f. は懺悔。懺悔衣は普通馬の髪の毛で出来ていて、毛の端がみんな中の方に向いていて、ちくりちくりと肌を刺す様になっているのだそうである。――6. 「支配する」という概念のある所には必ず über という前置詞が用いられる。zum Richter über sich は、つまり自分達凡てを支配すべき、即ち自分達の上に立って生殺与奪の権を握る裁判官に、の意。――7. sehen 見る ansehen 眺める、顔を見る erblicken 一瞥する、瞥見する schauen 観る、――は各々少しずつ違う。――8. ausrufen は英語の exclaim で、aus= は ex- に当る。単に rufen というのよりは強くなる。――9. sondern (英 but)は普通は日本語に訳しない方がよろしい。強いて訳語を当てはめるとすれば「そうでなくって」「むしろ」等と云わなければならないが、それも何だか変である。第二巻読本部の第八課 A の註 9 を見よ。――10. 文章の中に這入った ja は、英語の yes ではなく、むしろ単なる助詞である。それは文全体の語勢を強め、同時に「敢て言うにも及ばない事だが」と云ったような、わかり切った事実を述べる時に用いられる。だから「……ではないか!」と訳すれば略その意が表れる。――11. an sich は「身に附けて」――an sich tragen (身に附けている、携えている)は熟語。――12. tragen が Umlaut (変音)の印を採る所に注意。(第二巻 119).――13. 此の場合の von は英語の from に相当し、「由来」「発するところ」「出場所」「出発点」を指す。――14. sich zanken 喧嘩する。――15. fortlaufen 駈け走る、即ち遁げ出す、出奔する。――16. sich versöhnen (和解する)は必ず mit jemandem (誰々と)を伴う。――17. haben という簡単な何でもない字の使い方に注意を要する。「捕える、見つけ出す、手に入れる、到達する」ことを haben で言い表わすのが西洋語一般の習慣である。古くは拉丁語に於ても habere (持つ)の語幹 hab- と capere- (捕える)の語幹 cap- とはお互いに歴史的に関係があるのである。(c と h とが相通ずる事は次の例を見てもわかる。

拉丁語独逸語英語
caputKopf, Haupthead, (cap.)
cord-Herzheart
canisHundhound
centumhunderthundred
cornuHornhorn
a-cerbusherbharsh辛酸な
それから p と b とは、清音か濁音かの差で、結局同じものである。)以上は一寸した語源的考察であるが、要するに欧洲語に共通な或種の現象には矢張歴史的根拠があると云う事を証明したまでである。別に拉丁語まで遡らなくても、ドイツ語の中でも Haft (捕縛) verhaften (捕縛する)等の中には haben の幹が這入っている。――ich habe dich! (やい、つかまえたぞ)といえば、つまり ich habe dich in meiner Hand! というに等しいのである。――18. mit=einander の構造に就ては第二巻 157。――19. zanken の現在分詞。――20. sich begeben (赴く)。――21. Polizei が「警察」 Hauptmann が「長」。――22. lügen, log, gelogen 「嘘を吐く」。――23. schreien, schrie, geschrieen (叫ぶ)。――24. dieser を「後者」(英 the latter)の意に用いる事は第二巻 180 で述べた。―― 25. außer sich は既に außer sich geraten (我を忘れる)が出た時に述べた。―― 26. vor は前に一度述べた「……のあまり」である。―― 27. 此の da は、文字通りに訳して、其方共が『其処』に申す所の事柄は、と云えば大抵わかる。つまり、必ずしも『其処』という場所を指すのではなくて、単に具体性を与え、躍如とせしめ、眼に見える様に浮び出させたいと思う時に挿入する助詞なのである。―― 28. frech は「生意気な」「横着な」といっても好い。―― 29. lügen (嘘を吐く)と云う動詞と関係がある。―― 30. 此の ja については、此の章の註 10 を見よ。―― 31. Räuber に冠詞がないのは、単数ならば ein Räuber と云う所だからである。der Räuber の複数は die Räuber だが、ein Räuber の複数は単に Räuber である。つまり einige Räuber (数名の盗賊)と云うに等しい。―― 32. umbringen, brachte um, umgebracht 殺す。―― 33. entführen 誘拐する、浚う、連れ出す。ent= という前綴は weg=, fort, ab, と同じく、(英語の away)「……し去る」の意を持っている。führen は「導く」。―― 34. 文字通りには、「神に感謝あれ」。――「お蔭で」「まあよかった」と云う熟語。―― 35. これも前述の da habe ich sie! と同じで『其処に彼女はいる』と云えば直訳で、意味は『到頭見つかった』または「さては帰って来たか』。――36. 『汝等はすべて盗賊だ』と訳してはいけない。即ち alle Räuber と結び附けては誤で、alle 〔みんな〕は副詞的に考える。

Friday, June 14, 2024

英語読解のヒント(120)

120. far from (4)

基本表現と解説
  • Far be it from me to say anything unpleasant. 「不快なことをいうつもりは毛頭ない」

願望の仮定法から派生した形で、On no account would I say anything unpleasant. とか It is not my wish to say anything unpleasant. とおなじ意味。to 不定詞の代わりに名詞を用いて、たとえば Far from me the intention of describing the siege of Orenbourg. 「オレンブルグの包囲攻撃について記述する気は毛頭ない」のように言うこともできる。

例文1

Far from me the intention of minimizing the efficacy of prayer, but the Almighty is very busy; don't ask Him to do for you what it is in your own power to do for yourself.

Max O'Rell, Between Ourselves

お祈りの効果を軽んずるという考えはわたしには毛頭ない。しかし神さまはなかなかご多忙でいらっしゃるから、自分でできることはお願いするものではない。

例文2

Far be it from me to say anything that might imply any shade of contempt or disapprobation of the humorous spirit that is Nature's own remedy for the evils of an anxious life.

Philip Gilbert Hamerton, Human Intercourse

ユーモアの精神を蔑んだり非難するつもりは少しもない。それは憂き世の労苦を癒やそうとする自然自身の治療法なのだ。

例文3

 "She is as honest as any woman in England, and as pure for me," cried out Henry, "and, as kind, and as good. For shame on you to malign her!"
 "Far be it from me to do so," cried the Doctor.

William Makepeace Thackeray, The History of Henry Esmond, Esq.

 「彼女はイギリスのどの女の人にも負けない正直な人だ。そしてわたしにとっては純粋な人だ」とヘンリーは大声を出した。「しかも親切で善良だ。あの人をけなすなんて恥を知れ」
 「けなすつもりなんて毛頭ありませんよ」と医者は言った。

Tuesday, June 11, 2024

英語読解のヒント(119)

119. far from (3)

基本表現と解説
  • The storm, far from abating, increased in its fury. 「嵐は止むどころではなく、ますます烈しくなった」

「……どころではなく……だ」という構文の中で使われるケース。so far from という形で使われることも多い。

例文1

Time, far from softening, imbittered him the more against his son.

Charlotte M. Braeme, Dora Thorne

歳月は息子にたいする彼の気持ちをやわらげるどころか、かえって憎しみをつのらせたのだった。

例文2

Give human beings an education of from fifteen to twenty years' duration, if you can; otherwise, nothing! Anything less, so far from making them any wiser, only destroys their natural amiability, their instinct, their innate sound reason, and renders them positively unendurable.

Georg Brandes, Eminent Authors of the Nineteenth Century Literary Portraits (translated by Rasmus B. Anderson)

できうるならば人間には十五年から二十年は続く教育を与えよ。それ以下の教育は、人間を賢くするどころか、生来の社交性、本能、生まれつき持っている良識をだめにし、じつに鼻持ちならない人間をつくるだけである。

例文3

The din at the door, so far from abating, continued to increase in volume, and at each blow the unhappy secretary was shaken to the heart.

R. L. Stevenson, New Arabian Nights

戸をたたく音はやむどころではなく、段々高くなってきた。しかも叩かれるたびに不幸な秘書は心から震え上がるのだった。

Saturday, June 8, 2024

英語読解のヒント(118)

118. far from (2)

基本表現と解説
  • His was a far from refined taste. 「彼の趣味はけっして上品ではない」
  • He was far from being satisfied. 「彼はけっして満足していなかった」

far from の句が副詞句として用いられるケースを示す。二つ目の例文の being は省略することが可能。

例文1

Whatever these two ladies may have thought, they were very obviously interested, and if they were amused, it was in a far from unfriendly fashion.

William Black, A Princess of Thule

ふたりのご婦人がなにを思ったにしろ、とにかく興味を抱いたことはきわめてあきらかだった。彼らが面白がったとしても、それはけっして馬鹿にしたような面白がり方ではなかった。

例文2

The refectory was a great, low-ceiled, gloomy room; on two long tables smoked basins of something hot, which, however, to my dismay, sent forth an odour far from inviting.

Charlotte Bronte, Jane Eyre

食堂は大きな、天井の低い、暗い部屋だった。二つの長いテーブルの上にはなにか熱いものの入った皿が湯気を立てていた。しかしその匂いは食慾を誘うようなものではなく、わたしは幻滅を感じた。

例文3

His manners are far from pleasant.
His manners are anything but pleasant.
 The phrase "far from" is equivalent to "anything but"....

John Collinson Nesfield, English Grammar, Past and Present

彼の態度はけっして気持ちのよいものではない。
彼の態度はまったく気持ちのよいものではない。
 far from という句は anything but とおなじ意味になる……

Wednesday, June 5, 2024

英語読解のヒント(117)

117. far from (1)

基本表現と解説
  • I do not blame him — far from it! 「彼を非難したりしません。そんなつもりは毛頭ない」

far from の句が間投詞的に用いられる場合は not at all とか not a bit of it のような意味になる。

例文1

I am not perfect — far from it — but I know I could not lie to you

Max O'Rell, Between Ourselves

僕は完全じゃないよ。とても完全とはいかない。でもあなたにたいして嘘は言えない。

例文2

I'm not a romantic sort of person — far from it — the sort of life I had hitherto led was not of a nature calculated to foster a belief in that sort of thing.

Guy Boothby, A Bid for Fortune

わたしはロマンチックな人間ではない。まったく違う。わたしがこれまで送ってきた人生は、わたしにロマンスを信じさせるようなものではなかった。

例文3

 "Ah! you don't know him," she said, with a sigh of relief. "Are you a man of rank and title yourself?"
 "Far from it. I am only a drawing-master."

Wilkie Collins, The Woman in White

 女はさも安心したらしく、ほっと息を吐いて「それではあなたはその人を知らないんですね。あなたご自身は地位や身分のある方ですか」
 「とんでもない。ただの絵の教師です」

Sunday, June 2, 2024

英語読解のヒント(116)

116. would fain

基本表現と解説
  • I would fain be friends with him for your sake. 「あなたのために喜んで彼と仲善くします」

この fain は gladly とか willingly とおなじ。

例文1

If she would fain have undone her evil deed, she never owned it.

Charlotte Mary Brame, Wife in Name Only

悪事をなかったことにしたいとは思っていても、けっしてそれを白状はしなかった。

例文2

“I would fain have been loved, not feared,” murmured Beatrice, sinking down upon the ground.

Nathaniel Hawthorne, "Rappaccini's Daughter"

「わたしは愛されたかった。怖れられるのではなく」ベアトリーチェはそうつぶやいて地面にくずおれた。

例文3

I would gladly have made some inquiries respecting the man, and asked who he was, but knew not to whom I should address myself....

Adelbert von Chamisso, The Shadowless Man

わたしはその人についていろいろ尋ね、どういう人か聞いて見たかったのだが、誰に言葉をかけたらいいのかわからなかった……

関口存男「新ドイツ語大講座 下」(2)

§2. Der ? ach, dem traut ja keiner. あいつか?へん、あんなやつに誰が信用するものか。 trauen : 信用する。 ja : (文の勢いを強めるための助辞)  前項のは名詞に冠したものでしたが、こんどは名詞を省いたもの...