Wednesday, April 14, 2021

ゲーム実況者のための英語

ジェイムズさんは、お世辞にも品がよいとは言えない話し方をする人だが、その反応は素朴で見ていて面白い。



What the fuck!


What the fuck?

What the fuck!

(He) is limping!

Oh, my God!

What the fuck!

What the fuck!

Agro!

With one fucking leg down!

How?

How'd you survive that fall?

I went through that fall three times (and) never came back!


(馬の鳴き声を聞いて)なんだ?

どうなってるんだ!

足を引きずっている!

どうしたんだ!

どういうことだ!

どういうことだ!

アグロ!

足を一本やられちまって!

どうやって……?

(あんなに高い所から墜落したのに)どうやって生き延びたんだ?

おれは三回墜落して、生きて戻ることはなかったんだぞ!


1. What the fuck! これも非常によく使われる驚きの表現。書かれるときはこの三語の頭文字をとって WTF と省略されることもある。

2. (He) is limping! 主語は省略されている。言わなくても主語が明白な場合、口語ではまま起きる現象。limp は足をひきずって歩くこと。

3. With one fucking leg down! With はいわゆる付帯状況の with。fucking は前にも説明したが意味のない強意語。down は「故障して」の意味。この場合は「ケガして」。My computer is down (ぼくのコンピュータは故障した)などと使う。

4. 馬の名前。

5. survive は「(目的語)のあとも生き残る」の意味。

6. How'd you は How did you の省略形。まぎらわしいが How would you.... という場合も How'd you と省略される。これらの差はコンテクストから判断するしかない。

7. went through that fall go through は「経験する」。ここでの I はプレーヤー=ゲームの主人公を指す。ゲームの主人公が三回ジャンプを試みたが、すべて失敗して落下し、二度と戻ることはなかった(ゲームエンド)。おまえ(馬のアグロ)もジャンプに失敗したのに、それでも戻ってきたのか! ということ。このゲームを知らない人には状況が飲み込みにくいかもしれないが、興味があればゲームプレイを実際に見ていただきたい。

Sunday, April 11, 2021

関口存男「趣味のドイツ語」

Frei

„Große Neuigkeit1, Kinder2!“ verküdete3 Franz. Er war der Primus4. „Große Neuigkeit, Kinder! Nachmittags5 gibt es6 keinen Unterricht7!“

逐語訳:Große 大 Neuigkeit ニゥースだよ Kinder 諸君(と) Franz フランツは verkündete 告げた。Er かれは der Primus 主席 war であった。Große Neuigkeit, Kinder 大変なニウスだぜ諸君! Nachmittags 午後には es それは keinen Unterricht 何等の授業をも gibt 与え[ない]。

:【1】Neuigkeit: これが丁度 news に該当するドイツ語です。Zeitung ということもあります。(Zeitung には「新聞」以外に「報道」、「ニュース」の意もあるのです)
【2】Kinder! 「子供たち」という語ですが、日常用語として、大勢の人にむかって親しく呼びかける時には、たとえ相手が大人でも Kinder! (諸君!)といいます。英語でも boys といいます。だから Kinder とか boys とか云われて、人を小児扱いにしやがる、なんて怒ってはいけないわけです、それが習慣なんですから。
【3】verkünden (告げる、告知する、報道する)の過去形。
【4】Primus (主席):これは元来ラテン語で、der Erste (第一位のもの)の意です。生徒の主席ばかりではありませんが、普通単に Primus というと大抵主席、すなわち我国の組長のことを云います。同時に primus inter pares [プームス・インテル・ーレス]という独逸語でも英語でもよく用いられるラテン語を序でに記憶しておきましょう。これは『同輩中の第一位者』すなわち主席ということです。pares は「互いに等しき者」、inter はドイツ語の unter、英の among にあたる前置詞。つまり長とか親方といったような封建的、隷属的関係ではなくて、権利も地位も同等であるが、古参とか長老とか或いは単に高等小使とか云った意味の代表者だという時に用いる語です。たとえば、総理大臣なんてのもそれで、他の大臣は決して総理の手下ではない、総理は単に primus inter pares なのだ、などと云います。der Primus というのはこれから起ったのです。
【5】Nachmittag (午後に)は副詞で、am Nachmittag というのと同じです。反対は vormittags、「昼に」は mittags です。ただし Montag Nachmittag (または Montagnachmittag)などと、他の語と結合すると近頃は大抵 s を省きます。
【6】gibt es (正順ならば es gibt となる)は英の there is (……がある)と同意の熟語です。但し、分解すると「それが……を与える」という構造ですから、次に来る名詞は勿論四格にならなければなりません(keinen Unterricht がそれ)
【7】Unterricht, m. (授業):「授業する」という動詞はアクセントが動詞の方にあって unterrichten [ウンテル・ヒテン]ですが、名詞の方は前綴の方にアクセントがあります。

 „Wir haben8 also9 frei?“ fragte10 Willi11. Alle12 sahen13 einander14 an15 und trauten16 ihren17 Ohren18 kaum19.  Der Primus lachte: „Man hat ja20 frei, wenn man keinen Unterricht hat!“

逐語訳:also それでは Wir おれ達は frei 自由に haben 持つか?[と] Willi ヴィルリーが fragte たずねた。Alle みんなは einander おたがいを sahen an 眺め[合っ]た und そして ihren Ohren かれらの耳に kaum ほとんど trauten 信じ[なかっ]た。  Der Primus 主席は lachte 笑っ[て言っ]た:man 吾人が keinen Unterricht 何等の授業をも hat 持た[ない] wenn とすれば Man 吾人は ja 申すまでもなく frei 自由に hat 持つ。

:【8】haben frei 「自由に持つ」 「自由に持つ」は熟語で、別に何を自由に持つという四格を入れなくても、此のままで「学校がお休み」という意味になります。不定形でいうと frei haben です。
【9】also: では、それでは、じゃあ。
【10】fragte は fragen (問う)の過去。此の動詞は三要形は普通規則的ですが、過去には frug という別形もあって、ドイツ人の中には百人中二人や三人は、斯ういうときに fragte と云わないで frug という人があることを記憶しておいて下さい。過去分詞は勿論必ず gefragt です。
【11】Willi: これは Wilhelm という人名の通称です。英語でも -y 或いは -ie の語尾をよく用いるように、ドイツもよく -i をつけます。その他 Heinrich を Heini というなど。
【12】alle (みんなが):こういう語は、元来は形容詞的に名詞にかぶせて用いるのですが(alle Jungen すべての少年たちが、など)、また名詞を省いて、それ自身を名詞として用いることも多いのです:viele (多くの者が)、wenige (少数のものが)、beide (両人が)、einzelne (個々の者が)など。みな小文字で好いのです(その点が普通の形容詞とちがっています)が、此処は文頭のため大文字になっています。
【13】sahen (見た):これは sehen (見る)の過去形(-en 語尾は複数三人称ゆえ)です。sehen の三要形は sehen, sah, gesehen.
【14】einander (お互いを)は英の each other。――einer den andern (独りが他を)と云っても同じ。
【15】an: これは、sahen と合して一つの意味をなすものです。すなわち ansehen (眺める、顔をながめる)という分離動詞なのです。――『或人の顔を眺める』ことを ansehen というのですが、その時には相手の人間を四格にします。『かれは私の顔を見る』なら、Er sieht mich an です。――それから an の用法について一寸。英語で look at......, smile at...... (或人に頬笑みかける)、bark at...... (或人に吠えつく)、shout at...... (或人をどなりつける)、などと、とにかく或人に向って真向から云々するという場合にすべて at をつけますが、そういう時にはドイツ語では凡て動詞に an- をつけるのです。そして相手を四格にします。He looks at me: Er sieht mich an. He smiles at me: Er lächelt mich an. He shouted at me: Er shrie mich an. The dog barks at the moon: Der Hund bellt den Mond an.
【16】trauten: trauen (信ずる)の過去。
【17】Ihr = their.
【18】Ohr, n. (耳)の複数は Ohren (詳しい知識になりますが、こんなドイツ固有の簡単な「中性名詞」が複数で -en という語尾をとるなどということは極く珍らしい現象で、普通は、Ohr 以外には、Bett、床、Auge、眼、Ende、終、Herz、心、Hemd、シャツ、の五つで合わせて六語だけと思って下さい。男性だってそう沢山はありません(弱変化以外には)。-en という複数語尾は主として女性です。
【19】kaum は「ほとんど(云々しない)」という否定詞です。英:scarcely, hardly.
【20】ja: これは yes の意の ja ではなく、文の途中にあるときには、助勢詞と云って、文全体にはずみをつけるためのことばにすぎません。『だって……じゃないか』とか、女なら『……だわ』、『……じゃないの』、『……だわよ』とかいったような、特に強く云う際にドイツ語では ja を挿入するのです。『そりゃ間違ってるわよ!』なら Da ist ja falsch! 『あいつの云うことが本当だよ』 Er hat ja recht. 『あいつが来たぜ』 Da kommt er ja. ――『わたしどうして好いかわかんないわ』 Ich weiß ja nicht, was ich tun soll. ――『だって私あなたが好きなんですもの』 Aber ich liebe Sie ja so! ――日本語には『よ』や『ぜ』や『な』や『わ』や『だわ』や『もの』と、いろいろありますがドイツ語には ja (うんと強い時には doch)だけしかありません。

 Jetzt21 brach22 der Sturm los23. Die ganze Klasse geriet24 außer25 Rand und Band26. Der eine pfiff. Der andere jubelte27. Der dritte28 hieb29 auf das Pult30. Der vierte sprang auf die Bank und wieherte. Der fünfte tanzte im Klassenzimmer herum31. Der sechste stand Kopf32. Der siebente riß seinem Nebenmann33 das Heft aus der Hand und schmiß es zum Fenster hinaus34. Der achte kletterte dem neunten35 auf die Schultern36. Der zehnte gab dem elften eine derbe37 Ohrfeige38, daß39 es klatschte40. Der zwölfte gab dem dreizehnten41 einen Fußtritt42.

逐語訳:Jetzt 今や der Sturm 嵐が brach los 勃発した。Die ganze Klasse 全クラスが Rand und Band 縁(ふち)と箍(たが) außer の外に geriet 陥入った。Der eine 一人は pfiff (三要形:pfeifen, pfiff, gepfiffen)口笛を吹いた。Der andere 他の者は jubelte 歓呼した。Der Dritte 三人目は auf das Pult 机の上を hieb (三要形:hauen, hieb, gehauen)はたいた。Der vierte 四人目は auf die Bank ベンチの上へ sprang (三要形:springen, sprang, gesprungen)躍[り上]った、und そして wieherte 嘶いた。Der fünfte 五人目は im Klassenzimmer 教室の中を tanzte herum 踊り廻った。Der sechste 六人目は stand Kopf 逆立ちした。Der siebente 七人目は seinem Nebenmann かれの隣の男に das Heft 手帳を aus der Hand 手から riß (三要形:reißen, riß, gerissen)ひったくった und そして es それを zum Fenster hinaus 窓から外へ schmiß (三要形:schmeißen, schmiß, geschmissen)投げた。Der achte 八人目は dem neunten 九人目に auf die Schultern 方の上へ kletterte 攀じのぼった。Der zehnte 十人目は den elften 十一人目に es それが klatschte パチンと鳴った daß ほど eine derbe Ohrfeige 猛烈なびんたを gab (三要形:geben, gab, gegeben)与えた。Der zwölfte 十二人目は dem dreizehnten 十三人目に einen Fußtritt 足蹴を gab 与えた。

:【21】jetzt (今)という語は、強く用いると、こういうように『サア』、『いよいよ』の意になります。或る一瞬間を鋭く浮かべ上がらせるための副詞です。同じ『今』の意に nun という語もありますが、此の方は jetzt にくらべると、少し「のんき」な、「ぐずぐず」した語で、長く間の延びた現在の瞬間を意味します。たとえば、『さて斯うなると、ちょっとどうしていいかわからんな』(Nun weiß ich nicht, was ich anfangen soll)の「さて斯うなると」が nun です。また、人に何か問われて急に返事ができず、『そうですねえ……』という時には nun...... と云います。それに反して、ワンツースリーで『それッ』と掛け声をかける『ソレッ!』という奴は Jetzt! です。これで区別がわかったでしょう……という時の「これで」は、のんきに云えば Nun kennt ihr den Unterschied で、少し鋭く劇的に云えば Jetzt kennt ihr den Unterschied となります。
【22】brach: brechen (破れる)の三要形は brechen, brach, gebrochen.――ただし此の動詞は、前出の sahen an と同じく、分離動詞 losbrechen (爆発する、英:burst)です。
【23】los: これは何でも勢よく「おっ初まる」ことを意味する前綴です。lossingen なら『勢よく歌い出す』、losgehen なら『勢よくスタートを切る』あるいは『ズドンと発射する』等の意になります。会話調では、『さあ始めた!』という時に Los! los! と云います。
【24】geriet は geraten (陥入る)の過去形(三要形:geraten, geriet, geraten)。
【25】außer は『……の外へ』で、はずれることを意味する前置詞。『の外で』の意のこともありますが、此処のように『の外へ』という用法の際は aus と殆ど同じ。
【26】Rand und Band: Rand は縁、Band は箍(たが)ですが、これは熟語で außer Rand und Band で『箍をはずす』即ち『乱調子』になることを意味します。
【27】jubeln: 「歓呼する」、即ちワーッということ。
【28】dritt: 英:third.――人は、他はという時には der eine、der andere というか、或いは einer、ein anderer ともいいます。すべて -e という語尾をつける点に注目。1 から12までは eins、zwei、drei、vier、fünf、sechs、sieben、acht、neun、zehn、 elf、zwölf ですが、本文中に出て来るのはすべて序数、(第何番目という際の数詞)です。第一は erst、第二は zweit、第三は dreit ではなくて dritt、以下はすべて zweit と同じように t をつけて行きます。
【29】hauen は「打つ」「たたく」(schlagen, schlug, geschlagen と同じ)
【30】Pult, n. 教室にあるような、簡単な机のことを Pult と云います。食卓やデスクは Tisch です。
【31】herum (あちこち)は umher (あちこち)と同じ。herumtanzen (躍りまわる)は分離動詞。
【32】Kopf stehen (または分離動詞として kopfstehen)は『逆立ちする』という熟語。Handstand machen ともいう。
【33】seinem Nebenmann (横の男に)とは「横の男から」の意。
【34】zum Fenster hinaus: 直訳すると『窓の方へ・外へ』ですが、これはドイツ語特有の癖で hinaus (表へ、外へ[出る])を用いる時には形式的に zu を用いることになっているのです。たとえば『国を出てゆく』というときには、Ich gehe aus dem Land ですが、gehen の代りに hinausgehen (出てゆく)という分離動詞を用いると、aus の代りに zu を用いて Ich gehe zum Lande hinaus となります。『かれは女中を家から追い出した』は Er jagte das Mädchen aus dem Haus というか或いは Er jagte das Mädchen zum Hause hinaus です。zu......hinaus、zu......heraus という形式としておぼえておく必要があります。
【35】dem neunten: これも「九人目のに」と三格になっていますが、日本語でなら「九人目の奴の」という時に三格を用いるのがドイツ語特有のくせです。
【36】Schultern. (肩)の単数は Schulter. 複数語尾が n ですから、此の語は女性です。
【37】derb という形容詞は、『猛烈な』、『こっぴどい』、『ひどい』。
【38】Ohrfeige, f. は平手打ち、即ちぶん殴ること。
【39】daß: 『いやというほど』とか『ピシャというほど』とかいう時の『ほど』に daß を用います。so daß (……ことほど左様に)と同じ daß です。
【40】klatschen という動詞は klatsch! (ピシャリ!)から造ったもの。
【41】12までの数は紹介しましたが、13から19まではすべて -zehn をつけます:13 = dreizehn, 14 = vierzehn, 15 = fünfzehn 等。『……番目』はそれに t を加えるわけ。
【42】Fußtritt, m. 「蹴ること」です。tritt は treten (踏みつける)より。

 „Ruhe43!“ erschallte44 die Donnerstimme45 des gefürchteten46 Lehrers in den Tumult47 hinein48. Er stand in der Tür und hatte49 dem Spektakel50 zugeschaut51. Allgemeine52 Stille.  „Nachmittags gibt53 es Unterricht“

逐語訳:„Ruhe!“ 「静粛!」(と) des gefürchteten 恐れられたる Lehrers 先生の die Donnerstimme 雷のような声が in den Tumult 此の混乱の中へと erschallte hinein 響き込んだ。Er かれは in der Tür 扉の中に stand 立っていた und そして dem Spektakel この大騒ぎに hatte......zugeschaut 見物していたのであった。Allgemeine 一般の(一同の) Stille 沈黙。  Nachmittags 午後には es それが Unterricht 授業を gibt 与える。

:【43】Ruhe, f. は「静粛」という名詞ですが、「やかましい!」「静かにしろ!」という時には普通 Ruhe! と云います。発音も、ほんとうは「ルーエ」ですが、大きな声でどなる時には大抵 h をひびかせて「ルーーヘーー」と云います。だから、ドイツ人が「ルーヘー」と発音するのを聞くこともあるでしょうが、発音がまちがっている、などと思ってはいけません。発音しない h は、決して如何なる場合にも絶対に発音しないというのはなくて、力を入れて発音するときには、ハッキリ聞かせることがあるのです。
【44】erschallen (ひびきわたる)―― er- という前綴は、『……わたる』の意ですが、schallen の三要形は強弱二種があります:schallen, scholl, geschollen, または schallen, schallte, geschallt.
【45】Donnerstimme は Donner (雷)と Stimme (声)との合成語。
【46】gefürchtet は fürchten (恐れる)の過去分詞で『恐れられた』(即ち恐怖の的となっている)。こわい先生のことを gefürchteter Lehrer と云います。
【47】Tumult, m. 混乱、騒ぎ。
【48】hinein (中へ)は hineinerschallen (ひびき込む)という分離動詞と解してもよろしい、あるいは in den Tumult hinein (騒ぎのまっただなかへ)というのが一つの形式だと思ってもよろしい。in だけでもわかるのですが、なお更に念を入れてよく hinein という副詞を追加します。
【49】hatte zugeschaut (見物していたのであった)は zuschauen (見物する)という動詞を「過去完了」という形に用いたものです(英語の「大過去」)。過去完了とは、hatte 等、haben (動詞によっては sein)の過去形と過去分詞とをもって構成し、『……したのであった』、『……しておいた』、『……してしまっていた』の意を表します。
【50】Spektakel, n. 前出の Tumult とまあ同じような意の語。
【51】zugeschaut: zuschauen (見物する)は分離動詞ですから zu-schauen と切って、切ったところに ge をつけて過去分詞を造ります。schauen は sehen と同意語。見物人は Zuschauer です。
【52】allgemeine Stille: allgemein という形容詞は「一般的」ですが、(たとえば allgemeine Regel 一般的規則、通則)「一般的」ということは、人間について云うときには「一同の」意になります。此処も、「みんなが黙る」(alle verstummen)とでもいうところを、まるで芝居の「と書き」のように、簡潔に「一同の沈黙」といったわけ。
【53】gibt: 字の間が空いているのに注目。これは英語ならば斜字(イタリク)を用いるところを、ドイツ語ではこうした隔字体を用いるので、此の一語を強調するためです。英語では、動詞を強調するときには do を用いるといったようなことがありますが、ドイツ語は、口でいう時には力を入れて発音する、書く時には隔字体、という方法があるのみです。

意訳:『諸君一大ニュースだ!』とフランツは発表した。フランツは主席学生だった。『諸君、一大ニュースだ! 午後は授業なし!』
 『じゃお休みかい?』とヴィルリーが問うた。みんなお互いに顔を見合ったままで、ほとんど自分の耳を信ずることができなかったのである。
 主席学生は笑って云った:『授業がないと云うんだから、もちろんお休みにきまってるじゃないか!』
 さあ大変。全クラスは底抜け騒ぎだ。ある者は口笛を吹く。ある者は歓呼する。ある者は机をひっぱたく。ある者はベンチの上に躍り上って馬のように嘶く。ある者はダンスしながら教室の中をひとわたり浮れ廻る。ある者は逆立ちする。ある者は他の者の手から手帳を引ったくって窓から外へ投り出す。ある者は傍にいた奴の肩に攀じ登る。ある者は隣の男をとっつかまえていきなりピシャッと頬ぺたを張り飛ばす。ある者は横の奴を蹴っ飛ばかす。
 『やかましい!』大喝一声、この混乱のまっただなかに、おっかない先生の声が響いた。先生は戸口に立っていた。かれは先程からの大騒ぎをずっと見ていたのだ。一同沈黙。
 『午後は授業をやる。』

Wednesday, April 7, 2021

COLLECTION OF ENGLISH IDIOMS

早稲田大學敎授 深澤裕次郎著

應用英文解釋法

東京英文週報社發行


(p. 152-158)


範例

(a) I do not deny (doubt, etc.) but        it is true.

(b) I do not deny (doubt, etc.) but that it is true.

(c) I do not deny (doubt, etc.) but what it is true.

     = I do not deny (doubt, etc.) that it is true

     余は其事の事實なるを否定せ(疑は)ず。


解説

  Deny, doubt, despair, scruple, make no question 等否定の意を有する語の後に在る but, but that, but what は次の如く解す可し。

(a) But        |

(b) But that |    = that = こと

(c) But what | 

(c) は (b) の誤りて生じたる形なり。

[註一]茲に云ふ but that = that と次の例に於ける but (= except) that =that......not とを混同す可からず。

  I have no fear but that he will recover.

     =I have no fear that he will not recover.

     彼が全快せずと云ふ虞は毫もこれなし。

     =I am sure that he will recover.

     必ず彼は全快す可し。

若し此場合に but that を that と見る時は

   I have no fear that he will recover.

   彼が全快すと云ふ虞は毫もこれなし。

となりて全快を恐るゝ意に聞ゆ可し。

[註二]茲に云ふ but that = that と次の例に於ける (a) but what (=but that) = that......not. (b) but what = except that (those) which と混同す可からず。

(a) I have no fear but what he will recover.

    = I have no fear that he will not recover.

    彼が全快せずと云ふ虞は毫もこれなし。

(b) I did nothing but what I was told to do.

    = I did nothing except that which I was told to do.

    余は命ぜられたる事の外は何事も爲さゞりき。


用例

1.  I cannot deny but that it is easy.

    Paley

    余はその事の容易なるを否定し得ず。


2.  It cannot be denied but he is a rascal.

    彼の奸物なるは否定するを得ず。


3.  I will not deny but that it is a difficult thing.

    Patrick

    余はその事の難事なるを否定せず。


4.  "Nor can I deny," continued he, "but I have an interest in being first to deliver this message, as I expect for my reward to be honoured with Miss Sophy's hand as a partner."

    O. Goldsmith

    彼は語を繼いで云つた「それから、また、私はこのお知らせをするのに自分が一番先きで嬉しいと思ふことを否むことは出來ません、と申すのは他でも有りませんが、私は御褒美としてソフイヤさんに舞踏のお相手になつて頂けると思ひますから」。


5.  I do not doubt but he is ill.

    余は彼の病氣なること疑はず。


6.  Doubt not but he will be here.

    A. Ayres

    彼の此處に來ること疑ふ勿れ。


7.  Who doubted but the catastrophe was over?

    T. Carlyle

    禍の終れる事を誰か疑ひし。


8.  I doubt not but I shall find them tractable.

    Shakespeare

    余は彼等が御し易しかる可きを疑はず。


9.  I do not doubt but England is at present as polite a nation as any in the world.

    Addison

    余は英國が現今世界中如何なる國民にも劣らぬ鄭重の國民なるを疑はず。

as......as any (nation) 如何なる(國民)にも劣らぬ。


10. As he directed his looks and conversation to Olivia, it was no longer doubted but that she was the object that induced him to be our visitor.

    O. Goldsmith

    彼がオリヴィヤの方計り眺め、オリヴィヤに計り話しかけたのから見れば、彼をして今日我家を訪問せしめた目的はオリヴィヤで有る事は最早疑を容れなかつた。

induced him to be our visitor 彼を客たるやうにした


11. She addressed him by name, and hence he could not doubt but that she had to do with him; but who was this girl, and how did she know his name?

    V. Hugo

    彼女は彼の名を呼んだ。だから自分に用の有る事は疑へなかつたが、併しこの女は一體誰で有らう、どうして自分の名を知つたので有らう。

addressed him by name 名を呼んで言を掛けた。had to do with 「關係があつた」「用が有つた」。


12. "Lieutenant Rich," he added, addressing Brackenbury, "I have heard much of you of late; and I cannot doubt but you have also heard of me. I am Major O'Rooke."

    R. L. Stevenson

    彼はブラッケンベリに向つてまた斯う云つた「リッチ中尉、私は近頃あなたのお噂を大分聞いたが、あなたも私の事をお聞きになつたと思ふ。私はオルーク少佐です」。

of late (=lately) 近頃。O'Rooke (O'Connell), O'Donnell, etc. は愛蘭起源のの名にして O は Gaelic の Mac. Norman の Fitz と同じく Son (子)の意也。


13. I have no doubt but that he will go.

    A. Ayres

    余は彼が行く可きを疑はず。


14. We......have no doubt but it will yet spring up.

    Livingstone

    我々はそれがまだ生える事を少しも疑はず。


15. There is no reasonable doubt but that it is all it professes to be.

    A. Ayres

    それが自ら公言する通りなりとの事を疑ふ可き正當の理由なし。

reasonable doubt 道理ある疑。


16. There can be no doubt but that the burglary is the work of professional cracksmen.

    N. Y. Herald

    この盗難は本職の泥棒の業(わざ)なること疑を容れず。


17. She had injured the man. Though she had done it most unwittingly, there could be no doubt but that she had injured him.

    A. Trollope

    夫人は其男に害を加へた。夫人は何の氣もなくしたのでは有るが、害を加へたことは確である。


18. Had Japan been able to rest content with the sport of war, there is no doubt but that the edge of naval ambitions would have become unconsciously blunted.

    H.C.S. Wright.

    日本がこの戦利品丈を以て甘んじて居ることが出來たならば、日本海軍の野心の鋒鋩は何時の間にか鈍くなつた事は疑ない。

Had Japan been = If Japan had been. rest content 甘んじて居る、安んじて居る。


19. The matter, however, so far concluded that there was no further question of police interferences, nor any doubt but that the lady, with husband, was to be allowed to leave Paris by the night train.

    A. Trollope

    さり乍ら最早巡査を煩はす必要もなし、無論夫人は良人と共に夜汽車で巴里を立つも構はぬとまでに話は進んだ。

further questions この上の問題。


20. Be that as it may, there was little doubt but that he would have made a leap, as soon as the intervening fire had burned down; to its friendly presence, therefore, on this occasion, as a means of Providence, we owed our lives.

    U. R. IV.

    それは何れにしても中間にある焚火が消えて了つたら、豹は忽ち飛び掛つたことは殆ど疑なかつた。それ故今度も焚火のお陰で助かつたのだが、これ天帝の加護に外ならぬのである。

Be that as it may (=however that may be) それはどう有らうとも。兎に角。to its friendly presence......we owed our lives 「幸にもその焚火有つたことに我々の生命を負うた」とは「幸にも焚火のあつた爲に命を拾うた」との意。as a means of Providence 天帝加護の一手段として。


21. In the concluding months of 1909 there was a sudden development in Tokyo and Yokohama of the use of solid rubber tyres for Jinrikishas, and there is little doubt but that the fashion will spread to nearly all the large towns in the provinces.

    四三*(一字不明)島亮等農林

  千九百九年の暮の數月間、護謨輪を人車に應用する事が京濱間に俄に流行して來た。で、この流行は地方の大都會の殆ど總てに擴がるで有らうと云ふことは殆ど疑を容れない。


22. "He'll make a capital workman one of these days," she would probably say. "No fear but what Isaac will do well in the world and be a rich man before he dies."

    N. Hawthorne

    祖母(おばあさん)は多分斯う云つたで有らう「あの子はその中立派な職人になります。アイザツクは屹度偉(ゑら)くなつて死ぬる前に金持になります」。

one of these days いづれその中に。No fear but what = There is no fear that.


23. They questioned not but to strike terror into the Romans.

    W. Watton

    彼等は羅馬人を戦慄せしむる事を疑はなかつた。


24. There is no question but the King of Spain will reform the most of the abuses.

    J. Addison

  西班牙王が大概の弊風は之を改革すと云ふは毫も疑を容れず。

to strike terror into を戦慄せしむ。


25. If he were not speedily relieved, no question but he must be speedily discovered.

    R. L. Stevenson

    若し彼が直ちに救はれなければ、直ちに發見されるに違ない事は確である。

no question but の前に there is を補ひ見よ。


26. Had not my friend found this expedient to break the omen, I question not but half the women in the company would have fallen sick that very night.

    J. Addison

    私の友人がその不吉の兆を除ける爲め、この妙案を思ひつかなかつたなら、其處に居合せた婦人の半數は、その夜の中に病氣になつたで有らう。

Had not my friend = If my friend had not. that very night 明朝とも云はず其晩直ぐに。


27. Amidst all the evils that threatened me, I will look up to him for help, and question not but He will either avert them, or turn them to my advantage.

    J. Addison

    私を脅かす一切の禍のうちにあつて、私は神を仰いで冥助を求め、神がその禍を除けて下さるか又は之を福に轉じて下さるを疑はない。


28. Among the several persons that flourish in this glorious reign, there is no question but such a future historian, as the person of whom I am speaking, will make mention of the men of genius and learning who have now any figure in the British nation.

    J. Addison

    この榮ある御代に時めいて居る人々の中で、今私が語つて居るやうな將來の歴史かが有つて、今日英國民の中に頭角を現はして居る才人學者の事を語るで有らう。

make mention of の事を語る。have any figure 頭角を現はして居る。


29. It is my design in this paper to deliver down to posterity a faithful account of the Italian opera, and of the gradual progress which it has made upon the English stage; for there is no question but our great-grand-children will be very curious to know the reason why their forefathers used to sit together like an audience of foreigners in their own country, and to hear whole plays acted before them in a tongue which they did not understand.

    J. Addison

    私はこの文に於て以太利歌劇の忠實なる話と以太利歌劇が英國劇壇に於て漸次進歩し來つた跡を子孫の爲に語らうと思ふ。なぜかと云ふに、我々の曾孫(ひまご)に當る人々などが、自分の國に居ながら自分の祖先は外國の看客のやうにいつも神妙に坐て居て自分等に分らぬ言で演ずる芝居を終りまで聞いて居た譯を知りたいで有らうから。

Saturday, April 3, 2021

山路とメビウスの帯

スラヴォイ・ジジェクはよくメビウスの帯という比喩を用いる。一方の側面にそって進み続けると、いつのまにか反対の側にまわってしまうという、アレである。もしもこの帯の平面上を人が移動したなら、左にある心臓は反対側では右になる。それゆえこの曲面は向き付けが不可能であるとされる。

連続的であるにもかかわらず、向き付けの異なるなにかへと変貌するこの現象を、ジジェクは哲学や文学やさまざまな政治的事象のなかに見出す。それはきわめて刺激的な考察である。

わたしがこの比喩の重要性に気づいたのは今日出海の「山中放浪」を読んだときだった。これは第二次世界大戦中、マニラの山中で地獄のような逃避行をした記録なのだが、そのなかにこんなことが書かれていたのだ。米軍を逃れるために今と軍人たちはジープで延々山路を移動する。米軍が造った山道はまことに整備が行き届いていて、じつに快適に車を飛ばすことができた。その車中で今はつい眠りこんでしまうのだが、ふと目が醒めると真夜中で、道の脇にはそれこそどれだけ深いのかもわからぬおそろしい谷が口を開けている。その場面を読んだとき、これこそメビウスの帯だと思った。米軍の造った山道を走り出したとき、今は有用性とか利便性とか合理性といった、いわゆる「象徴界」に存在していた。ところが山路をその果てまで突き進むと、そこには崇高なるものの次元が切り開かれていた。崇高なるものは「象徴界」に回収され得ないものとしてその限界を刻むものだ。それに気づいて「山中放浪」を読むと、随所にこの反転現象が見つけられる。最大の反転現象は、まさに日本とマニラのあいだに存在する。日本では新聞記者たちが報国報道に余念がない。しかし今は彼らが現実をまるで知らないことにいらだつ。記者たちは自分たちだって危険を冒して戦地へ行っているというのだが、今はそれではまだ行き足りないのだ、もっと先へ行けと言う。記者たちは今を非国民よばわりし、結局彼らは酒の席で大げんかを演じ、今は血まみれになって宿に戻るのである。わたしは今の、もっと先へ行けという言葉に注目した。つまり日本における現実が反転する地点まで先へ進めという意味だと考えたのである。今は反転する地点まで行ってしまった。記者たちはまだそこまで行っていない。そして向き付けの不可能な地点まで行ってしまったからこそ、今と記者たちは理解し合えないのである。このギャップはどれほど言葉を積み重ねようとけっして埋めることができない、そういうギャップである。だから彼らはいくら言葉を重ねても理解し合えず、最後には暴力を用いざるをえないのだろう。

考えて見れば今がさまよった山路はメビウスの帯にそっくりではないか。わたしは文学における空間論は三次元的であってはならないと考えた。

ルネ・フュレップ=ミラー作「闇の深みへ」を訳したのもこのメビウス現象が如実に描かれているからである。この作品には山中を行軍する場面がふたつあるが、その両方において反転現象が起きている。物語の冒頭にあらわれる行軍の最中、主人公は自分たちが隊列をなしてたどっているこの道は目的地へ行く道ではないのではないかと疑問を抱く。そして彼は士官候補生に地図を見せられ、たしかに目的地へ通じている道だと一時的には納得する。しかし彼らは結局、雨と風が吹き荒れるおそるべき場所へ入り込んでしまう。今の「山中放浪」とおなじように崇高の次元に突き出てしまうのだ。地図というのは空間的位置にある秩序を与えたもの、つまりすぐれて象徴的なものだ。しかしメビウスの帯である山路は、象徴界を突っ切り、その限界地点まで人をいざなうのである。

二つ目の山中行軍は第二章にあらわれる。そこで兵士たちは歩きながら目的地にいる有名な娼館の女の話をしている。ここに見られるのは通常の欲望である。ところが突然主人公はべつの戦場へ向かわされることになる。そこでの使命は、敵にわざと攻撃をさせ、しかしけっして陣地をあけわたしてはならないという、とんでもないものだった。みずからを幾度も、反復的に、死の危険にさらすという、まさに死の欲動の領域へと主人公は突き進むのだ。欲望の領域から、死の欲動の領域へ。これくらいあざやかに反転現象を描いた作品はなかなかないだろうと思った。

この二作の読解を通じて山路がメビウスの帯の比喩となり得ることはよくわかった。ところで山路はよく「羊腸たる」という形容をともなう。そう、じつは腸もその形状がメビウスの帯に似ている。つまりわれわれはわれわれの内部に反転現象を抱え込んでいるのである。わたしはいま、そのことを考えている。


Wednesday, March 31, 2021

ニコラス・ブレイク「ナイフを手に微笑む者」(1939)

本編の主人公はナイジェル・ストレンジウエイズではなく妻のジョージアのほうである。彼らが庭仕事をしていたとき、写真を入れて首に掛けるロケットを見つける。それがきっかけとなって、彼らはイギリスを独裁国家に変えようとする政治的陰謀の存在に気づくのである。そしてジョージアは夫の伯父であり時の政府の要人でもあるジョン・ストレンジウエイズに促されて、この秘密組織に潜入することになった。ジョージアは世界を股にかける冒険家だったが、今回は内なる(つまり国内に於ける)冒険へと出掛けるわけだ。

そういうわけでこの作品はミステリというよりはスリラーとか冒険小説、あるいはスパイ小説に近い。もっともル・カレみたいな筋の入り組んだものではなく、たんたんと読み進められる平易さを持っている。

この作品はいくつかの点で興味を惹く。まずは独裁主義への不安。この作品が出た1939年といえばヒトラー率いるドイツがポーランドに侵攻した年である。イギリスにはその七年前の1932年にファシスト党が成立していた。独裁主義はこの当時の時局的な話題だったし、文学や映画によってよく取り上げられた主題だったのだが、ニコラス・ブレイクもこの手の作品を書いていたとは知らなかった。

ニコラス・ブレイクの描く独裁者はその性格がじつによく伝わってくる。このあたりの書き方はさすが桂冠詩人と感心せざるを得ない。ゴルフコースや地球儀の謎、飛行機をクリケット場に着陸させるエピソード、いずれも彼の支配欲、自己顕示欲が巧みに表現されている。(ついでにいえば、独裁者の視線とは「俯瞰する視線」なのだということがこれらのエピソードを通じてわかる)

次に女性の活躍が目を惹く。ジョージアは冒険家だけあって胆力があり、しかも夫に負けないくらい知的な鋭さを持っている。自分の生き方にこだわりを持ち、そのためなら離婚も考える、独立心にとんだ女性である。冒険小説で女性が活躍するというのはこの時期ではまだ珍しいのではないだろうか。探偵ならヴィクトリア朝時代から作品があるけれど。

最後に会話がなかなか気が利いている。秘密組織に潜入するジョージアと独裁者を目指す組織の首領キャンテロウ卿の会話を引いてみる。

 「どうしてわたしをそんな眼で見るの?」ジョージアは振り返って彼を見つめた。

 「わたしはどんなふうにあなたを見ているのですか」

 「先生が黒板に書きつけた新しい公式を見るみたいに見ている」

 「たぶんあなたは新しい公式なんでしょう。わたしにはあなたを位置づけることができない」

 「いつも人を位置づけているの?」

 「危険かもしれない人々の場合はね」

俯瞰する視線とは位置づけようとする視線だが、そのような視線がいつも魅了され、挫折させられるポイントがある。それが位置づけのできないシニフィアン(新しい公式)なのだ。引用した会話はちょっと読むと映画的な粋な会話のように読めるが、じつは作品全体を通じて示される主題と関係していて、それゆえ浮いた印象がないのである。

Saturday, March 27, 2021

「悪い種子」発売のお知らせ

先日ウィリアム・マーチ作「悪い種子」の書評をこのブログに掲載したが、あの小説を戯曲化した作品を翻訳して出版することにした。作者はマクスウェル・アンダーソン。彼は生前は非常に評価の高い劇作家だった。死後はなぜかアメリカ文学のキャノンからはずされてしまったが、政治を題材にしたよい作品をいくつか書いている。「悪い種子」もブロードウェイで当たりを取り、ピューリッツァー賞の候補にもなった。


「悪い種子」は八歳の美少女が連続殺人を犯すという衝撃的な内容の話で、フェミニストたちも着目する作品だ。1950年代には映画化もされている。主人公の少女ローダを演じたパティ・マコーマックがすばらしい演技を見せているが、アメリカ映画の悪弊で、原作のインパクトが弱まるような物語に作り替えられている。ぜひとも小説版あるいは戯曲版を読んでもらいたいと思う。

小説の新訳を出そうかなとも思ったのだけれど、商業出版されたものとはよほどのことがないかぎりかち合わないようにするのが私の方針。それに原作を書いたウィリアム・マーチは他の作品を訳すかも知れないので、今回は見送ることにした。

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Tuesday, March 23, 2021

ゲーム実況者のための英語 (3)

ゲーム実況者スキッド氏はパズルゲームをとくのが恐ろしくうまい。The Last Guardian は彼にとってベスト・ゲームの一つであると言っているが、その実況もゲームに対する愛情が伝わるすばらしいもの。話し方も落ち着いていて品がある。

What the hell

Hey, Triko, you had a nice nap1? Oh, (it) looks like you... your horns are cracked2. Whoa, what the hell?3 Don't eat me. Should I shine the light? Whoa! The lightning that flew from the beast's tail took me greatly by surprise. Yeah, it did. Could it really have been summoned4 by the mirror? Was it?5

ヘイ、トリコ、よく寝られたかい? おや、角が折れているようだ。 おお、なんなんだ? おれを食べないでくれよ。 さあて……明かりで照らしたらいいのかな。 ワオ! (ナレーション)獣の尻尾から飛び出した雷はわたしを大いに驚かせた。 ああ、まったくだ。 (ナレーション)それ(雷)は鏡によって呼び出されたのだろうか? そうだったのか?

1. have a nap で「昼寝する」。"have a nice [noun]" という形はよく使われるのでこの際いくつかまとめて覚えてしまおう。
Did you have a nice time? 楽しいひとときが送れましたか。
Did you have a nice trip? 楽しい旅ができましたか。
Did you have a nice weekend? 楽しい週末が送れましたか。
Did you have a nice holiday? 楽しい休暇が過ごせましたか。
Did you have a nice spring break? 楽しい春休みが過ごせましたか。

2. (it) looks like 「見たところ……のようだ」。it は文法的には主語として必要だが、口語では省略されることもある。"Looks like they are having fun." 「見たところ彼らは楽しんでいるようだ」。I got it. 「わかった」というような表現も口語では Got it. とよく主語を省略する。また "you... your horns" という部分は、一度 you と言いかけて、すぐに your horns と言い直したもの。

3. What the hell 「なんなんだ?」。トリコの異様な反応にぎょっとして発した言葉。前回のテキストで見たように What the hell is happening? と補って考えればよい。非常によく用いられるフレーズ。

4. summon 「呼び出す」。「悪魔を呼び出す」という場合にも summon を使う。He tried to summon the devil with a pentagram. (彼はペンタグラムで悪魔を呼び出そうとした)。

5. Was it? は Was it summoned by the mirror? ということ。

関口存男「新ドイツ語大講座 下」(24)

§24. Er hat es gut getroffen. あいつは運がよかった。  treffen, traf, getroffen は「的中せしめる」、「あてる」ですが、「彼は それを 良くあてた」が「運が良かった」、「いいのにあたった」、「うまいことをした」の意...