Wednesday, December 29, 2021

東欧の笑い話

東欧のどこかの国にこんな笑い話があるそうだ。神様が一人の農夫にこうもちかけた。「お前の望みを一つかなえてやる。ただし、お前の隣人は、おまえが得たものの二倍のものを手にすることになるけれどな」つまり農夫が林檎一個を望んだとすれば、隣の農夫は林檎二個を手に入れるというわけだ。そこで話しかけられた農夫は言った。「それじゃ、わしの眼を一つなくしてください」

人間と云うのは根本的に歪みをひめた存在だけれど、それがこんな笑い話にもよくあらわれている。人間はどういうわけか、自分より「少し下の人間」を激しく憎悪し、あるいはそのような対象を作り出そうとする。そして「下の人間」が自分たちより得することを許そうとしない。得することを許せば、自分たちにもなんらかの得が生じるにもかかわらず。

自分が損をしてもいい、目を失ってもいい、と考えるのは、その損、目の喪失のうちに快楽が存在するからである。人間は得をしようと合理的に動くものだ、などと考えていると、この振る舞いは理解できない。通常は得をすることに快楽を覚えるが、その逆に損をすることに快楽を覚える場合もある。ときには自分の死を招くような損にすら快楽を覚えるのだ。

ナチスドイツは、「今の苦しみなどとは比べものにならない苦しみになるが戦争をやるぞ」と言い、民衆はそれを歓呼しながら受け入れた。あれはこのネガティブな快楽に一国がどっぷりとひたってしまった例である。

この狂気は、しかしながら、人間から取り除くことが出来ない。それどころか人間は存在の根本的な条件として、この狂気に常にひたっている。いわゆる「正常」な、「普通」の状態は、この狂気への抵抗にすぎないのである。われわれは抵抗の力を失い、狂気に流される危機にたえず直面しているといってもいい。精神分析の考え方とはそういうものだ。だからこそフロイトは正常を理解するには狂気を研究しなければならないと考えたのである。

Sunday, December 26, 2021

ジェシカ・ライアン「理由を尋ねた男」(1945)


ジェシカ・ライアン(Jessica Dorothea Cadwalader Ryan (1914-1972))は映画俳優ロバート・ライアンの妻。彼女も俳優だったが、学校を創設したり、子供向けの本を書いたりもした。本作は彼女が書いたミステリ。

 書き方はつたないが、なんというのだろう、ハリウッド映画を見ているような楽しさがある。

主人公はグレゴリ・セルギエヴィッチ・パブロフというスラブ語の大学教授。小男で、独身で、まったく冴えないのだが、いろいろなことに「なぜ?」という疑問を感じる、学者らしい人物だ。彼が住むサンフランシスコの町で、一人の麻薬中毒者が野垂れ死にをした。この事件にふと興味を持ったパブロフは大学が夏期休暇に入ったのをいいことに自分なりの捜査をはじめる。すると意外や意外、事件の糸は高名な音楽家ザブロウスキや、市議会議員のウィチェットへと伸びているではないか。そしてパブロフの捜査の最中に関係者の一人が殺害され、容疑者として市議会議員の美しい娘が逮捕される。事件の背景を探るパブロフは大男の警察官オショーネシイの助力を得て、事件を解決していく。

この作品は推理小説ではない。十九世紀にはやったセンセーション・ノベルに近い。パブロフが事件を探っていくと、関係者のあいだに複雑な人間関係の存在することが分かってくる。そこから驚くべき事実が次々と浮かび上がってきて、絶えず読者を驚かせてくれる、そういう小説である。この手の小説はさんざん書かれて、ついには読者にあきられてしまった。しかし今でもソープオペラのような形で存続し続けている。実際、立て続けにこの手の小説を読むと食傷気味になるが、たまに読むと楽しいものだ。この手のメロドラマにはなにか不思議な魅力がある。

本作の中には人種偏見や世界大戦、亡命者といった当時の国際情勢を反映した内容が含まれている。古い形式を使いながらも題材には新しさがあり、最後までなかなか興味深く読ませる。文章はうまくないが、よく作り込まれた作品だ。

Thursday, December 23, 2021

ゲーム実況者のための英語(16)

God of War の格闘場面から。スクリプト中、stranger (見知らぬ男)で示したのはゲームの中の小柄なほうの男の言葉。実況者の Murderofbirds (「鳥殺し」の意味)は滑舌がよく、早口だが聞き取りやすい。

 stranger: No, no, no. Fine. My turn1.
M: Wow! What the fuck! Is this guy a god?
Oh, geez2.
 stranger: How incredibly disappointing!3 Come on then.
M: Ah...Are we literally4 fighting him...the stranger?
 stranger: Pointless.
M: Wow! Get his ass!5
 stranger: You bore me.
M: Oh my god! What kind of fight is this?
 stranger: Are you even trying?6
M: Damn!
 stranger: Come on, already.7
M: Get him. Oh! I need to stay locked on him8.
Can I parry9 his attacks?
 stranger: So slow.
M: Oh, nice! Got him!
Oh, what an awesome fucking fight!
 stranger: Is that it?10
M: Damn, I, I, I have to stop going backwards.

 見知らぬ男:まだ、まだ、まだだ。よし、今度は俺の番だぜ。
実況者:うわっ! なんだこりゃ。こいつは神なのか。なんてこった!
 見知らぬ男:信じられないほどがっかりさせるな。さあ、来いよ。
実況者:ほんとにこいつ……見知らぬ男と戦うのか?
 見知らぬ男:むだだ。
実況者:やっつけろ! 
 見知らぬ男:つまらねえな。
実況者:ああ、なんて戦いなんだ!
 見知らぬ男:きさま、やる気あるのか?
実況者:くそう。
 見知らぬ男:さっさと来いよ。
実況者:やれっ! ああ! 集中しないといけないな。
 相手の攻撃をそらすことができるのかな。
 見知らぬ男:なんてのろいんだ。
実況者:よっしゃ。つかまえたぞ。
 ああ、なんてすごい戦いなんだ!
 見知らぬ男:それで終わりか?
実況者:後ろに下がるのをやめなきゃ駄目だな。

1. turn は「順番」の意味。
2. Jesus からできた言葉。God と同じで、感嘆詞として用いる。
3. もちろん相手の弱さをののしっている。
4. literally は「文字通り」という意味だが、この語を正確に用いている人はあまりいない。たいてい、「本当に」くらいの意味で使われている。
5. ass は「尻」の意味で、直訳すれば「奴の尻をつかめ」ということ。見知らぬ男は動きが速いため、「つかまえてやっつけろ」と言っている。
6. Are you even trying? 「(戦う)努力すらしているのか」とは「努力すらしていないんじゃないのか」ということ。
7. Come on, already. の already は「さっさと」という意味。相手の動きの遅さをあざけっている。口語的な表現。バスがなかなか来ないときにもこの表現は使える。
8. to be locked on は「(相手の動きが速いから)……に集中する」という意味。
9. parry は「攻撃をそらす、受け流す」。
10. Is that it? は「そんなものか、それで終わりか?」というあざけりの言葉。

Monday, December 20, 2021

関口存男「趣味のドイツ語」

Kannitverstan

(イ)Dies1 ist die Geschichte von einem deutschen Handwerksburschen2, der durch Irrtum zur Wahrheit kam und trotz3 seinen jungen Jahren aufs tiefste4 erkannte5, wie unbeständig6 alle irdischen7 Dinge sind.

逐語訳:(イ)Dies これは(=以下に述べる話は) durch Irrtum 誤謬によって zur Wahrheit kam 真理に到達した und そして trotz seinen jungen Jahren かれの弱年にもかかわらず alle irdischen Dinge あらゆる現世の事がらが wie unbeständig 如何に定めなきもので sind ある〔かということを〕 aufs tiefste 深く深く erkannte 認識した der ところの von einem deutschen Handwerksburschen 或るドイツの職人の die Geschichte 物語で ist ある。

:【1】Dies: 「此の事」という時には dieses また略して dies と云います。
【2】Handwerkbursche: 「手職」が Handwerk. 「若い衆」が Bursche, m. (弱変化男性)
【3】trotz: これは「……にもかかわらず」(英:in spite of, despite)という前置詞で、三格または二格を支配します。ここでも、trotz seiner jungen Jahre とも云えるわけです。
【4】aufs tiefste (深甚に):zutiefst とも云います。tiefst は tief (深く)の最高級ですが、am tiefsten というと「最も深く」の意になり、aufs tiefste (あるいは auf das tiefste)というと「非常に深く」の意になります。その他の副詞もすべて同じ:aufs freundlichste 非常に親切に、aufs fleißigste 非常に勤勉に。
【5】erkannte: erkennen (認識する、悟得する)の過去。
【6】unbeständig: 定めなき、うつろい易い、あてにならぬ、無常な、儚い、という形容詞。(英の fickle)――beständig (恒久性のある、不変の、確固不動の)が英の constant.
【7】irdisch: 同じく Erde (土地、土、現世)から造られた形容詞に、irden (土製の、土の)と irdisch (現世の)との二つがあります。

(ロ)Denn als er in die reiche Handelsstadt Amsterdam gekommen war, fiel8 ihm9 sogleich ein großes und schönes Haus in die Augen, wie er auf seiner ganzen Wanderschaft10 noch keines11 gesehen hatte. Nachdem er also12 das stattliche Gebäude lange mit Verwunderung13 betrachtet hatte, fragte er einen14 Mann, der gerade15 an ihm vorbeiging16, mit den Worten:
(ハ)„Entschuldigen17 Sie, wem 18 gehört denn das stattliche19 Haus dort an der Ecke?“

逐語訳:(ロ)Denn というのは er かれが in die reiche Handelsstadt Amsterdam 富裕なる商業都市アムステルダムへ gekommen war やって来た als とき、er かれが auf seiner ganzen Wanderschaft かれの全遍歴途上に於て noch いまだ keines 一つとして gesehen hatte 見たこともなかった wie 様な ein großes und schönes Haus 一つの大きな美しい家が ihm in die Augen かれの眼に sogleich ただちに fiel 落ちた(とまった)。also そこで er かれが das stattliche Gebäude その立派な建物を lange 長い間 mit Verwunderung 驚異をもって betrachtet hatte [一応]眺めおわった Nachdem 後、er かれは、 gerade ちょうど[折しも] an ihm かれの傍を vorbeiging 通りかかった der ところの einen Mann 一人の男を(=に) mit den Worten [次のような]言葉を以て fragte 問うた:
 (ハ)„Entschuldigen sie, 失礼ですが dort 彼処の an der Ecke 角の所に在る das stattliche Haus 立派な家は denn 一体 wem 誰に gehört 属しますか?“

:【8】fiel: fallen (落ちる)の過去。ここでは in die Augen fallen (眼にとまる)という熟語。
【9】ihm: これは ihm in die Augen とつづけて考えること。ihm in die Augen は in seine Augen というに同じです。類例:Bleib mir in der Nähe (わたしのそばに居てくれ!)、Eine Träne hängt ihr an der Wimper (一粒の涙がかの女の睫毛にかかっている)、Sie kämmte sich das Haar (彼女は自分の髪の毛をくしけずった)、Der Wein löste ihm die Zunge (酒が彼れの舌を解いた、口をほごした)、Ich trat dem Hund auf den Schwanz (私は犬の尾を踏んだ)、Wir hielten uns die Nase zu (我々は我々の鼻をつまんだ)。
【10】Wanderschaft, f. (遍歴、諸国行脚):昔は、靴屋にしろ仕立屋にしろ、一人前の職人になるには、徒弟(Lehrling)として親方の工場で働く見習時期が了るとこんどは親方の家を出て諸国を遍歴しながら方々の親方の許を廻りあるくのが慣例になっていました。此の話も、そうした遍歴の途上にある職人の話です。
関係代名詞のような使い方をする wie......keines......等。【11】keines: Haus という語を指しているわけですから中性語尾 -es を採っています。この wie......keines という構造は、いわば、先行する Haus を受けた関係代名詞のようなもので、次の文例によって kein- の次の格語尾が先行詞の性によって、また其の時々の格に従って色々に変る様を御研究下さい:Das ist ein Gegner, wie mir noch keiner begegnet ist! (こいつは未だかつて遭遇したことのないような相手だ)、Das war ein Kaffee, wie ich noch keinen getrunken hatte (それは私がかつて飲んだこともない様なコーヒーであった)、Hier bietet sich eine Gelegenheit, wie Sie noch keine gehabt haben (茲には、あなたが未だかつてお持ちになったためしのない様な機会が提供されているのです)。
【12】also: 「そこで」(英の so)――此の話は、日本語でなら文頭に置かれるべき筈の語ですが(英の so も然り)ドイツ語ではしばしば文章の中途に置かれます。英でなら so I went......(そこで私は……へでかけた)と云いますが、ドイツ語では Also ging ich......あるいは Ich ging also......です。
【13】mit Verwunderung: 「訝りをもって」、「驚異の念を以て」。
【14】einen (四格):fragen という動詞は、それに伴う「人」の名詞は四格の形を用います。即ち或人「に」問う、ではなく、或人「を」問う、というわけです。
【15】gerade: ちょうど、偶然、たまたま。
【16】an ihm vorbeiging: an jemandem vorbeigehen (或人のそばを通りかかる)――vorüber- も vorbei- も共に「通過する」意。
【17】Entschuldigen Sie: 英の Excuse me.
【18】wem: wer の三格形。
【19】stattlich (立派な)=herrilch.

(ニ)Der Mann aber, der kein Deutsch verstand, sah ihn verwundert20 an21 und sagte auf holländisch22:
 „Kannitverstan23!“
(ホ)Das heißt24 auf deutsch: „Kann nicht verstehen.“ Aber der Bursche nahm es für25 den Namen des reichen Mannes, nach26 dem er gefragt hatte. „Das muß27 ein steinreicher28 Mann sen, der Herr Kannitverstan,“ dachte er und ging weiter.

逐語訳:(ニ)aber ところが kein Deutsch verstand ちっともドイツ語を理解しなかった der ところの Der Mann その男は verwundert 不審げに ihn かれを sah an 眺めた und そして auf holländisch オランダ語で sagte 云った:
„Kannitverstan!“ 「カンニットフェルスターン」と。
 (ホ)Das それは auf deutsch ドイツ語で云うと „Kann nicht verstehen“ 「わかりません」 heißt という意味である。Aber ところが der Bursche 若者は es それを nach dem er gefragt hatte かれが訊ねたところの des reichen Mannes お金持の男の für den Namen 名前と nahm 取った。„Das こいつは ein steinreicher Mann とてもお金持の男 muß sein であるに違いない、der Herr Kannitverstan,“ 此のカンニットフェルスターンさんという人は」と dachte er かれは考えた und そして ging weiter なおも先へと行った。

:【20】verwundert: 前出の mit Verwunderung と同じ。
【21】sah......an: ansehen は人の顔を見ることを云う。
【22】auf holländisch: 「何々語で」という方には auf を用いるのと、in......Sprache を用いるのとがあります。「オランダ語で」:auf holländisch または in holländischer Sprache; 「英語で」は auf englisch または in englischer Sprache.――時には im Holländischen, im Englischen とも云います。
【23】Kannitverstan: これは、次にも説明してある通り、オランダ語で、Kan nit verstan, 正しく書けば Kan niet verstaan です。即ち Ik kan niet verstaan (Ich kann nicht verstehen) です。オランダ語は、古くからドイツと離れてしまってはいますが実はドイツ人の一族であるオランダ人の言葉ですから、単語も文法も文章の構造も、ほとんど全然ドイツ語の通りです。東京弁と鹿児島弁ほどの差です。
【24】heißt = bedeutet; will sagen.
【25】nahm es für: 英の took it for または mistook it for です。etwas für etwas halten (或物を或物と思う、或物を以て或物と為す)とよく似ています。漢語の「以て為す」という「以為」を「おもえらく」と読ませるのも之れとよく似た構造を持っていることに気がつくでしょう。
【26】nach: fragen という動詞が「人」の名詞を四格にして用いることは先に(註14)のべましたが、問おうとする内容を意味する語は nach (英の ask なら about に相当)を支配します。Ich fragte ihn nach seinem Befinden (私はかれにかれの容態をたずねた)。
【27】muß: 「きっと……に相違ない」、「さぞ……であろう」という時に müssen という助動詞を用います。つまり「論理的帰結」、或いは「推理」の意の「ねばならぬ」、「の筈だ」、「でなくてはならぬ」です。英語でも must をそういう時に用います:Oh, how you must love him! [Thackeray]「あゝ、あなたは嘸ぞあの人を愛していらっしゃるのでしょうね」、ドイツ語でも、Ach, wie müssen Sie ihn lieben!
【28】steinreich: 「大金持」ということを steinreich 或いは stockreich と云います。

(ヘ)Bald darauf29 kam er an den Hafen. Da stand nun30 Schiff an Schiff31 und Mastbaum an Mastbaum. Unter andern32 zog33 ein großes, herrliches34 Schiff, das vor kurzem35 aus Ostindien angelangt36 war, seine Aufmerksamkeit auf sich37. Eine ganze Schar38 Hafenarbeiter wälzten39 Fässer40, trugen41 Kisten42 und schafften43 Zucker, Kaffee, Reis und Pfeffer ans Land. Nachdem er so eine Weile zugeschaut44 hatte, fragte er einen der Arbeiter:
(ト)„Wem gehört denn das große, schöne Schiff?“

逐語訳:Bald やがて darauf その後 er かれは an den Hafen 港のところへ kam やって来た。Da 其処には nun さて Schiff an Schiff 船が船に接し、Mastbaum an Mastbaum 檣が檣に接して stand 立っていた。Unter andern 中でも特に vor kurzem 最近 aus Ostindien 東印度から angelangt war 到着した das ところの ein großes, herrliches Schiff 大きな、立派な船が seine Aufmerksamkeit かれの注意を zog auf sich 自らの上に惹いた。Eine ganze Schar おびただしい数の Hafenarbeiter 港の労働者(沖仕)どもが Fässer 樽を wälzten ころがしていた、Kisten 箱を trugen 担いでいた、und そして Zucker, 砂糖や Kaffee 珈琲や und Pfeffer 胡椒を ans Land 陸に schafften 運んでいた。er かれが so そういう風にして eine Weile しばらくの間 zugeschaut hatte 見物していた Nachdem 後、er かれは der Arbeiter 労働者たちの einen 一人を(=に) fragte 問うた:
 (ト)das große, schöne Schiff 此の大きな美しい船は denn いったい Wem 誰に gehört? 属しますか?

:【29】Bald darauf: これは「その後間もなく」、「やがて」、「それからしばらくして」という熟語。
【30】nun: 「さて」です。Da......nun で「其処にはさて」。
同語反復には冠詞を省く:Schiff an Schiff【31】Schiff an Schiff: an は接する意味ですから、舷々相摩して碇泊する様を云ったもの。――こういう風に、同じ語を二度くりかえす句には冠詞が省かれます。中間に置かれる前置詞には色々なものがあります:
Mann für Mann 一人一人   Haus für Haus 一軒一軒
Wort für Wort 一語一語   Tag für Tag 来る日も来る日も
Seite um Seite 一頁一頁  Blatt um Blatt 一枚一枚
Korn um Korn 一粒一粒   Erfolg um Erfolg 成功又成功
von Minute zu Minute 時々刻々、今か今かと
von Jahr zu Jahr 年々歳々(花相似たり、等)
【32】unter andern: 「なかんづく」、「就中」、「中でも特に」、「とりわけ」という熟語。よく u.a. と略されます。(unter は英の among で、unter andern Schiffen 他の船も数ある中に、というわけです。
【33】zog: ziehen (引く)の過去。
【34】herrlich: 「しばらく前」という副詞。
【35】vor kurzem: kürzlich, neulich, neuerdings などと同じく「最近」、「しばらく前」という副詞。
【36】angelangt: anlangen (着く)の過去分詞。(= angekommen, eingetroffen)
【37】zog......seine Aufmerksamkeit auf sich: 「かれの注意を己れ自からの上に惹いた」とか、かれの目を捉えた、ということ。英なら caught his eyes、前出の fiel ihm in die Augen と同じ。また fesselte seine Augen とも云います。
【38】Eine ganze Schar: Schar は「群」のこと。ganz は「全き」ではなく、「非常な」、「多人数の」、「おびただしい」の意。「どっさり」を eine ganze Menge、「山と積んだ」何とか、を ein ganzer Haufen とか ganze Berge von......などと云うがごとし。
【39】wälzen: ゴロゴロところがすこと。
【40】Fässer: Faß, n. (樽)の pl.
【41】trugen: tragen (運ぶ、かついで運ぶ)の過去。
【42】Kisten: Kiste, f. 箱。――蜜柑箱とか何とか云ったような、荷造した箱は、der Kasten の方でなく die Kiste の方を用いるのが普通です。
【43】schafften: これも運ぶこと。ans Land schaffen (陸に運ぶ、陸揚げする)――schaffen という動詞は、「創る」、「創造する」の意の時には三要形は schaffen, schuf, geschaffen; それ以外は規則的です。こゝは「運ぶ」の意ですから過去形が schafften.
【44】zugeschaut: zuschauen (見物する)。

(チ)Der holländische Hafenarbeiter verstand kein Deutsch und antwortete:
 „Kannitverstan!“
(リ)Da dachte unser45 Bursche: „Aha46, das Schiff gehört dem Herrn Kannitverstan, dem Besitzer jenes großen Hauses! Ja, ja, wer in solch47 einem großen Hause wohnt, muß auch große Einkünfte48 haben. Ach, wie glücklich und stolz muß49 er sich50 in all51 seinem Reichtume52 fühlen! Und was für ein armer Teufel53 bin ich doch54 unter55 so vielen reichen Leuten in der Welt!“

逐語訳:(チ)Der holländische Hafenarbeiter オランダ人の沖仲仕は verstand kein Deutsch ドイツはわからなかった und そして antwortete 答えた:
 „Kannitverstan!“ 「カンニットフェルスターン!」と。
 (リ)Da そこで unser Bursche われらの若者は dachte 考えた:„Aha, ははあ、das Schiff 此の船は dem Besitzer jenes großen Hauses あの大きな家の持主である dem Herrn Kannitverstan カンニットフェルスターン氏に gehört 属する! Ja, ja, なるほど、なるほど、 in solch einem großen Hause 斯くの如き大なる家屋の中に wohnt 住む wer 者は auch また große Einkünfte 大いなる収入を muß haben 持たねばならぬ。Ach 嗟! er かれは in all seinem Reichtume すべての彼れの富の仲に於て sich 自分自身を wie glücklich なんと幸福に und 且つ stolz 矜らしく fühlen 感ずる muß に相違ないことよ! Und それにしても ich それという人間は in der Welt 此の世の中の unter so vielen reichen Leuten 斯くも多くの富裕なる人々の間にあって was für ein いったいまた何と云う armer Teufel 素寒貧 bin であることよ!“

:【45】unser: 物語の中では、筆者は、その場合問題になっている主人公を指すときに、大抵「われわれの」という形容詞をかぶせます。「問題の」男、というわけ。
【46】Aha! 「アーー」または「アー」と発音し、第二綴にアクセントを置いて音階を上げます。日本語の「ははあ」と同じで、「なるほど」という意。
独逸の solch, so を使う場合と、英語の such, so を使う場合との語順の比較【47】in soch einem: 「かくの如き」です。einem を前におくと solch には格語尾がなくてはなりません:In einem solchen. ――それから、in solch einem großen Hause (こんな大きな家の中に)という句は、英語では、やはりこの通り in such a large house です。けれども、solch の代りに so を用いる場合には、独は相かわらず同じ語順で In so einem großen Hause ですが、英語は不定冠詞と形容詞とが逆になって In so large a house となるということを記憶しておく必要があります。英語ではなぜこんな変な順になるかというと、so large を一語のように考えるからで、これを後につければ in a house so large となり、前につければ in so large a house となるわけです。別な例でいうと、「こんな危急の瞬間に」は、形容詞を前につけて at so critical a moment とも at a moment so critical とも云います。ドイツ語は in solch einem kritischen Augenblick.
【48】Einkünfte: 此の「収入」という語は必ず複数形のままで用います。
【49】muß: 註27ヲ見ヨ。
【50】sich: 「幸福に感ずる」という時には、「自分を・幸福に・感ずる」(sich glücklich fühlen)と云います。英語は斯ういう場合には再帰代名詞を用いず、feel と形容詞だけで feel happy と云います。たとえば「わたしは大分快方に向いつつあるような気がします」とか「だいぶ気が楽になって来ました」などは英では I am feeling better, 独では Ich fühle mich besser です。その他、「準備する」という prepare (sich vorbereiten)などもそうです。「私は試験の準備をしています」は英 I'm preparing for an exam. 独は Ich bereite mich für eine Prüfung vor.
【51】in all seinem: in allem seinem とも云わないことはありませんが、all の格語尾は、物主形容詞その他の冠詞類の前では省略される方が普通です。
Reichtum と Irrtum との二語は「性の規則」の重要な例外である【52】Reichtum, m. (富):本記事の中に、der Irrtum (誤謬)と der Reichtum の二語が申し合わせたように出て来ましたから、独逸語文法の常識とも云う可き重要な初歩規則を一つ思い出しておきましょう。それは -tum (英の -dom に相当:freedom, wisdom など)という語尾のつく語は das Altertum (古代)にしても das Eigentum (所有)にしても das Wachstum (生長)にしても、すべて中性ですが、ただ此の二語だけが型破りで男性なのです。
「貧乏人・可哀そうな奴」のことを「哀れなる悪魔」という:独:armer Teufel. 英:poor devil. 仏:pauvreーヴル diableディーブル.【53】armer Teufel: これは「貧乏人」あるいは「哀れな人間」のことです。貧乏人のことを「哀れな(或いは貧乏な)悪魔」というのは、なんだかおかしな話ですが、これは各国語ともそういうことにきまっているのです。なぜ悪魔というかというわけについては、いろんな説があります。一説によると、キリスト教の勧善懲悪的内容の口碑には、人間をわなに掛けようとした悪魔が神の忌憚にふれて逆にひどい目にあうという筋のものが多いので、そうした悪魔が大詰めで der arme Teufel! と云って笑われる、そんな所から起ったものだろうとも云います。また、Teufel は何語でも「アラいやだ!」とか「冗談じゃない!」とか「チェ!」とか「こいつは不可ねえ!」とか云ったような Schwur (感情反撥詞)に用いられるから(たとえば Tod und Teufel! 冗談じゃないよ君! やったな畜生! あろうことかあるまいことか! 女なら„わたしゃくやしいいいいい!“など、軽いところでは Was zum Teufel mußt du nur immer so arm bleiben? (おまえさんとしたことがどうしてまたそんなに何時までもピイピイしていなくちゃならにんだろうねえ、など)、そんなところから、「チェ」という感じを与えるような羽目にある人間その者までも「チェ君」すなわち Teufel と呼ぶようになったのだという説もあります。
【54】doch: 只今いった「感情反撥詞」の一種で、「いったいマア」、「ほんとに」。
【55】unter: 英:among.

(ヌ)Indem56 er so denkt und vor57 Neid fast platzend58 um59 eine Ecke biegt, erblickt60 er einen großen Leichenzug. Vier schwarze Pferde zogen einen schwarzen Leichenwagen. Ein langer Zug von schwarz gekleideten Menschen folgte nach, (ル)stumm und langsam. In der Ferne läutete61 die Totenglocke62. Da ergriff63 unsern jungen Handwerksburschen ein wehmütiges Gefühl. Er blieb am Wege stehen, mit dem Hute in den Händen. Doch64, als der Zug vorbeimarschiert65 war, redete66 er einen alten Bürger an, der neben ihm gleichfalls67 dem Leichenzug zugeschaut hatte: „Wen68 tragen sie69 denn zu Grabe70?“
(オ)Der Mann sah ihn verständnislos an und brummte71: „Kannitverstan!“

逐語訳:(ヌ)er かれが so かく denkt 考え und そして vor Neid 羨望の極 fast ほとんど platzend 破裂しながら um eine Ecke 或る町角を biegt 曲がり Indem つつある時、er かれは einen großen Leichenzug 一つの大きな葬式の行列を erblickt 見る。Vier schwarze Pferde 四頭の黒馬が einen schwarzen Leichenwagen 一台の黒い霊柩車を zogen 曳いていた。von schwarz gekleideten Menschen 黒く裳束した人たちの Ein langer Zug 一つの長い行列が stumm 黙々と und そして langsam 緩やかに (ル)folgte nach その後からついて行くのであった。In der Ferne 遠くで die Totenglocke お葬いの鐘が läutete 鳴っていた。Da そこで unsern jungen Handwerksburschen われわれの若き職人を ein wehmütiges Gefühl 或る物悲しい感じが ergriff 捉えた。Er かれは in den Händen 手に mit dem Hute 帽子を持ったまま am Wege 道端に blieb stehen 立ちどまった。Doch しかし der Zug その行列が vorbeimarschiert war 前を通り過ぎてしまった als とき、neben ihm かれの側で gleichfalls 同様に dem Leichenzug この葬式の行列に(=を) zugeschaut hatte 観ていた der ところの einen alten Bürger 一人の年寄りの市民を(=に) redete an 話し掛けた:„denn いったい sie 人々は Wen 誰を zu Grabe 墓に tragen 運んで行くのですか?“
 (オ)Der Mann 其の男は verständnislos 理解無げに(ポカンと) ihn かれ[の顔]を sah an 眺めた und そして brummte つぶやいた:„Kannitverstan!“ 「カンニットフェルスターン」と。

:【56】indem: 「云々しつつある折から」、「云々しつつある間に」、「云々しながら」という接続詞。
【57】vor Neid (羨望の極):此の vor は「……の極」、「……の余り」、「……余って」、「……に堪えず」、「……まぎれに」という vor です。英語には此の vor に相当するだけの力強い前置詞がないので、with が用いられます。Sein Gesicht erglühte vor Zorn, His face flushed with anger (かれの顔は怒りに紅潮した)、Sein Gesicht wurde purpurrot vor Scham, His face turned crimson with shame (かれの顔は恥かしさの余り真赤になった)、Er zitterte vor innerer Aufregung, He was vibrating with inward excitement (かれは内心の興奮を押さえ切れずビクビク顛えていた)。Er schäumte vor Begeisterung, He was bubbling with enthusiasm (かれは感激の余り泡立ち沸ついていた)、 Ich wurde vor Furcht fast ohnmächtig, I swooned almost with fear (わたしは恐怖の余りほとんど気絶しかかった)など。
【58】Platzend: platzen は「場所」という Platz, m. とは関係なく、platz! (パチン! ピシャ!)という、物のはじける音から出来た動詞で、破裂することです。シャボン玉がはじける(Die Seifenblase platzt)など。zerplatzen とも云う。
【59】um eine Ecke biegt (角をまがる):um は「……を廻って」という前置詞(英:round)で、um eine Ecke (round a corner)は「角を(グルッと)」です。「角をまがる」は、英語は日本語通り turn a corner でよろしいがドイツ語は um eine Ecke biegen で、必ず um を要します。
物語の中で急に現在形を用いる場合の意味【60】liegterblickt が、現在形になっているところに注意。物語はすべて過去形で諄々と述べて行きますが、何か重要な瞬間にさしかかると、(たとえば、状況が切迫して、一瞬一刻の変化が問題になるとか、一挙手一投足が期待を以て迎えられるとか云ったような勢のところにさしかかると)筆者は、まるで野球の中継放送をするアナウンサーのような真理になると見えて、たちまち過去形を現在形に切り替えます。野球のは「打ちました打ちました!」なんて、過去形で言うようですが、小説の筆者は必ず「打つ」という現在形を用います。これを Praesens narrativum (叙述体の現在)とか「状況躍如化の現在」でしょう。
【61】läutete: läuten は「鳴らす」にも「鳴る」にも用います、(此処は後者)。
【62】Totenglocke, f.: 死者の鐘、すなわち弔鐘。西洋では葬式には教会で弔鐘というものを鳴らすのです(英:knell)。たとえ罪人をお仕置にするときでも、首を絞める綱がスルスルと捲き上げられる瞬間には、近所の寺では Armensünderglöckchen (刑鐘)というのをカランコロンと鳴らしたものです。
【63】ergriff: ergreifen (捉える、つかむ)の過去。
【64】Doch: 「そして」(und)というかわりに、少し調子の高い文体では aber または doch と云います。
【65】vorbei-marschiert: 「粛々と歩む」という時には好んで marschieren という動詞を用います。
【66】redete......an: jemanden anreden (或人に話しかける)
【67】gleichfalls: 「亦同様に」、「これまた同じく」(ebenfalls ともいう)。
【68】wen: wer の四格。wenn と区別して、はっきりと長く「ヴェーン」と発音すること。
【69】tragen sie = trägt man. 「人々」という際には、man と同じく sie (彼等)という語をよく用います。たとえばよく云う「……という噂だ」と云ったような時には、独では Man sagt がマア一番普通ですが、英語では they say をよく用います。(仏は on dit で man の方、ラテン語は dicunt で sie の方です)要するに、man の代りに sie もかなり多く用いることは知っておく必要があります。
【70】jemanden zu Grabe tragen: 「或人を墓場に運ぶ」は、いわゆる葬送、野辺のおくりです。
【71】brummte: brummen (つぶやく、口の中でゴモゴモ云うこと)。

(ワ)Unser junger Deutscher stutzte72. Zunächst einmal73 war er so verwirrt, daß er nicht wußte, was er dazu sagen sollte. Bald74 aber fielen ihm75 ein Paar76 große Tränen aus den Augen, und ihm wurde77 auf einmal78 so schwer und (カ)dann wieder79 Gott weiß wie80 leicht ums Herz81. „Armer Kannitverstan!“ rief er seufzend aus, „was82 hilft dir nun all83 dein großes Vermögen und großes Haus und großes Schiff? Das alles84 kannst du doch85 nicht mit86 in dein enges Grab (ヨ)nehmen87! Und ich Narr88 hatte dich gar89 beneidet!“ Und dann fügte90 er in tiefem Nachdenken hinzu: „Aber ich muß Ihnen danken, Herr Kannitverstan: Sie haben mich alle irdischen Dinge mit ganz andern Augen sehen gelehrt91.“

逐語訳:(ワ)Unser junger Deutscher 我等の若き独逸人は stutzte ハタと打ちおどろいた。Zunächst einmal さしづめ was er dazu sagen sollte かれとして此の事に対して何と云う可きかを daß er nicht wußte 知らなかった事ほど so 左様に verwirrt 混乱して war あった。aber 然し Bald やがてそのうちに ein Paar große tränen 一対の大粒の涙が ihm aus Augen かれの両眼から fielen 落ちた、und そして ihm かれには auf einmal たちまちにして ums (= um das) Herz 心臓のあたりが(気持が) so schwer 非常に重苦しく und dann wieder そして其の次にはまた Gott weiß (カ) wie なにとなく leicht 軽ろやかに wurde なった。„Armer Kannitverstan!“ 「哀れなるカンニットフェルスターンよ!」と er かれは seufzend 長嘆息しながら rief aus 呼ばわった、„all dein großes Vermögen すべての汝の大財産 und も großes Haus 大きな家 und も großes Schiff 大きな船も nun 今は dir 汝に取って Was hilft 何の益する所かあらん! Das alles それらすべての物を du 汝は doch まさか mit 共に in dein enges Grab 汝の窄き墓の中に nehmen 携え行く kannst nicht! (ヨ)ことは出来ない! Und しかも ich Narr おれと云う馬鹿野郎は gar おまけに dich 汝を hatte beneidet! 羨やんだのであった!“ Und dann そう云って、それから er かれは in tiefem Nachdenken 深き沈思の裡に fügte hinzu [次の如く]附け加えた:„Aber しかし ich muß Ihnen danken, 私はあなたに感謝しなくてはなりません、 Herr Kannitverstan, カンニットフェルスターン氏よ、 Sie あなたは alle irdischen Dinge すべての現世の事柄を mit ganz andern Augen 全然別箇の眼をもって sehen 視ることを mich 私に(=四格) haben gelehrt 教えて下さいました。“

:【72】stutzen: 「驚く」という語には色々な段階がありますが、これは「ハッとする」ことです。
【73】zunächst einmal: 「さしずめは」、(即ち im ersten Augenblick、最初の瞬間、の意。)
【74】bald aber: bald は「すぐ」ではなく、「やがて」、「ややあって」、「程なく」、「そのうちに」です。前の zunächst einmal と対照しています。
【75】ihm......aus den Augen: aus seinen Augen.
ein Paar (一対の)/ein paar (数個の)【76】ein Paar: Paar が大文字だと、文字通り「一対の」(即ち二つの)で、これは英の a pair of または a couple (of を省いた形)にあたりますが、小文字になると単に「数個の」の意です。英も a couple of といいます。此処は、両眼から一雫づつ、というのを面白く ein Paar (一対の、一揃いの)と云ったわけ。
【77】ihm wurde: Es wurde ihm を逆にすると es が省かれて ihm wurde となります(註81参照)。
【78】auf einmal = mit einem Mal, plötzlich (たちまち)。
【79】und dann wieder: 「そして・然る後・また」とは、「そうかと思うとまた」という意。全然反対の二つの現象の面白い矛盾を指摘する時の形式です。
Gott weiß wie/was/wo 等々【80】Gott weiß wie: ich weiß nicht wie と同じ。「なにとはなく」、「どういうわけだか知らないがコウ変に……」、「なじかは知らねど」、「なんだかコウ」です。似た例:Der Täter hat sich Gott weiß wie dünne gemacht (犯人は、どう云う手を用いたか、うまいことズラかってしまった)Das Rad da hat er Gott weiß wem gestohlen. (あの自転車は、あの野郎のことだから、誰の所から盗んで来たか分ったものじゃない)Der lacht sich wohl Gott weiß wo ins Fäustechen (あの野郎め、今ごろは何処かに隠れてペロッと舌を出しているにちがいない)。
【81】ums Herz: 「心臓のあたりが」、「胸の辺が」という句ですが、Es ist mir so und so ums Herz または Es wird mir so und so ums Herz (私はなんだか云々の気持になる)という熟語に用います。ums Herz の代りに zu Mut, zu Mute (或いは一語で zumut, zumute)とも云います。schwer (重苦しく)は、いわゆる胸が一杯になる事で、leicht (軽やかに)は、ホッとすることです。
【82】Was hilft......? 「何の役に立つ」、「何のたしになる」。――「無益だ」、「何の足しにもならぬ」は hilft nicht.
【83】all dein: 註51.
【84】Das alles: All das とも alles das とも云います。
【85】doch nicht: 「まさか……ない」。
【86】mit: 此の mit は前置詞ではなく、mit sich (おのれと共に、共に携えて、身につけて)と同意の副詞。
【87】mit......nehmen: これとは別に mitnehmen (携行する)という分離動詞もありますが、それも使うことができます。
【88】ich Narr: 「私・馬鹿」とは「私という馬鹿野郎が」です。
【89】gar: sogar (あまつさえ、おまけに)、と同じ。
【90】hinzufügen (つけ加える、言い足す):英:add.
【91】sehen gelehrt: 「見ることを教えた」――ドイツ語では lehren (教える)、lernen (学ぶ)、等を、「云々することを教える、学ぶ」、などという結合で用いる場合には、英語のように how to speak German (ドイツ語のしゃべり方を)などというものをあとにつけないで、単に speak German、すなわち zu の無い不定形を直接に結びつけるのです。Ich lehre ihn Deutsch sprechen (I teach him how to speak German)、Ich lerne Deutsch sprechen (I learn how to speak German)、――「知る」(wissen)は zu を要します:Ich weiß Deutsch zu sprechen (I know how to speak German)。

(タ)Unter92 diesen Gedanken schloß93 er sich dem Zuge an, obwohl94 er eigentlich95 nicht dazu96 gehörte. Er stand mit97 am Grab, sah den98 Sarg tief in die Erde hinabsinken99, hörte auch der Leichenpredigt zu100, welche101 natürlich in der102 ihm gänzlich unverständlichen (レ)holländischen Sprache gehalten103 wurde. Der Priester sprach von der Unbeständigkeit aller irdischen Dinge. Wohl104 verstand unser (ソ)deutscher Handwerksbursche kein einziges Wort davon105, aber gerade106 weil er kein einziges Wort davon verstand, schnitt107 ihm108 jedes Wort wie ein Messer in die Seele109 und machte110 heiße Tränen ihm111 über die Wangen rinnen. [Nach Johann Peter Hebel]112

逐語訳:(タ)Unter diesen Gedanken こうした思念の下に(こんなことを考えながら) er かれは er かれが eigentlich ほんとうは nicht dazu gehörte それに所属しなかった(無関係な第三者であった) obwohl にもかかわらず dem Zuge その行列に schloß sich an 加わった。Er かれは mit 共に am Grab 墓の傍に stand 立った、den Sarg 柩が(格は四格) tief 深く in die Erde 地中に hinabsinken 沈下するのを sah 見た、auch また der Leichenpredigt 弔いの説教にも hörte zu 傾聴した、welche その説教は natürlich もちろん ihm gänzlich unverständlichen かれに取っては全然理解でき (レ)ない in der holländischen Sprache オランダ語で gehalten wurde 行われた。Der Priester 僧は aller irdischen Dinge あらゆる現世の事柄の von der Unbeständigkeit 無常性に就て sprach 語ったのであった。 Wohl もちろん unser deutscher Handwerksbursche 我等のドイツ人の職人は kein einziges Wort davon その[説教(ソ)の]うちの只の一語すら verstand 理解しなかった、aber しかし gerade とりもなおさず weil er kein einziges Wort davon verstand, かれがその中の只の一語すら理解しなかったが故に jedes Wort 一語一語が wie ein Messer まるでナイフの様に ihm in die Seele かれの心の中に schnitt 斬り込んだ und そして heiße Tränen 熱き涙を ihm über die Wangen かれの頬の上を rinnen 流れ machte させた。[Nach Peter Hebel]ペーテル・ヘーベルに依る。

:【92】unter: 「云々しつつ」、「云々しながら」という場合によく unter という前置詞を用います。unter der Arbeit 仕事中に (während der Arbeit), unter Essen und Trinken: 食ったり飲んだりしながら、unter heißen Tränen 涙をさめざめと流しつつ、unter Weinen und Lachen 且つは泣き且つは笑いながら、等。
【93】schloß: schließen (締める、閉ずる)の過去ですが、ここでは sich dem......anschließen (云々に加わる)という熟語。だから「参加」、「合同」、「併合」などのことを Anschluß と云います。
【94】obwohl: obgleich と同じく「……にも拘らず」。
【95】eigentlich: 「本来」、「本当に」、「元来」ですが、eigentlich gesagt (本来から云えば、実のところ)という代りに単に eigentlich というのです。
【96】dazu: zum Zug (行列に)。
【97】mit (ともに)とは mit den andern (他の人達と共に)、mit den übrigen (爾余の人々と共に)。
【98】den: 日本語から考えると「棺が下りるのを見る」だから、棺は一格でなければならない様に思われますが、ドイツ語では、「のを見る」、「のを聞く」、「のを感ずる」等の文では四格を用いるのです。Ich höre einen Wagen vorfahren (私は一台の車が玄関に着くのを聞く)、Ich sehe den Baum fallen (私は樹が倒れるのを見る)、Ich fühle den Puls schlagen (私は脈が搏つのを感ずる)。
【99】事柄の説明:西洋の葬式は、埋葬の際、会同来衆が墓の周囲に立ち、弔辞、説教などがあり、ついで、滑車仕掛けで棺が轣轆と地中に下ろされ、それから近親、友人、その他の順で、一人一人が墓穴に近づいて、シャベルでもって一杯づつ土を穴へ投げ入れます。
【100】hörte zu: zuhören (傾聴する)――zuschauen (見物する)の如し。
【101】welche: 関係代名詞(die と同じ)、Leichenpredigt を受ける。
【102】der はずっとあとの Sprache につく冠詞。
【103】gehalten: 「説教する」、「演話をする」、「会議をする」、「祭典を行う」、等の「する」、「行う」には halten という動詞を用います。
【104】wohl......aber...... は zwar......aber......と同じで、「なるほど……ではあるが併し……」の意。この、「なるほど」の意の wohl は大抵の場合、文章の一番最初に置かれます。
【105】davon: von dieser Predigt.
【106】gerade weil...... は「……であったが故にこそ」、「……であっただけに」、「……であったばっかりに」。gerade の代りに eben とも云います。
【107】schnitt: schneiden (切る、刻む)の過去形。
【108】ihm in die Seele = in seine Seele.
【109】jemandem in die Seele schneiden (或人の魂の中へと斬り込む)というのは、熟語で、いわゆる「胸を打つ」、「骨身にしみる」、「断腸の思いをあらしめる」、「言々肺腑にせまる」ことです。
【110】machte: 此の場合は、rinnen (流れる)と合して rinnen machen (流れさす)という意味になります。machen は「させる」という助動詞です。
【111】ihm über die Wangen = über seine Wangen (かれの頬の上を伝わって)。
【112】Johann Peter Hebel (1750-1826) の名作コントで、所々改作したところはありますが、大体は原文通り。(いちばん最後の所はだいぶ変えました。)

意訳:(イ)これは、飛んでもない思い違いをしたおかげで人生の真諦を究め、弱年の身を以て諸行無常、生者必滅の理を深く悟るに至った、独逸の或る職人の物語でございます。
 (ロ)それはどうした訳かと申しますに、此の職人が或る時オランダのアムステルダムと云う富裕な商業都市にやって参りますと、何よりも先ず早速眼にとまったのが、とある大きな美しい邸宅で、これはまた今までの旅に未だ曾つて見たこともないほど立派なものでありました。あまりにも素ばらしい建物なので、しばしが程は驚き訝りつつ之を打ち眺めておりましたが、そのつち側を一人の男が通りかかったので、その男に向って斯う云って訊ねました:
 (ハ)「失礼ですがあすこの町角にあるあの立派な家は、いったいどなたのお邸ですか?」
 (ニ)問われた方の男は、これはまた独逸語なんてものは一言もわからない男なものですから、変な顔をして職人を見たのち、オランダ語でもって斯う申しました:
 「カンニットフェルスターン!」
 (ホ)カンニットフェルスターンというのは、独逸語で申しますと、つまり「あなたの仰言ることはちっともわかりません」ということなのです。ところが若者の方では、これはきっと俺が尋ねた人の名前を云ってくれたのだろうと勘ちがいしてしまいました。そこで彼は、「ははあ、すると此のカンニットフェルスターンという人は、物凄いお金持なんだなア!」と、斯う思いながら、なおも歩みをつづけました。
 (ヘ)それから間もなく、職人は船着場へやって参りました。船着場にはたくさんの船がズラリと列んで、帆檣がまるで森のように乱立しております。そのうちでも、特に若者の注意を惹いたのが、つい先頃東印度から着いたばかりと云う、大きな、立派な船でした。たくさんの波止場人足が、あるいは樽を転がし、あるいは箱を担いで、お砂糖や、珈琲や、お米や、胡椒などを陸揚げしております。若者はしばらくそうして眺めておりましたが、そのうち人足の一人をつかまえて尋ねました:
 (ト)「此の大きな、綺麗な船は、いったい誰の船かね?」
 (チ)オランダの仲仕には勿論独逸語などはわかりませんので、かれは斯う答えました:
「カンニットフェルスターン!」
 (リ)そこで若者は考えました:「ははあ、すると例の大きな邸を持っているカンニットフェルスターン氏の船か! いや、それは勿論そうだろう、あんな大きな邸に住んでいるんだもの、よっぽど莫大な収入がなくちゃならない筈さ。ああ、こんなに莫大な財産があったら、どんな嬉しい気持がするだろう、さぞ得意な気持がするだろうなあ! それにしても、世の中には、こんなにたくさんお金持の人がいるのに、此の俺ばかりは、いったいまた何というみじめッたらしい素寒貧野郎なんだろう!」
 (ヌ)こんなことを考え出すと、さあモウ羨やましくて、居ても立っても居られないような気持を抱きながらフト或る町角を曲りますと、向うの方から大変なお葬いがぞろぞろとやって参ります。見れば四頭の黒馬が、黒い霊柩車を曳き、その後から、これまた同じく黒裳束をした人たちが大勢、しずかに黙々と附き随って行きます。遠くではお弔いの鐘が鳴っています。これを見て職人は何となく物悲しい気持に襲われました。かれは帽子を手に持ったまま路傍にたちどまりました。けれども、行列がすっかり前を通り過ぎてしまうと、彼の傍で同じく葬式を見送っていた一人の老市民に向って言葉をかけました:「これはいったい誰のお葬式なんですか?」
 (オ)相手はポカンと職人の顔を見たまま、アイマイな口調で:「カンニットフェルスターン」と申しました。
 (ワ)おどろいたのは職人です。さしずめチョットこう、何と言って好いか、すっかり頭が混乱してしまいました。けれど、そのうちやがて、大粒の涙が二雫、かれの双頬をつたわりました。たちまちにして胸の押しつまるような、(カ)そうかと思うとまた、たちまちホッとしたような変な気持になったのです。「カンニットフェルスターンも気の毒なことをした!」職人は溜息をもらしながら斯う申しました。「莫大な財産も大きな邸宅も、大きな船も、斯うなっちゃあモウ何の役にも立つまい! そんな物をすっかり手狭なお墓の中へ持ち込むというわけにも行かんからな。(ヨ)俺も俺だ、それをまた羨ましがるなんて、何て馬鹿な事を考えたものだろう!」それから、急に深く思い入れの体で、斯う附け足して申しました:「だが、カンニットフェルスターンさん、わたしはあなたに御礼を云わなければなりません。わたしは、あなたの御蔭で、此の世の中というものを、今までとは全然違った眼で眺めるようになりました。」
 (タ)こうしたことを考えながら、べつにお葬いには何の関係もない人間であったにかかわらず、職人は行列の一行に加わりました。かれは他の参列者とともに墓のそばに立ち、霊柩が地中に埋められるのを見、またお弔いの御説教にも耳を傾けました。そのお説教というのは、もちろん、かれにとっては一言もわからない(レ)オランダ語のお説教です。お坊様は、諸行無常生者必滅のことわりを説くのでした。(ソ)独逸の職人には、言葉はもちろんチンプンカンで、何を云っているのやら、皆目わけがわかりませんでした。けれども、何を云っているのやら皆目わけがわからなかっただけに、その一言一言がしみじみと腹の底にしみ通って、熱い涙がとめどなくボロボロと頬の上を伝わるのでした。

Friday, December 17, 2021

COLLECTION OF ENGLISH IDIOMS

早稲田大學敎授 深澤裕次郎著

應用英文解釋法

東京英文週報社發行


(p. 186-187)


範例

(a) There has been some change for the better (worse) since I saw saw her last week.

 先週會つてから幾らかよく(わるく)なつた。

(b) She has changed a trifle for the better (worse) since I saw her last week.

 先週會つてから少々よく(わるく)なつた。


解説

(a) A change for the better (or worse)

 よく(わるく)なること

(b) To change for the better (or worse)

 よく(わるく)なる。


用例

1.  But if there is not some change for the better in that time send word for advice from London, which this mule of a doctor must accept in spite of himself.

 W. Collins

 其間に快くならなければ倫敦から醫者を呼ぶがよい、先生いやでも從はなくてはならないから。

 send word for advice 云うてやつて醫者に診て貰へ。mule of a = mule-like = obstinate = 驢馬の様な、強情な。in spite of himself (= in spite of his effort not to do so) 「さうすまじと思つても」「いやでも」。

2.  I thought it might be more agreeable to you to hear of this change for the better from me than from Sir Perceval, and I have therefore expressly returned to mention it.

 W. Collins

 斯う云ふ風に善い都合になつた事は、サーパーシヴァルから、お聞きになるよりは私からお聞きになる方が、氣持が善からうと思ひまして、その事をお知らせする爲に、態々歸つて來たのです。

3.  She was certainly not in any respect altered for the worse since I had seen her last.

 Do.

 彼女はどの點から云つてもこの前會つた時よりは決して惡くなつては居なかつた。

 in any respect どの點に於ても。

4.  By Mr. Dawson's own directions Lady Glyde was kept in ignorance of this change for the worse.

 Do.

 斯う惡くなつた事はグライド夫人には知らせずにおいたが、これはドーソン夫人の指圖なのだ。

 was kept in ignorance of 「を知らせずに置かれた」換言せば「……を……に隱して置いた」。

Tuesday, December 14, 2021

ウィリアム・オファレル「死の分身」

ウィリアム・オファレル(1904ー1962)はテレビ番組 Alfred Hitchcock Presents のシナリオライターをしていた。短編小説でエドガー賞を取ったこともある。またウィリアム・グルーというペンネームも用いている。

本作は出だしからおやっと思わされた。アランという男が腕時計をどこかに置き忘れてしまうのだが、いくら考えても思い出せない。部下のおかげで時計は見つかるのだが、なんとそのそばには妻の写真があったのである。

こんな記述を読めばフロイトを知らない人でもアランが妻を無意識のうちに避けていることがわかるだろう。私は浮気の話かなと思った。

確かにそうなのだ。リリーという同じビルで働くかわいらしい娘に心を惹かれ、アランはつい彼女を食事に誘ってしまう。ところがリリーは顔に似合わず危険な女だった。アランをわがものにしようとどんな手でも使ってくる。彼の事務所はおろか自宅にまでもしつこく電話を掛け、奥さんに手紙まで送るのだ。

アランは途端にリリーと手を切ろうとする。しかしアランの部下のマールという男が事情をややこしくする。彼はアランを尊敬していたが、自分が彼に名前すら覚えられていないことに憤りを感じる。そしてそれまでの尊敬が憎しみに変化するのだ。しかもマールはリリーを見て恋に陥る。つまり尊敬していた男が懸想する女を奪い取ろうとするのだ。ジラールがいうところのミメーシス関係が成立するのである。

マールはリリーを自分のものにしようとして拒否され、つい彼女を殺害してしまう。そして運悪くその場にのこのこ出て来たアランもワインの壜でなぐりつけ人事不省に陥れる……。

ノワール小説、しかも他者の欲望をみずからの欲望とするミメーシス関係を描いた作品。ひどく短いが読み甲斐がある、いい作品だと思う。後半部分、マールがリリーを殺害する場面以降は、まるでテレビドラマでも見ているような書き方になっていて(シナリオライターの面目躍如だ)、迫力がある。ただちょっと不満もある。この小説はまずアランとリリーの火遊びから始まり、それが一定程度描かれてからアランとマールの分身関係を導入するのだが、この書き方には違和感がある。標題にも doubles (分身)とあるのだから、この関係を強調するような形で物語は書かれるべきではないのか。マールが前景に押し出されてきたとき、わたしは読みながら奇妙な断裂というか、唐突に別の主題が登場してきたような、しっくりしない感じを抱いた。この手の失敗は作家ならたいてい誰でもやらかすのだけれども。

ヒュー・ウォルポールも「殺す者と殺される者」という同様の主題を扱った作品を書いているが、本作はあれを想起させた。点数をつけるならウォルポールの書き方のほうがいいように思えるけど。が、オファレルが描こうとした主題は、わたしにとっては興味あるものだ。この作家の作品がほかにもあるなら、捜し出して読んでみようと思う。

Saturday, December 11, 2021

クリスマスのための読書

ガーディアン紙に「架空のクリスマスパーティ 文学が描く最上の宴」という記事が出ていた。要するにクリスマスに読む本を紹介した記事である。どんな本を薦めているのかというと


ディケンズ「クリスマス・キャロル」

ディラン・トマス「ウエールズにおける子供のクリスマス」

オルコット「若草物語」

ヘレン・フィールディング「ブリジット・ジョーンズの日記」

ローリング「ハリー・ポッター」


の五冊である。

これを読んで正直、芸がないなあとがっかりした。名作は名作だが、どれも有名すぎて読書好きの子供ならみな読んでしまっているだろう。そこでもう五冊、わたしが推薦する本を加える。


クレメント・クラーク・ムア「クリスマスの前の晩」

ローラ・ワイルダー「大きな森の小さな家」

ジョン・メイスフィールド「喜びの箱」

メイヴィス・ヘイ「サンタクロース殺人事件」

ジョージェット・ヘイヤー「クリスマス・パーティ」


最初の三冊は翻訳があると思う。かなり有名な作品だから。最後の二冊はどうだろう。いずれもミステリで冬の夜長に読むにはぴったりだと思うのだが。

Wednesday, December 8, 2021

ベイナード・H・ケンドリック「血に染まるルイーザ湖」

原題は Blood on Lake Louisa 。1934年の作品。ケンドリックの作品はたぶんはじめて読むが、予想以上の出来に驚いた。文章はとくに巧みなところはないけれど平明で読みやすい。オレンジ・クレストというアメリカの架空の町を舞台に事件が展開するが、どの章の最後でも意外な事実が提示され、どうしても次の章が読みたくなるようになっている。サービス精神旺盛な作者である。

物語はオレンジ・クレストの医者ライアンによって語られる。事件の発端は、釣りに出掛けたライアンが湖のほとりで死体を見つけるところから始まる。死んでいたのはミッチェルという銀行家である。なぜ彼は殺されたのか。事件の現場にはいろいろと不可解な事実があるのだが、ミッチェルの遺言により大金を受け取ることになっていたマーヴィンという男がいちばんの容疑者とみなされた。マーヴィンは、最初のうち、事件当日の自分の行動を秘密にしたりして怪しいことこのうえなかったのだ。が、どうやら彼は事件と関係がないらしいことがわかってくる。その間、オレンジ・クレストの町では次々と人が死に、事件の重要証拠が消されていった。それだけではない。事件の真相を知ろうとした語り手のライアン医師にも魔の手は忍びよる。

ライアンがショットガンで命を狙われる廃屋

本作は「推理」小説とは言えない。冒険小説、サスペンスと呼んだ方があたっている。ただし最初に言ったように、書き方がなかなか秀逸で先を、先をと読ませる力がある。犯人は……とある出来事がどうして起きたのか、それを考えたら犯人はかなりしぼられるだろう。しかし作者は精一杯レッド・ヘリングをばらまいて読者を楽しませようとしている。

Sunday, December 5, 2021

マックス・アフォード「幸せな二人」

最近はマックス・アフォードの作品に凝っている。数年前にはじめて彼の作品を読んだときも面白いと思ったのだが、なかなか本が手に入らなかった。が、最近プロジェクト・グーテンベルグ・オーストラリアのサイトにいくつか無料で読める作品が登録されていることに気付いた。それを手当たり次第に読んでいる。

本篇は短編だが、アフォードらしいひねりをきかせたものとなっている。主人公はスティーブ・ハーパーという法律家で、突然友人のウィンゲイトが自殺したという知らせを受ける。急いでウィンゲイトの家に行くと、妻と警察官が彼を出迎えた。妻の話によると、その日の晩、彼らはパーティーを催していたのだそうだ。そこでウィンゲイトは大いに語り、大いに酒を飲み、急に客に向かって「見せたい物がある。ちょっと待っててくれ」と別室に引き込んだのだが、その直後に銃声が響き、全員が別室にかけつけると、銃を手に持ち頭をぶちぬいたウィンゲイトの屍体が転がっていたのだという。

彼が自分で銃を撃ったことはまちがいない。しかし警察官はずいぶん胆力のすわった自殺だなとスティーブに言う。なにしろ銃を顔のすぐ前に据えてぶっぱなしたのだから。

スティーブは法律家ゆえ、妻から死後の法律的整理をまかされるのだが、機敏な彼は次々とウィンゲイトの自殺に疑惑を抱かせる証拠を見つける。そしてとうとう決定的な「殺人」の証拠をつかむのである。

マックス・アフォードはとにかく軽快に読んでいける。話が非常に整理されているのだ。これだけ平明に、スマートに、面白く書ける人はなかなかいない。

Thursday, December 2, 2021

ゲーム実況者のための英語(15)

Gab さんはオランダ人で英語が堪能。日本語もできる。日本に興味を持ったのはビデオゲームがきっかけだったらしい。Yakuza シリーズのファンにも日本語に興味を持っている人が多い。ゲームは語学の習得に大いに役立っていると思う。

 

You don't stand a chance!

A bolterfly.1
Okay
Do I destroy this?
Destroy these first.
Oh, actually there're a lot of dudes2 here.
Ah! Ah! He's on3 me.
Ah! Okay.
No!
Okay. They don't damage me too much4.
Nice. You don't stand a chance!5
That's cool.6

「ボルターフライ」っていうのね。
よし。
これ(ボルターフライの巣)を壊すのかな。
これを最初に始末しよう。
あら、こっちにはいっぱいいるわね。
うわっ。「ボルターフライ」にのっかられた!
ああ、よかった。
いやっ!
オーケー。被害はたいしたことないわ。
よし、どうだ。あなたに勝てる見込みはないわよ。
おもしろかったわ。

1. bolterfly は bolt 「ボルト」と fly 「蝿」をくっつけた造語。このゲームのもとになった「不思議の国のアリス」には portmanteau word 「かばん語」「混成語」がたくさん出て来る。
2 dude は「人」「やつ」だが、ここでは bolterflies を指す。
3 on me の on は付着している状態を示す。
4 They don't damage me too much 「彼らはわたしにたいした被害を与えない」ということ。
5 not...stand a chance 見込みがないという意味の表現。Not a chance! No chance! と言えば「その見込みはないよ」ということ。Fat chance! などもよく使う。
6. cool 「かっこいい」「きまっている」などのほかにも、気のない「へえ、そうかい」みたいな意味でもつかわれる。その場に応じて訳を考えなければならない。

英語読解のヒント(145)

145. 付帯状況の with 基本表現と解説 He was sitting, book in hand, at an open window. 「彼は本を手にして開いた窓際に座っていた」 book in hand は with a book in his hand の...