チャーチルは一作だけ長篇小説を書いている。それがローレニアという架空の国家を舞台にした政治小説「サヴローラ」だ。
ローレニアという国は内戦後、独裁者によって支配されるようになった。それに対する革命勢力を率いるのが表題のサヴローラという男である。
独裁者モラーラは革命勢力の秘密の活動について情報を得ようと、みずからの美しい妻ルシールをスパイとしてサヴローラに接近させる。
ところがルシールは、果断で知性的なサヴローラに恋をしてしまうのである。
彼女がサヴローラに接触した晩、革命勢力はついに行動を起こし、王宮に攻め入ろうとする。迫力のある戦闘場面がつづく。
独裁者モラーラはついに革命勢力によって殺害される。
ところがモラーラに忠実な海軍がローレニアに戻って来て、革命勢力の指導者サヴローラを引き渡さなければ首都を砲撃するという。革命勢力はその要求をのむが、サヴローラはルシールとともに逃げ出し、首都は海軍の攻撃によって崩壊する。
ざっとこんな話である。前半は美しいスパイによるハニートラップが描かれるが、後半はすさまじい市街戦が展開される。この部分はなかなかの迫力だ。革命軍は小麦粉が詰まった袋をつみあげて塹壕を築くのだが、それに敵の銃弾があたり「クリームのように白い奇妙な煙があがった」というあたりに、わたしはリアリズムを感じた。
すばらしく硬質な文章で、物語の展開のさせかたも堂に入っている。チャーチルの教養を存分に味わうことが出来る作品だ。サヴローラがチャーチルにとって理想的指導者であったのか、また、ルシールはチャーチルの母親をモデルにしているらしいが、この作品にオイディプス的欲望を読み取るべきなのか、わたしは今の段階ではちょっとよくわからない。しかしこの作品がたんなる手すさびではなく、彼が長く自分の内部であたため、どうしても表現せざるをえなかったなにものかであることは、よくわかる。
ウィンストン・チャーチルにはアメリカに住む同名の従弟がいたようで、彼も作家だった。そのため Internet Archive へ行って、ウィンストン・チャーチルの名前で作品を検索すると、両者の作品が入り混じって表示される。わたしもこれは知らなかった。ご注意。
Friday, June 14, 2019
Tuesday, June 11, 2019
作家の平均収入
ガーディアン紙に英国著作権料回収団体(Authors Licensing and Collecting Society)の作家収入に関する調査結果が記事となって出ていた。手っ取り早く内容を要約するなら、作家収入の年平均は一万ポンドしかなく、生きていくためには副業や婚姻相手の収入に頼らなければならないという状況なのだそうである。
しかも作家収入は過去と較べて徐々に減る傾向にあるようだ。だとすれば、作家業以外の収入がまずなければ、作家にはなれないという事態がおきつつあるということだ。いや、実際いま、そうなっているのである。
女性は男性より収入が低いから、作家になろうとするなら男性よりも不利な条件下におかれる。有色人種は白色人種より収入の道がきびしいから、作家になろうとするなら白色人種より不利な条件下におかれる。労働階級の人々はもちろん、作家になろうとするなら上流階級の人々より不利だ。
こういうことが積み重なると、文学はエリートのものとなり、作家の多様性から生まれる文学全体としての豊饒さは失われてしまうだろう。ある人々は文学による自己表現の権利・機会を奪われるのである。それどころかゆくゆくは生き残ったエリート文学者すら文学に従事できなくなるだろう。
ある種の功利主義的思考が文化をずいぶんやせ細らせている。文化の大切さを唱える者は、反時代的な態度をとらざるをえない。
しかも作家収入は過去と較べて徐々に減る傾向にあるようだ。だとすれば、作家業以外の収入がまずなければ、作家にはなれないという事態がおきつつあるということだ。いや、実際いま、そうなっているのである。
女性は男性より収入が低いから、作家になろうとするなら男性よりも不利な条件下におかれる。有色人種は白色人種より収入の道がきびしいから、作家になろうとするなら白色人種より不利な条件下におかれる。労働階級の人々はもちろん、作家になろうとするなら上流階級の人々より不利だ。
こういうことが積み重なると、文学はエリートのものとなり、作家の多様性から生まれる文学全体としての豊饒さは失われてしまうだろう。ある人々は文学による自己表現の権利・機会を奪われるのである。それどころかゆくゆくは生き残ったエリート文学者すら文学に従事できなくなるだろう。
ある種の功利主義的思考が文化をずいぶんやせ細らせている。文化の大切さを唱える者は、反時代的な態度をとらざるをえない。
Saturday, June 8, 2019
火野葦平と戦争小説
戦争小説を訳そうと思っているが、これを機にと、戦争小説でまだよんでなかった本を去年の終わり頃から読みはじめた。火野葦平の兵隊ものはその一つである。
彼は戦犯作家と認定されたが、確かに「土と兵隊」や「麦と兵隊」を読むと、他者にたいする視線の欠如に唖然とする。
ただ「土と兵隊」は非常に参考になった。どこが参考になったかというと、兵隊が泥まみれになって、進軍していくという部分である。
わたしが訳そうと考えている小説も「土と兵隊」と同様に季節は秋だ。そして山中を行軍するのだが、雨が降り、本道は泥濘と化し、兵隊達は泥人形のようになるのである。そして主人公である語り手は、「われわれは敵と戦っているのではなく、泥と戦っている」とすら考えるようになる。この作品はかなりシンボリックな書き方がされているのだが、しかし泥まみれになることが兵隊の現実であることを知ることが出来たのは貴重だ。わたしが作品に踏みこんでいくときの、ひとつの足場となるだろう。
彼は戦犯作家と認定されたが、確かに「土と兵隊」や「麦と兵隊」を読むと、他者にたいする視線の欠如に唖然とする。
ただ「土と兵隊」は非常に参考になった。どこが参考になったかというと、兵隊が泥まみれになって、進軍していくという部分である。
わたしが訳そうと考えている小説も「土と兵隊」と同様に季節は秋だ。そして山中を行軍するのだが、雨が降り、本道は泥濘と化し、兵隊達は泥人形のようになるのである。そして主人公である語り手は、「われわれは敵と戦っているのではなく、泥と戦っている」とすら考えるようになる。この作品はかなりシンボリックな書き方がされているのだが、しかし泥まみれになることが兵隊の現実であることを知ることが出来たのは貴重だ。わたしが作品に踏みこんでいくときの、ひとつの足場となるだろう。
Thursday, June 6, 2019
COLLECTION OF ENGLISH IDIOMS
早稲田大學敎授 深澤裕次郎著
應用英文解釋法
東京英文週報社發行
(p. 40-42)
範例
Are you going away, and (= when) you came only this morning?
あなたは今朝來た計りなのに、もうお歸りですか。
解説
上例に用ひたるが如き and は條件又は理由を附加するものなるを以て
When = のに
Though = とも
Because = 故に
等を以て之に代ふる事を得。
用例
1. You have taken Agatha out on the terrace, and she is so delicate.
O. Wilde
あなたはアガサを花壇に連れ出したんですね、あんなに弱いのに。
2. What, my sweet, pretty wife, dost thou doubt me already, and we but three months married?
N. Hawthorne
何、可愛いゝ、美しい妻よ、結婚してまだ三月にしかならないのに御身は早や私を疑ふのか。
3. But he has a wife, Norman, and innocent little children; in exposing him I shall punish them, and they are innocent.
M. Clay
ですが、あなた、その男には女房も有り、罪の無い子供も有るんです。ですから表向にしますとその妻子を罰する事になるのです。何の罪もないのに。
4. "You have seen him! And you only arrived in France last night. Where did you see him? What has happened to him?" She gripped my by the wrist in her anxiety.
C. Doyle
「貴郎は昨夜佛蘭西にお着になつた計りなのに、もうあの方にお會ひになつたの? 何處でお會ひになつて? あの方はどうかさないましたか」と云つて彼女は心配して私の手首を握つた。
gripped me by the wrist 私の手首を握つた。
5. It is rather interesting in its way, because of the fight between the two lions, of which I never saw the like in all my experience, and I know something of lions and their manners.
H. R. Haggard
それは二頭の獅子の戰であるから、その方で面白い、私は獅子と獅子の習慣は幾分知ては居るが今までにこのやうな戰は見た事がない。
in its way それはそれで the like 似たもの
6. Yes; I had no motive in keeping them secret, save that I did not wish my marriage to be known to my father until I myself could tell him -- and I know how fast these news travels.
M. Clay
左樣です、私が自分で父に話すまでは結婚した事を父に知られたくなかつたと云ふ外には隱す動機は無かつたのです、と申すのは、斯う云ふ事は直ぐに知れるからです。
7. My wife made a great pet of it; but I gave him away for fear he should be tempted to catch the birds and the mice, and all the cats in the world are not worth a poor prisoner's mouse.
N. E. R. IV
家内はそれを大變可愛がつて居りましたが併し私は若しや鳥や鼠を取るやうになつてはと心配しまして人にやつて了ひました、と申しますのは、世界中の猫を皆一緒にしましても憐れな囚人の飼つて居る一匹の鼠にも及ばないですから。
8. "Evangeline, is that you calling? What is the matter? Where are you?"
"Shut up in the boot-closet. You ought to be ashamed to lie there and sleep so, and such an awful storm going."
Mark Twain
「エヴンジエリン、お前か、呼んだのは、どうしたんだ何處に居るんだ」
「靴箱の中です、こんな雷の鳴る晩に、あなた、そんな處に寢てぐうぐうねいつて居て耻づかしくは無いの」。
應用英文解釋法
東京英文週報社發行
(p. 40-42)
範例
Are you going away, and (= when) you came only this morning?
あなたは今朝來た計りなのに、もうお歸りですか。
解説
上例に用ひたるが如き and は條件又は理由を附加するものなるを以て
When = のに
Though = とも
Because = 故に
等を以て之に代ふる事を得。
用例
1. You have taken Agatha out on the terrace, and she is so delicate.
O. Wilde
あなたはアガサを花壇に連れ出したんですね、あんなに弱いのに。
2. What, my sweet, pretty wife, dost thou doubt me already, and we but three months married?
N. Hawthorne
何、可愛いゝ、美しい妻よ、結婚してまだ三月にしかならないのに御身は早や私を疑ふのか。
3. But he has a wife, Norman, and innocent little children; in exposing him I shall punish them, and they are innocent.
M. Clay
ですが、あなた、その男には女房も有り、罪の無い子供も有るんです。ですから表向にしますとその妻子を罰する事になるのです。何の罪もないのに。
4. "You have seen him! And you only arrived in France last night. Where did you see him? What has happened to him?" She gripped my by the wrist in her anxiety.
C. Doyle
「貴郎は昨夜佛蘭西にお着になつた計りなのに、もうあの方にお會ひになつたの? 何處でお會ひになつて? あの方はどうかさないましたか」と云つて彼女は心配して私の手首を握つた。
gripped me by the wrist 私の手首を握つた。
5. It is rather interesting in its way, because of the fight between the two lions, of which I never saw the like in all my experience, and I know something of lions and their manners.
H. R. Haggard
それは二頭の獅子の戰であるから、その方で面白い、私は獅子と獅子の習慣は幾分知ては居るが今までにこのやうな戰は見た事がない。
in its way それはそれで the like 似たもの
6. Yes; I had no motive in keeping them secret, save that I did not wish my marriage to be known to my father until I myself could tell him -- and I know how fast these news travels.
M. Clay
左樣です、私が自分で父に話すまでは結婚した事を父に知られたくなかつたと云ふ外には隱す動機は無かつたのです、と申すのは、斯う云ふ事は直ぐに知れるからです。
7. My wife made a great pet of it; but I gave him away for fear he should be tempted to catch the birds and the mice, and all the cats in the world are not worth a poor prisoner's mouse.
N. E. R. IV
家内はそれを大變可愛がつて居りましたが併し私は若しや鳥や鼠を取るやうになつてはと心配しまして人にやつて了ひました、と申しますのは、世界中の猫を皆一緒にしましても憐れな囚人の飼つて居る一匹の鼠にも及ばないですから。
8. "Evangeline, is that you calling? What is the matter? Where are you?"
"Shut up in the boot-closet. You ought to be ashamed to lie there and sleep so, and such an awful storm going."
Mark Twain
「エヴンジエリン、お前か、呼んだのは、どうしたんだ何處に居るんだ」
「靴箱の中です、こんな雷の鳴る晩に、あなた、そんな處に寢てぐうぐうねいつて居て耻づかしくは無いの」。
Wednesday, June 5, 2019
訃報
我が目を疑うとはこのことだ。青木篤志選手が交通事故で亡くなったというニュースを見て、一瞬、身体が宙に浮いたような気がした。記事に書いてある青木篤志が、あの青木篤志で、死亡という文字が死亡という意味をあらわしていることを納得するまで、しばらく時間がかかった。ああ、そんな馬鹿な……。
事故の状況がよくわからないのだが、青木は無茶な運転をするような男ではない。きっと思いも寄らぬなにかが起きて、たまたま事故に至ったのだろう。残念でならない。
彼はこの数年間、ずっと全日本ジュニアの中心だった。実力だけでなく、責任感をもって団体を引っ張ってきた希有の存在だった。ヘビー級に負けないくらいジュニアを盛り上げるにはどうしたらいいか、常に考えて試合をしてきた選手だった。試合のスタイルも正攻法だが、人間自体も正攻法。男らしい男だったと思う。
どうか安らかに眠ってほしい。全日本プロレスには大きな損失だが、青木が残したものは全選手によって引き継がれると思う。合掌。
事故の状況がよくわからないのだが、青木は無茶な運転をするような男ではない。きっと思いも寄らぬなにかが起きて、たまたま事故に至ったのだろう。残念でならない。
彼はこの数年間、ずっと全日本ジュニアの中心だった。実力だけでなく、責任感をもって団体を引っ張ってきた希有の存在だった。ヘビー級に負けないくらいジュニアを盛り上げるにはどうしたらいいか、常に考えて試合をしてきた選手だった。試合のスタイルも正攻法だが、人間自体も正攻法。男らしい男だったと思う。
どうか安らかに眠ってほしい。全日本プロレスには大きな損失だが、青木が残したものは全選手によって引き継がれると思う。合掌。
Tuesday, June 4, 2019
モーリス・ルナール
つい最近、プロジェクト・グーテンバーグの蔵書リストに「フォーチュン氏を呼べ」と「古き身体に新しき身体を」が新しく入った。
前者は誰もが知っている H.C.ベイリーの名作で、わたしが話すことなんて、なにもない。しかし後者を書いたモーリス・ルナールは、知っている人がどれくらいいるだろうか。
ルナールは1875年生まれで1839年に死亡しているフランス人だ。グロテスクなSFを書いたことで知られる。「古き身体に新しき身体を」は人間に動物の身体をくっつけたり、植物と機械をくっつけたりするマッド・サイエンティストの話のようだ。「ようだ」というのは、わたしはまだ読んでいないからで、たしか去年、面白そうだと思って Internet Archive から pdf をダウンロードし、電子書籍リーダーに入れておいたのだが、まだ読む暇がない。本書を H.G.ウエルズに捧げるという序文がついているが、おそらくウエルズの「モロー博士の島」からインスピレーションを得たのだろう。
話がすこし横道にそれるが、臓器移植にわたしはちょっとだけ興味がある。モダニズムの作品というのは有機的な全体を一度ばらばらにし、もう一度知的に組み立て直したものではないか、と考えているからだ。人体をミクロコスモスではなく、パーツの集合体とみなす考え方が二十世紀の初頭に、ジャンル小説の中にすらあらわれたというのは、注目すべきではないかと思っている。
残念ながらルナールの長篇作品は日本語には訳されていないようだ。これもわたしは未読なのだが、「オリアックの手」(事故で手を失ったピアニストに犯罪者の手がくっつけられるという話)などは映画化もされたらしい。ルナールは通俗作家で今は半分忘れられているのかも知れないが、当時はそれなりに人気があったようだ。
いまウィキペディアを見たら、「古き身体に新しき身体を」は、なんと2010年にブライアン・ステイブルフォードが「ドクタ・ラーン」というタイトルで訳し直している。興味のある向きはアマゾンで新訳を買って読むのもいいだろう。
前者は誰もが知っている H.C.ベイリーの名作で、わたしが話すことなんて、なにもない。しかし後者を書いたモーリス・ルナールは、知っている人がどれくらいいるだろうか。
ルナールは1875年生まれで1839年に死亡しているフランス人だ。グロテスクなSFを書いたことで知られる。「古き身体に新しき身体を」は人間に動物の身体をくっつけたり、植物と機械をくっつけたりするマッド・サイエンティストの話のようだ。「ようだ」というのは、わたしはまだ読んでいないからで、たしか去年、面白そうだと思って Internet Archive から pdf をダウンロードし、電子書籍リーダーに入れておいたのだが、まだ読む暇がない。本書を H.G.ウエルズに捧げるという序文がついているが、おそらくウエルズの「モロー博士の島」からインスピレーションを得たのだろう。
話がすこし横道にそれるが、臓器移植にわたしはちょっとだけ興味がある。モダニズムの作品というのは有機的な全体を一度ばらばらにし、もう一度知的に組み立て直したものではないか、と考えているからだ。人体をミクロコスモスではなく、パーツの集合体とみなす考え方が二十世紀の初頭に、ジャンル小説の中にすらあらわれたというのは、注目すべきではないかと思っている。
残念ながらルナールの長篇作品は日本語には訳されていないようだ。これもわたしは未読なのだが、「オリアックの手」(事故で手を失ったピアニストに犯罪者の手がくっつけられるという話)などは映画化もされたらしい。ルナールは通俗作家で今は半分忘れられているのかも知れないが、当時はそれなりに人気があったようだ。
いまウィキペディアを見たら、「古き身体に新しき身体を」は、なんと2010年にブライアン・ステイブルフォードが「ドクタ・ラーン」というタイトルで訳し直している。興味のある向きはアマゾンで新訳を買って読むのもいいだろう。
Sunday, June 2, 2019
「占い師の死」ルドルフ・フィッシャー作
ハーレムを舞台にしたミステリといえばチェスター・ハイムズの作品がまっさきに思い浮かぶが、それよりも以前にこのマンハッタンの黒人居住地区を描いた人がルドルフ・フィッシャーである。
彼は1897年にワシントンに生まれ、優秀な成績で大学を卒業すると、医者になった。その後小説を書きはじめ、1928年に出した「ジェリコの壁」は高い評価を得たという。さらに1932年に本書「占い師の死」を書き、ミステリの分野においてもその才能を発揮した。ところがそれから二年後の34年に彼は死んでしまうのである。ほんとうに惜しい才能をなくしたものだ。
「占い師の死」はじつによくできている。物語は起伏に富み、飽きることがない。登場人物はいずれも生き生きとしていて、本物の小説家の手になる作品と、一読してわかるだろう。アイデアはあるが、文章は素人という探偵小説作家が結構いるが、そうした人々の作物とは一線を劃している。
タイトルにある通り、物語はアフリカから来た占い師の死をめぐって展開する。彼は客の未来を占おうとしていたのだが、真っ暗な部屋の中で奇妙な叫び声をあげて倒れてしまう。客はあわてて近くの医者を呼んでくるが、医者は占い師の死亡を確認する。どうやら鈍器で頭をなぐられたらしい。
医者と駆け付けた刑事が手を組んで捜査したところ、凶器が発見された。そこには指紋がついていて、それにより容疑者が捕まる。
ところが驚いたことに、いつの間にか屍体が消えてしまっている。それどころではない。死んだはずの占い師が生き返って、彼らの目の前にあらわれたではないか……。
この作品の大きな特徴は、占い師がかもしだす神秘的な雰囲気と、容疑者の友人で、彼の無罪を証明しようとする黒人の冒険のユーモラスさが、非常にうまく溶け合っている点だろう。この二つが水と油のように分離してばらばらになるのではなく、うまい具合に互いを引き立てるように書かれているのだ。
しかも登場人物はすべて黒人。こんなミステリがそれ以前にあっただろうか。人種的な側面だけをとっても、これはミステリ史上、記念碑的な意味を持つのではないか。
わたしの調べた限り、日本語訳はまだ出ていない。
彼は1897年にワシントンに生まれ、優秀な成績で大学を卒業すると、医者になった。その後小説を書きはじめ、1928年に出した「ジェリコの壁」は高い評価を得たという。さらに1932年に本書「占い師の死」を書き、ミステリの分野においてもその才能を発揮した。ところがそれから二年後の34年に彼は死んでしまうのである。ほんとうに惜しい才能をなくしたものだ。
「占い師の死」はじつによくできている。物語は起伏に富み、飽きることがない。登場人物はいずれも生き生きとしていて、本物の小説家の手になる作品と、一読してわかるだろう。アイデアはあるが、文章は素人という探偵小説作家が結構いるが、そうした人々の作物とは一線を劃している。
タイトルにある通り、物語はアフリカから来た占い師の死をめぐって展開する。彼は客の未来を占おうとしていたのだが、真っ暗な部屋の中で奇妙な叫び声をあげて倒れてしまう。客はあわてて近くの医者を呼んでくるが、医者は占い師の死亡を確認する。どうやら鈍器で頭をなぐられたらしい。
医者と駆け付けた刑事が手を組んで捜査したところ、凶器が発見された。そこには指紋がついていて、それにより容疑者が捕まる。
ところが驚いたことに、いつの間にか屍体が消えてしまっている。それどころではない。死んだはずの占い師が生き返って、彼らの目の前にあらわれたではないか……。
この作品の大きな特徴は、占い師がかもしだす神秘的な雰囲気と、容疑者の友人で、彼の無罪を証明しようとする黒人の冒険のユーモラスさが、非常にうまく溶け合っている点だろう。この二つが水と油のように分離してばらばらになるのではなく、うまい具合に互いを引き立てるように書かれているのだ。
しかも登場人物はすべて黒人。こんなミステリがそれ以前にあっただろうか。人種的な側面だけをとっても、これはミステリ史上、記念碑的な意味を持つのではないか。
わたしの調べた限り、日本語訳はまだ出ていない。
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英語読解のヒント(184)
184. no matter を使った譲歩 基本表現と解説 No matter how trifling the matter may be, don't leave it out. 「どれほど詰まらないことでも省かないでください」。no matter how ...
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アリソン・フラッドがガーディアン紙に「古本 文学的剽窃という薄暗い世界」というタイトルで記事を出していた。 最近ガーディアン紙上で盗作問題が連続して取り上げられたので、それをまとめたような内容になっている。それを読んで思ったことを書きつけておく。 わたしは学術論文でもないかぎり、...
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ウィリアム・スローン(William Sloane)は1906年に生まれ、74年に亡くなるまで編集者として活躍したが、実は30年代に二冊だけ小説も書いている。これが非常に出来のよい作品で、なぜ日本語の訳が出ていないのか、不思議なくらいである。 一冊は37年に出た「夜を歩いて」...
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アニー・ヘインズは1865年に生まれ、十冊ほどミステリを書き残して1929年に亡くなった。本作は1928年に発表されたもの。彼女はファーニヴァル警部のシリーズとストッダード警部のシリーズを書いているが、本作は後者の第一作にあたる。 筋は非常に単純だ。バスティドという医者が書斎で銃...